女王アデリーナ対悪夢のルーフィリア
アデリーナ様が握るのは長く鋭い両手剣。それの切っ先は真っ直ぐにお母さんへ向けられています。
剣士と呼ぶには華奢過ぎると思うのに、一切の迷いを感じさせない背中が頼もしい。軽やかに風に揺れる肩までの金髪も神々しく見えます。
対するお母さんはゆっくりと歩んで、私達を守るかの如く立つアデリーナ様との距離を縮めてきます。お母さんの強さを知らない者なら普通の主婦が家事の途中に散歩しているのではと思うくらいです。
いや、思わないな。普通の主婦は剥き身の包丁を手にして外を歩かない。
お母さんはアデリーナ様をこの国の女王と知っていますし、その女王に何故か忠誠心みたいな物を持っています。時には娘の危険よりも女王を選択するくらいの気持ちを露にしたこともありました。
そんなお母さんがアデリーナ様に刃物を見せているのは異常事態。明らかに精神魔法の影響下にあるのだと私は判断しました。
しかし、魔法使いは何もさせないまま、私が殺したはず。となると、森の方にも敵が潜んでいたのか。それは間違いないと思う。
馬車の中に潜んでいた奴らでは村の周りで起きた爆発を引き起こすことはできないのですから、仲間が居たのでしょう。
むしろ、村の中よりも外の方が人数が多いってことさえ有り得る。何せ4ヵ所で爆発ですもの。
イルゼさんや開拓村の獣人2人もそれらに囚われたままと考えます。
「メリナちゃん、あの人、誰? ルーさんの前から逃げるように早く伝えないと死んじゃうんじゃないかな?」
ギョームさんが早くも顔から冷や汗を流しながらそう言います。
「彼女はこの国の女王様です」
「ええっ!? どうして、こんな物騒な処に来てるの!?」
「親父、メリナにからかわれてんだよ。そんな偉い人が来るところじゃないだろ」
「ま、まぁ、そうだな。メリナちゃんと同じ服装だから竜の巫女ってヤツか」
「ただ、あの女が並々ならぬ強さを持っているのは分かるぜ。パウスに匹敵するかもな」
ナトンさんは楽しそう。
真っ直ぐな剣への憧れを感じました。
しかし、パウスさんを知っていたのですね。世の中は狭い。
「おーい! そこの金髪の人ー! その包丁を持った人はアレな人だから、早く逃げなさい!」
私のお母さんをアレな人って表現したギョームさんには、いつか天罰が下るに違いない。
しかし、アデリーナ様は動かない。
これは本気でお母さんと戦うつもりですね。
どういった風の吹き回しなのでしょう。
アデリーナ様は余り前線には立ちません。
蟻猿、暴走フロン、ブラナン、邪神、ヤナンカ。アデリーナ様と共に戦ったことは多いですが、常に私が最前線。
なのに、今回に限ってはお母さんと一騎討ちですか。
うふふ。状況は最悪ですが、ナトンさんと同じで私は楽しみです。無論、私の方が強いですが、アデリーナ様も決して弱くない。
どこまでお母さんに通用するのか、しかと見届けてやりましょう。なーに、多少の傷は私が遠隔から回復魔法を唱えてやりますからね。
「おい、メリナちゃん! 本気でやばいって! ルーさんの包丁、魔剣だから! いつ森の神様が復活しても滅ぼせるようにって持ってる魔剣だから!」
えっ、いつも包丁を持ち歩いているんですか、うちのお母さんは……。すんごい衝撃的な話です。
「メリナ、知らねーのか? 魔剣は回復魔法が効かねーんだぞ。1度、ゾルが指を切って困ってたからな」
あっ、そうでしたね。
魔力の膜が傷口に広がって回復魔法を阻害するんです。
ん? ってことは、例えば首筋に攻撃を受けたら、ここからじゃ間に合わなくてアデリーナ様が本当に死んじゃう?
戦闘は激しい金属音から始まりました。私の援護は間に合いそうにありません。
襲い掛かったのはお母さん。鋭く突かれた包丁はアデリーナ様の心臓を正確に狙った一撃でした。
それをアデリーナ様は剣を立て、その腹で受け止めたのでした。
続いて、包丁で剣を突いた体勢のままお母さんは前進。強く押すことで剣の動きを封じた上で間合いを詰めたのです。そして、アデリーナ様の死角から太股を粉砕するための蹴り。
終わったと思いました。
「オッラーーァアッ!!」
到底、淑女とは掛け離れた気合いたっぷりの叫びが響きます。
剣の動きを止めていた包丁をアデリーナ様が全身を使って押し返したのです。
そして、アデリーナ様が前進して攻守が変わります。お母さんの蹴りはポイントをずらされ、その威力が半減以下になったでしょう。それでも破壊力は尋常ではないと思いますが……。
剣がお母さんの肩へと振り下ろされる。
それは横を向いた包丁の背で受け止められ、衝撃で火花が飛び散る。
しかし、アデリーナ様の腕は止まらず。その剣は包丁の上を高速で滑り、お母さんの首を狙う。
バックステップで逃げるお母さん。
足を痛めたのか好機を活かせず、その場で剣を構えるアデリーナ様。
「……すご」
「あぁ、ルーさん相手にあれは凄い……」
親子で感嘆しています。
私も目を見開いて驚いています。アデリーナ様はお母さんの猛攻を耐えただけでなく、反撃まで繰り出したのだから。
私ならどうしていたでしょう。あの包丁を敢えて体で受け止め、拳の間合いに入ったお母さんの顔面を殴る? いや、胸を深々と突かれて終わるか。
双方ともに攻めどころを見定めるため動きが止まり、静寂が続く。そして、同時に前へと出て、一瞬で顔がくっつくくらいの距離になる。
アデリーナ様的には誤算ではないでしょうか。剣の間合いでは決してなく。むしろ取り回せなくて不利。
スピード的にもお母さんの包丁がアデリーナ様の右横腹に差し込まれたように見えます。
「スゲー!」
「ルーさんの攻撃をまた躱した!!」
隣の親子は興奮して叫びます。
すごく速い攻防なのに視認できているのは流石です。
アデリーナ様はまたもや剣で包丁の先っちょを止めたのです。片手に持ち変えた剣で器用に体の側面を防御していました。
ただ、それは悪手。敵に向かうはずの剣先が後ろを向いてしまっているのですから。
お母さんがそんな隙を逃すはずもなく、剣とは逆の肩口へ蹴りが襲います。
「チッ!!」
大きな舌打ちをしながらアデリーナ様は素早く後退。でも、お母さんも詰めます。
空振った脚の軌道が変化して、アデリーナ様の前で大きく縦に踏み込む。
お母さんは、また極端な近接戦闘に持ち込むつもりか。自由にアデリーナ様が剣を使うのを制限しているのかもしれません。
アデリーナ様の剣が横に振るわれるも、先程とは立場を逆にお母さんが包丁で受け止め、見事にスムーズな動作で腹への膝蹴り。アデリーナ様が後ろに下がるがちょっと距離が不十分。
曲げられていた膝下が伸びて、下方からの前蹴りへ変化。股間を狙ってのそれを腕でガードしたものの、空いた横っ面を拳で殴られ、アデリーナ様が吹っ飛んで何回も地面を転がる。
「助けにいけ、ナトン」
「いや、まだまだ。あの子、やるぜ」
口に溜まった血を吐き出しながら、アデリーナ様は立ち上がりました。鋭い眼光でお母さんを牽制することも忘れていません。
そして、また剣を構えます。巫女服が土で汚れたのに気にする様子はない。
「るんるん、るんるんですよ……。るんるんの気持ちですよ……」
私は思わず、不屈のアデリーナ様を応援してしまいました。
「メリナちゃん、なんだい、それ?」
「あっ、恥ずかしい。あの人が作った応援ポエムの一部です」
「るんるんが……?」
「はい。作者はあの人です。とても恥ずかしい」
「親父、よく分からねーが、応援してやろーぜ。ルーさんに立ち向かってんだ。るんるん、るんるんるんるん!!」
ナトンさんが壊れたように叫びます。
「皆も声出すぞ! るんるん、るんるんるんるん!! さぁ、あの戦士を応援するんだ!」
「…………」
村の皆は誰も続いて叫びませんでした。冷静です。
ナトンさんだけが危ない人みたいになってました。
再々度の対峙。今回、先に動いたのはアデリーナ様でした。
「フンッ!!」
上段からの豪快な振り下ろし。気合いの声と風切り音がここにまで聞こえてくるのでした。
が、お母さんは楽々と躱し、懐に潜り込む。それから、逃げるアデリーナ様へ包丁で一突き――と思ったのですが、できませんでした。
お母さんが前傾姿勢で倒れます。アデリーナ様の光の矢が両足を貫いたのです。
ずっとアデリーナ様はこの機会を待って耐えていたのだと思います。光の矢の魔法、お母さんは知らなかったんでしょうね。或いは、精神魔法が影響してお母さんは弱体化していたか。
私は2人に駆け寄ります。
お母さんは地面に座ったままで、アデリーナ様を襲わない。きっと正気に戻っています。
ならば、私はアデリーナ様を心配すべき。女王陛下を気遣う私を見たお母さんは機嫌が良くなるだろうという打算です。
「アデリーナ様、大丈夫ですか?」
剣を地面に突き立てて杖代わりにするアデリーナ様に声を掛けました。疲れていると言うよりも最初の蹴りで足を痛めていたのですね。よくもまぁ、あんなに平気に動いていたものです。
次の句に「足がプルプルしてますよ」とからかいの言葉を続けようとしたのですが、強打で青く変色している顔に驚き、黙って回復魔法を唱えてあげます。
「ふぅ。何とか勝てたようで御座いますね……」
「死んでたかもしれませんよ。どうしたんですか?」
「私はね、世界の頂点に立ちたいので御座います。つまり、神になりたい。なのにメリナさんが誘われた。考えるに、私がメリナさんに劣るのは武のみ。だから、強き者と戦いたいと思ったので御座います」
「……へぇ」
意味が分からなくて怖いですので、私はそこで会話を打ち切りました。




