イルゼの救出
周りの木よりも際立って大樹の地面近くにある大きな洞。その中からイルゼさんの魔力を感じます。
鬱蒼としていた森がこの周辺だけは明るくなっています。これは大樹の根が広範囲に広がっていて他の木が生えるのを許さないからだと思いました。
「イルゼさん、出てこないですね。まだ敵の術中なんですかね」
私はアデリーナ様に確認します。
動く気配がないから気絶しているのか。
「貴女のお母様が掛かるほどの魔法ですから、そこは敵を褒めてやりましょう」
「えぇ。そう言われると悔しいですが、褒めてやります。報奨として死をプレゼントしてやりましょう」
「メリナさん、それ、魔王っぽい発言で御座いますね」
「は? いつも通りです」
「えぇ。いつも魔王っぽい」
チッ。魔王はお前だけだろ。私はフランジェスカ先輩みたいな素敵な人を目指すんです!
会話を打ち切り、私は足を進めようとしました。
「あっ、メリナ。危ないからストップ」
私は素直にそれを聞き入れます。
「どうしましたか?」
「微かに匂う。例の精神魔法かも」
えっ!? それは危険。
私は鼻を押さえて後ずさります。
それから、敵の気配を探す。
が、見つからず。アデリーナ様も索敵には失敗したようです。
でも、分かりました。洞の中に怪しげな魔力が漂っています。それが意識を操る匂いのものだと推測しました。
罠でしょうか。いや、周りに冒険者の連中がいないことを考えると、人質を隠しているだけか。
「私が行ってくるね」
先輩の申し出は、私やアデリーナ様が操られるのを避けるためなのでしょう。戦力的に考えたら、フランジェスカ先輩なら操られても私達で対処できるから。でも、こんなにも優しい先輩に危険を冒してもらうのは私の良心が許せないかも。
「大丈夫。危ないガスからの救出には慣れてるから。こんな感じ」
そう言ってフランジェスカ先輩は笑顔を見せます。それから、大きく息を吸い込み胸を膨らませる。次いで、鼻からシューと少しずつ連続で息を出して見せました。
「息を吐き続けることで体内に匂いを入れない工夫。ニラさんの話から眼と皮膚は保護しなくて大丈夫って分かってるから、楽だわ」
へぇ、薬師処の人たちのテクニックかな。凄いなぁ。
試しに私もやってみたけど、中々に難しい。腹筋を使って貯めた息を出していくのですが、すぐに全部吐ききってしまう。これは訓練しないと習得できないやつです。
フランジェスカ先輩はゆっくりと木に近付き、洞の中に頭を入れます。そのまま様子を窺うのかと思った瞬間、素早く中へ入り打撃音が響きます。その後、両脇に手を入れながらイルゼさんを引き摺って、先輩が出てきました。
戻ってきたフランジェスカ先輩の顔は真っ赤でした。限界まで息を我慢してくれたのでしょう。
「あー、空気が美味しい! いやー、薬師処とは違うね。攻撃されそうになるのは想定してなかったよ。あはは」
操られていたイルゼさんは倒れている振りをしていたみたいでした。フランジェスカ先輩が穴に頭を入れた瞬間に怪しげな動きを、先輩曰く魔法発動の予感がしたとのことです。
「多分ね、火薬に着火しようとしたんだと思う」
先輩は中に樽もあったことを伝えてくれました。村の外れで見た欠片と同種で、中には火薬が入っているのだろうと考えたのです。
「ご苦労様、フランジェスカ。後はイルゼに働いて貰いましょうか」
無事に救出はできたものの、聖女イルゼは未だ地面に横たわったままでした。今までの経験からすると精神魔法は解けているはず。
「イルゼさーん、イルゼさーん。お仕事の時間ですよ」
私は頬をペチペチしながら呼び掛けます。こんな状態の直後に活躍を求めるとはアデリーナ様は鬼だと思いましたが、彼女の持つ腕輪の効果、便利な転移魔法は是非使いたい。
村に帰還するにしろ、敵を追い詰めるにしろ、移動時間が全くないのは非常に有利なことなのです。
「うー、うーん……。あっ、メリナ様。あれ? 馬車は?」
目覚めたばかりの聖女へ、私は魔法によって捕らわれていたことを伝えます。
「了解致しました。情けない話です。何度、私は失敗してしまうのか」
その反省と悔いはすぐに表情から去ります。
「それで、アデリーナ様。敵である冒険者はこの森に潜んでいるとのこと。皆様のお手を煩わせるよりも、イルゼは軍による人狩りを提案致します」
「そうで御座いますね。良い訓練になるでしょう。採用致しましょう、イルゼ。まずは私達をノノン村へ」
「承知致しました」
転移魔法の効果を得るにはイルゼさんの体と接触している必要があります。だから、彼女の手を取る私とアデリーナ様。何をしているのか分からず戸惑うフランジェスカ先輩の手を私が握るのを待って、イルゼさんが術を発動ます。
私達は景色が変わり村の境界を示す柵の外側に到着する。
転移魔法は便利ですが、転移先に他人や障害物があるとどうなるか分かりません。だから、人気のない場所を極力選んで転移する工夫なのでしょう。
「本当に便利、転移魔法。感激するわ」
森を走るのは疲れますもんね。
「えぇ。聖女の持つ腕輪による転移は特に便利で御座います。この道具を作った者も優秀なのでしょう」
あの腕輪の作製者はフォビだと、アデリーナ様も知っているのに何て事を言うのでしょう。あいつは決して褒めてはなりませんよ。最大の敵です。
イルゼさんは既に再転移して軍の方々を呼びに行っているみたいです。
彼女には悪いですが、私は懸念点をアデリーナ様に伝えます。
「お母さんが全部狩り終えてるかもしれませんよ」
「そうであれば、2度目にはなりますが、ルーさんの下で訓練と致しましょう」
「2度目?」
「えぇ」
しばらくして、一目で精強な部隊と分かる方々が現れます。イルゼさんが何往復もして、どんどん人数も増えていきました。
「ペルレ・カッヘル、部隊と共に参陣しました!」
あー、森の中でフランジェスカ先輩と比較されていたカッヘルさんだ。姿勢良く、アデリーナ様に軍隊式の挨拶をしています。
ただ、言葉の張りの割には顔色が優れない。カッヘルさんもイルゼさんみたいにこき使われているのかな。憐れです。
「森に潜む者を捕らえなさい。仔細はルーフィリア・エスリウに聞きなさい」
「了解しました!」
明らかな動揺と額に滲む汗。
「作戦終了後にはこの村に滞在の貴方の家族も王都へ帰還なさい。もう治安も良くなっているのでしょう?」
「はっ!」
これには少し嬉しそう。ご家族と過ごせるのは幸せなことですものね。
うん、何だろう。私も手伝ってあげようって気持ちになりました。
「私も参加して良いですか?」
「構いません。では、イルゼ、考えることがありますので、私とフランジェスカはオズワルドの所へ一旦戻ります。転移しなさい」
あっさりとアデリーナ様は去ります。
カッヘルさんは直立不動のまま見送った後、一気に弛緩します。
「ったく、やってらんねーな。横暴にも程があるだろ」
呟きまで聞こえてきました。
「おい、お前、竜の巫女メリナだろ。ルーさんと2人でやってくれ。俺たちゃ、戦闘狂じゃねーんだよ。んじゃ、先に森に入って休憩してるからな」
……ほう、舐めた野郎ですね。
私の温かい気持ちが消えていく。
そんな中、お母さんがこちらへ向かってくるのが分かります。笑顔です。片手には捕縛した魔法使いっぽい女の人を抱えています。もちろん、その魔法使いは血塗れでして、アデリーナ様の言い付けを聞いて生け捕りにした結果でしょう。
「カッヘル君じゃない! どうしたの?」
ビクッと背筋を伸びしたカッヘルさんはアデリーナ様に対した以上に緊張した表情で挨拶を返していました。
「で、どうしたの?」
「アデリーナ様がこの人の部隊と一緒に残りの冒険者狩りを命じたんだよ。でも、この人、『やってらんねーよ』って反発してた」
「ちょっ、いや、え? そんな事は――」
「カッヘル君、女王陛下の命令をそんな態度で返したんだ?」
「私とお母さんの2人だけでやったらいーんだよとか言ってました」
「へぇ。偉くなったね、カッヘル君。でも、初心を思い出そっか」
「いえ! ジョークです! ルーさんの娘さんと親睦を深めるべくジョークを発しただけです!」
「うんうん。ジョークで女王陛下の命令を貶したんだよね。許される?」
「許して頂きたいです!」
「そう? それは活躍次第にしましょうか」
私達は冒険者狩りに森へと再び入ります。
カッヘルさんを中心として、部隊は鬼気迫る活躍で冒険者達を追い込み、戦闘をすることなく投降させて行ったのでした。




