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才能の開花

 イルゼさんの捕らえられている場所の前まで来ました。この頃になると、私はフランジェスカ先輩を尊敬し始めていました。

 この人は凄い。

 アデリーナ様が一方的に友と呼ぶのはどうかと思いますが、その実力を認めたのは当然だと思います。

 

 ノノン村を出発した時には想像も付かない結果です。

 思い返してみましょう。



「じゃあ、皆、行こっか」


 軽快な掛け声の後、フランジェスカ先輩は先に背を向けて歩き始めて、村の集会所を後にします。


「えっ、本当に先頭ですよ?」


「そうで御座いますね」


 止める気は無しか。まぁ、あれだけヤル気の方を力不足を理由に引き留めるのはちょっと良心が痛みますものね。


「先輩が敵とか魔物に襲われる前に排除しましょうね、アデリーナ様」


「えぇ、勿論です」


 フランジェスカ先輩はこの会話の間にも森へと近付いていて、私達は駆け足で追い付かないといけませんでした。



「何だろう、これ? 大規模実験が失敗した後みたい」


 村と森の境界である柵を越えてしばらく、村に入る直前に見た爆発の跡地の横を通りました。


「樽の欠片? あっ、なるほどね」


 落ちていた木片を見てフランジェスカさんは一人で納得します。


「何に納得したのか理解できましたか、アデリーナ様?」


 あえてアデリーナ様にお訊きします。


「さぁ? でも、爆発の原因について思い当たる事があったのではないでしょうかね」


 村に入る前の大きな爆発。でも、あれだけの威力だったのに、魔力の動きも感知できなかったという不思議な現象でした。

 敵の中にはとても高度な魔力隠蔽ができる強者がいるのだろうということに、私は(ようや)く思い至ります。


「うん。原因は帝国製の火薬だよ」


 火薬……。

 実際に見たことはないですが、知っています。魔法じゃないのに爆発したり、発火したりする不思議な薬ですね。


「帝国製で御座いますか?」


「うん。粒が細かくて揃っていて綺麗だから。王国のじゃない」


 へぇ、小麦粉みたいに産地の違いとかあるんですね。薬師処の人は詳しいなぁ。


 この時は経験豊かな専門家ってイメージのままでした。



 森の前までに来ます。こちら側は余り村の人たちも入ることの少ない方角でして、このまま進むなら道もなくて、茂みを掻き分けることになるでしょう。

 最短距離を取るならばこのルートになります。でも、土地勘のある私なら遠回りでも早い道を選んだことでしょう。


 フランジェスカ先輩は些かの躊躇いもなく前進を続けました。腰も隠れる程の草むらなのですが、普通に入って行きました。


「蛇とかが潜んでるかもしれませんよ……?」


 先輩に聞こえないように私はアデリーナ様に忠告します。


「私達で何とかしましょうか」


 アデリーナ様であっても止めはできないか。


 フランジェスカ先輩は最初は手で草を掻き分けていました。でも、それだと鋭い葉やトゲを持つ草で傷を負うことが分かったのでしょう。

 手近な木の枝を折って欲しいと私に依頼がありまして、それを用いて進みます。

 やがて地形的に日光が地面まで届きにくいのか、進路を邪魔する草むらはなくなって木々が生い茂る場所へと出ました。


 

「進み遅いかな?」


 はたと振り向いて先輩が尋ねて来ました。


「相手に準備をさせない為には素早い動きが必要で御座いましょうね」


「そっかぁ。うん、頑張る」


 暗い足元は落ち葉だらけでして、しかも湿っていてとても動きにくい。ズボッと膝まで踏み抜いてしまう柔らかい地点さえある感じでした。


 そんな中でもフランジェスカ先輩は先頭を行きます。

 最初はおっかなビックリ。次第に慣れて、木の根っこを狙って踏むようになり、更には落ち葉ゾーンでも安全な場所を選んで駆けたりもします。


「フランジェスカ先輩、筋が良いんですね」


 森になんて入ったことがないだろうに、速度だけなら村の人と変わらないくらいになってきました。たまに足を取られるアデリーナ様の方が苦戦しているくらいです。


「えぇ。そうで御座いますね。ところで、メリナさん、それよりも私をおぶってくれません? 靴が汚れてしまいます」


「神を目指す人が何を言っているんですか? むしろ七難八苦を望むべきですよ」


「地を這うのはメリナさんの専売特許で御座いますし」


「は? いつも腹で這って移動してるオロ部長をバカにしてるんですか? アデリーナ様、それは聞き捨て――」


「キャッ!!」


 会話に集中し過ぎてフランジェスカ先輩を見守るのを忘れておりました。

 アデリーナ様が素早く先輩の肩に食らい付いた蜘蛛型の魔物を射貫きますが、先輩は酷い流血です。即座に回復魔法。


「上から降ってくることもあるんだ」


 お礼の後、葉っぱがざわめく上方を見上げながら、フランジェスカ先輩は反省します。


「あー、あっちにも居るね」


 えっ、どこ?

 視力では分からなかったのですが、魔力感知を意図的に広げることで本当に魔物が潜んでいることを知ります。


「気を付けるね。うん、でも、急ごっか。メリナの回復魔法、マリールから聞いていた通り、凄いしね」


 服に血が付いたまま、先輩はまた駆け出します。タフですねぇ。



「メリナ! 落ちてくるよ!」


「了解です!」


「アデリーナ、斜め上! 2匹! よろしく……お願いします」


「敬語は不要で御座います」


 フランジェスカ先輩は先頭を走ります。何度も魔物に襲われたり、引き返したりしたことで学習されたのでしょう。


 この森には様々な種類や形の木々が生え、倒木などの障害物も多く、どこを進むべきか選択肢は無数。それにも関わらず、魔物を意識しながら最も効率的なルートを瞬時に見付けています。

 しかも、コース上どうしても避けられない魔物は、私達が魔物を排除しやすいよう自らが囮になるような最適なポジショニングで魔物を誘導している。


 無論、私だけなら魔物や障害物なんて関係なく全てを破壊しながら真っ直ぐに突き進むことが出来たでしょう。

 でも、うーん、なんでだろう。これ、楽です。



「情報処理能力はカッヘルの上位互換で御座いますね」


「カッヘル? 誰でしたっけ?」


「ルーさんやパウスさんのお友達で御座いますよ。シャールが王都に反乱した際にノノン村が襲われたでしょ。その襲った部隊の部隊長」


「あー」


 顔は思い出せましたが、特に印象ないな。

 あの戦闘後、アデリーナ様に詫びるため、色々と苦労している姿くらい。



 私達は止まりません。森の中を疾走します。



「……速くなってないですか?」


「慣れて来たんでしょうね」


「そんな適当な」


「でも速いで御座いますよ」


 うん、速い。喋り合うくらいの余裕はありますが、一般の人にしてはとても速い。


「あっ、先輩! 右前から鹿みたいな魔物!」


 顔がそちらを向いたからフランジェスカ先輩も気付いている。でも、走る方向も速度も一切変えない。突っ込むのか?

 私は氷の魔法の準備に入ります。


 後ろを走る私に先輩が自分の掌を見せる。

 何かのサイン。止まれ? 魔法を射つなってこと?


 接敵間近。

 横を走るアデリーナ様を見ますと、手に魔力が籠っていて、いつでも光の矢を放てるように控えているように感じました。


「うりゃー」


 突進してきた魔物にフランジェスカ先輩は拳を振るう。が、軽い。と言うよりも子供が殴るかのよう。

 当然に弾き飛ばされるフランジェスカさん。華奢な体が宙に舞い、私は回復魔法の使用と同時に落下地点に入って柔らかく抱きかかえます。

 その間にアデリーナ様の攻撃により、魔物は死にます。


「あは、ごめんね。うーん、こうかな。どう?」


 フランジェスカ先輩は私の腕から降りるなり、殴打の素振りをしてみせました。


「軸がブレてますけど、さっきよりは良さげですよ」


 お世辞ではなく本当です。体の捻りとか格段にさっきよりも良い。でも、敵の前でそれを放てるかは別問題だし、私が殴った方が確実に仕留められます。


「メリナの真似をしたんだけど、あれかな。やっぱ特性が違うかぁ」


「そうですよ。攻撃は私にお任せください」


「あはは。私は魔物駆除殲滅部だからね。勉強しなくちゃ」


 言い終えて、フランジェスカさんはとてもキュートに笑いました。女の私でもドキリとする感じ。


 その後もイルゼさんの所へ向かう私達の前に魔物が現れ、フランジェスカ先輩は無謀にもその度に立ち向かうのです。



「実験感覚で御座いますね」


「やっぱり?」


「メリナさんの回復魔法がある限り、死なないと理解しての行動でしょう」


「……フランジェスカ先輩の拳、速くなってますよね?」


「あれだけ死に掛けては復活しているので御座いますよ。体内の魔力が増加し続けております。フランジェスカはそれが分かった上で無理な戦いに挑んでいるのではないかと感じます。あと、筋が良い」


 魔力切れから回復することで魔力の最大量が増えるみたいな現象ですかね。



 遂にフランジェスカ先輩が魔物の胸を自らの拳で貫きました。しかも、戦闘経験が浅い人が喰らい易い、魔物特有の命が尽きる間際の鋭い反撃さえも軽快なステップで躱して。



「強くなるの、早すぎません?」


 加速する先輩の背中を追いながら、横のアデリーナ様に確認します。


「あの娘は昔からそうなのですよ。自分の役割を理解して、最も効率的に行動して急成長する」


「それがアデリーナ様が友達認定した理由ですか……?」


「それだけじゃ御座いませんけどね」


「あんな逸材がまだ居たなんて竜神殿、本当にヤバいですね」


「竜神殿を代表するヤバい人が仰るのですから、よっぼどの事に違いないのでしょうね」



 イルゼさんの場所までの2刻程度の時間で、フランジェスカ先輩はいっぱしの戦士に成長していたのです。しかもまだまだ伸び代がありそう。

 私は感嘆しました。お淑やかで優しくて、しかも強い。アシュリンさんが在職していたなら、彼女を淑女戦士と呼ぶか、戦闘淑女と呼ぶかで悩んだことでしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あはは。私は魔物駆除殲滅部だからね。勉強しなくちゃ」  言い終えて、フランジェスカさんはとてもキュートに笑いました。女の私でもドキリとする感じ。 [一言] フランジェスカはサイヤ人だった…
[一言] サ〇ヤ人か。。
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