一旦、休憩
遅れましたが、アデリーナ様に貫かれたお母さんの脚も回復魔法で癒します。
いくらアデリーナ様の魔法であっても、お母さんの皮膚なら弾き飛ばすのではとも思っていましたが、さすがにそこまで異常な人でなくて、何となく安心しました。お母さんも人間であることが証明されたと思えたのかもしれません。
そのお母さん、黙ったまま背筋を伸ばして地面に座っておりました。
「大丈夫? 他に痛いとことかあれば治すんだけど?」
「ありがとう、メリナ。大丈夫よ。でも、私は陛下に拳を向けたのね」
向けたどころか、強烈な痛打で乙女の顔に凄まじい痣を作っておりましたよ。
でも、言いません。
「お母さんは精神魔法で操られてたみたい。私、その魔法使いをぶっ殺しに行くから、どこにいたか教えて欲しい」
「そう……。でも、娘に尻拭いさせるなんて情けないわ。リベンジのチャンスを貰える?」
私は困ります。お母さんが再び精神魔法の罠に嵌まったら、それは大変な事です。次はアデリーナ様が負けてしまうかもしれない。
何より逸る気持ちを一旦落ち着けないと、また敵の策略に嵌まってしまうかもしれない。
しかし、戦う気でいるお母さんを止めるのも忍びない。ここは仕方ないかもしれませんね。
二度目の対戦があっても行けます? 私、いっぱい応援しますよ。
そんな想いを込めてアデリーナ様を見ます。そして、女王もまた私に視線を寄越していたのです。
「……ふむ。メリナさんにそんな強い眼で訴えられたら仕方御座いませんね。何かあったとしても、メリナさんが次は貴女を止めるそうです。健闘を祈ります」
はぁ!? お前、真逆です!!
「メリナ、本当に優しく強い子に育って……。弟達の自慢のお姉さんになるわね」
ストップですよ、お母さん。
自慢できるようになる前に、姉がこの世を去っている可能性さえ出てきます。
「しかし、状況整理は必要で御座います。落ち着きましょう」
ナイス!!
しかし、アデリーナ、それを先に言いなさい!!
「そうですよね! ほら、人質も取られていますし、あっ、そうです、フランジェスカ先輩の具合も確認しなくちゃ」
私はアデリーナ様を全力で後押しします。
お母さんは背筋を伸ばしたまま動きませんでしたが、森へ突進することも有りませんでした。私達の意見を飲んでくれたのでしょう。
「ルーさん、大丈夫か?」
話が付いたところで、ナトンさんがお母さんに話し掛けたのでお任せすることにして、私達はフランジェスカ先輩の方へと向かいました。
「ケガとかしてないですか?」
「大丈夫。ごめんね。早速、迷惑を掛けたみたいで」
私は先輩を観察します。
顔色良し、姿勢も異常なし。
私が始末した魔法使いの首なし死体が転がっていますが、それに衝撃を受けている様子もなし。
結構、タフな人かもですね。マリールだったら、大騒ぎだと思うんだけど。
「どんな魔法を受けたか分かりますか?」
「んー、分からないなぁ」
ですよね。今まで薬師処で実験ばかりしていたのですから、いきなり戦闘的な話をされても分かるはずもない。
「フランジェスカ、実はニラさんだけは精神魔法に掛かりませんでした。そこから、何か気付く点は御座いませんか?」
アデリーナ様の質問です。
「あっ、意識を失くす少し前、ニラさんが変な臭いがするって鼻を押さえてたわね」
ニラさんか。彼女は犬の獣人で嗅覚が他人よりも優れていると言っていたのを記憶しています。
「そうだ。その後、私も桂皮を焚いたような匂いを嗅いだんだ。それが最後の記憶ね」
なるほど。巫女長みたいな殺気満載の貫く感じの精神魔法でなく、芳香で操るみたいなイメージの魔法ですね。
嗅がすことで効果を発揮するのなら、お母さんが無防備に魔法に掛かったのも理解できます。やはり未知の魔法は危険。
「それからの記憶がないとのことで御座いますが、念のためにお訊きします。イルゼの行方を知っていたりは?」
「ごめん、分からないや。でも、イルゼさんはまだ捕らえられているのか……」
フランジェスカ先輩は申し訳なく答えます。でも、その後、すぐに顔を上げて強く言います。
「私も行くわ。私が先行してあの匂いがしないか確かめながら進みましょう」
「いや、危険ですよ。先輩はここで待機を。ねぇ、アデリーナ様?」
しかし、女王陛下からは期待した答えを頂けませんでした。
「フランジェスカにも協力して貰いましょう」
本気ですか? 鬼ですか?
先輩に失礼になるので口には出しませんでしたが、疑いと抗議の視線をアデリーナ様にぶつけます。
「メリナさん、フランジェスカは私と同期の巫女なので御座いますよ。彼女は歳下なのに。つまり、弱冠9歳で巫女見習いになり、10歳で巫女になった才能を持つ者」
何らかの才能はそうかもしれませんが、薬師処が所属先だったんですよ?
「あはは。そんな言い方をされると、期待外れになっちゃうよ」
「いいえ。貴女は幼い私が友と認めた者で御座います」
あっ……るんるん日記だ……。
確かにそんな記載がありました。
あんな禁書の話をされても、フランジェスカ先輩はちんぷんかんぷんですよ。
「あはは、友達って。前も言ったけど、一回も会話してないよ、あの頃の私達」
フランジェスカさん!
アデリーナ様が、いえ、聞いている私が悲しくなるから、普通に返しちゃダメ!
「匂い? 言われてみれば、確かに妖しい匂いがしたわ。そう、それに気を付ければ良いのね」
お母さんも意識が失くなる前にフランジェスカ先輩と同じ異変を感じていたとなると、その匂いが精神を操る元凶と断定して良いでしょう。つまり、敵の精神魔法は匂いに乗って襲ってくる。
咄嗟に鼻を摘まんだニラさんが敵の罠に掛からなかったところから、吸わなければ大丈夫とも分かります。
そこで私は足下に生えていた草を引き抜き、アデリーナ様にお渡しします。
「ん? 何のつもりで御座いますか?」
「アデリーナ様、鼻栓です。葉っぱを丸めるか茎を鼻の穴に詰めて動きましょう!」
「それは死んだ方が遥かにマシな行為でしょうに。私は結構ですのでメリナさんに譲ります」
「絶対に嫌です! 正気を保つためなのに正気じゃない姿になってしまいます!」
「なら、勧めるんじゃ御座いません。最近のメリナさん、私を舐め過ぎてません?」
……アデリーナ様の間抜けなお姿を拝見したかったのです。アデリーナ様の最後の台詞でお母さんが私を強く睨んでおりまして、体を小さくしてやり過ごします。
「お母様、イルゼを救出したいと思います。彼女の居場所は掴めておりますか?」
「ちょっとお待ち下さい」
アデリーナ様の質問にお母さんは胡座を掛いて座り、精神を集中させます。
魔力感知の範囲と精度をなるべく広くしようとしているのだと私は感じました。
そして、ゆっくりと眼を開けて立ち上がるお母さん。
「あちら。あの背の高い木の洞の中。あそこにイルゼが居ます。それから、敵が10人ほど森の中に分散しているようです。あと、気になるのは知り合いの行商人さんも捕らえられている?」
おぉ。さすが、お母さん!!
「ねぇ、お母さん。その中に魔法使いがどれか分かる? 一番最初にぶっ殺したいんだけど」
「多分、分かるわ。でも、それは私の相手なの。息を止めながら戦えば良いんでしょ?」
なんと頼もしい。私は即断でお母さんに獲物を譲りました。
さぁ、反撃開始です!
お母さんは単騎で森へと入っていきました。魔法使いをぶっ殺す為です。
「本当は生きて捕らえる事ができれば良いので御座いますが、再びあの人の精神を操られては困りますものね」
「はい! その通りです! 困りますので殺すしかありません!」
アデリーナ様のクセに生温い発言をしやがりましたので、私は殺すことを強く推すのでした。
「じゃあ、皆、行こっか」
フランジェスカ先輩が軽い調子で冒険者狩りの開始を提案しました。
血みどろの戦闘が始まるかもしれなくて、量産される凄惨な死体の数々を見れば、さすがに先輩もショックを受けてしまうかもしれません。
でも、それで良いのかもとも思いました。
この魔物駆除殲滅部は優しいフランジェスカ先輩には相応しくない。もちろん、私にも相応しくない。アデリーナ様とフロン、ルッカさん、巫女長という地獄メンバーで頑張れば宜しいと思います。




