襲撃
村に入る前に大きな樹の梢近くから様子を観察します。なお、登っていたのは私1人でして、アデリーナ様は地上で待機していました。
「どうで御座いました?」
「遠くで分かりにくかったのですが、荷馬車から商品を出してました、フランジェスカ先輩が」
「敵は?」
「多分ですけど、馬車の中に何人か潜んでます。イルゼさんは居ませんね」
服に付いた樹皮の欠片を払いながら私は答えます。
「あと、お母さんが私に気付きました。手を振ってくれました」
「さすがは優れた戦士です。これだけの距離で樹上の者に気付きますか」
戦士と呼ばれるとお母さんが野蛮に感じられて、アデリーナ様の発言を否定したい気持ちも湧きましたが、確かにお母さんは戦士としても超一流です。魔力感知も視力もまだ私は及ばない。
「私としては、ここから馬車を魔法で破壊したいのですが、宜しいでしょうか?」
「許可しましょう。射ちなさい」
良し! 村に被害が出たとしても、女王の指示となれば皆も納得してくれるでしょう。
さてと、では最大火力で。
ったく、精神魔法とか悪魔の魔法ですよ。
サッサッと死になさい。
足を横に広げて、ガランガドーさんに詠唱を頼もうとした時でした。
村の方角が突然明るくなり、真っ黒な煙が勢いよく上がります。その後、程なく耳をつんざく爆風。多少の熱も感じます。攻撃?
土煙が視界を遮る中、アデリーナ様の呟きが聞こえました。
「先手を取られましたね」
いつもの通り、冷静なことで。
「アデリーナ様、私、突っ込みます!!」
「了解です。私も参りましょう」
走ります。
魔力の動きはなかった。なのに、今の爆発。かなりの使い手がいると判断しましょう。
失敗した。イルゼさんが無能だからでなく、敵が優秀だから馬車を奪われたと考えるべきでした。
焦げた臭いが鼻を刺す。何本かの木が幹から折れていて、爆発の強さを物語っています。
村を囲む柵も無惨に引き裂かれるように倒れていました。ただ、倒れている方向は内向きでして、爆風が村の外からであることを知る。
「お母さーん、無事ーぃ!? これ、盗賊の襲撃!!」
先に状況を伝えるべきだったけど、私はお母さんの心配をしてしまう。
「なっ!? 盗賊だって!?」
懐かしいおっさんの声が聞こえました。これは隣村のギョームさんだ。お母さんの森の探索をいつも手伝ってくれる人の良い方です。息子さんがノノン村に住んでいるから、今日は遊びに来ていたのでしょう。
集会場という名の広場に到着。
両足を踏ん張って急ブレーキ。
そこに着いて初めて、先ほどの爆発が1ヵ所でなく村の四方で起きたことを知ります。
「あれ? お母さんは?」
きょろきょろ探していると、ギョームさんが近寄ってくれました。
「盗賊狩りに行かれましたよ。ふぅ。メリナちゃんね、俺、何回もルーさんにビビッてるんだけど、あんな憤怒の顔のルーさんは見たことがないよ。おしっこ漏れそうになった。あっ、挨拶を忘れてた。お久しぶり」
「えっ、お母さん、怒ってるの……? あっ、お久しぶりです」
私もギョームさんと同じく顔面から血の気が引いて行くのが分かりました。
「あー、アレかな。今の音で赤ん坊が起きたんじゃないかな。出産後しばらくはうちのカミさんも音に敏感になってたぜ」
これはナトンさん。ギョームさんの息子です。畑仕事の合間に剣の練習をよくしています。
とりあえず、皆は無事みたいです。良かった。田舎なので魔物襲撃がたまに有りまして、皆さん、これくらいの攻撃なら慣れてますものね。
さて、当初の目的を実行しなければ。
「フランジェスカ先輩、大丈夫ですか?」
「…………」
無反応。黙々と箱から出した商品を地面に並べています。やっぱり精神魔法で操られている?
ブルノとカルノは顔に跡が残るくらいに殴って元に戻したんですよね。
殴る?
いや、それは危ない。今の私はお母さん激怒情報により動揺しています。力加減を間違え、フランジェスカ先輩の首がぐるりんと回って捻切れる事故が起きるかもしれない。
誰か適任者を……。
「オラァ!! 大人しくしろ!!」
突然に馬車から一斉に飛び出してきたのは、そこにいるのが分かっていた冒険者の一味。数は5人。武器は剣が3人に、弓が1人。最後の1人は杖。爆発による動揺が収まるまでに事を負えるという作戦なのでしょう。
「ん?」
ナトンさんが反応します。彼らの強さを一瞬で見定め、そして、興味を失います。
「騒ぐんじゃねーぞ!」
「1人だけ殺すぞ。舐められねよーにしとかなきゃならねーからな」
物騒な物言いですが、ここにいる村の人達は森の魔物で鍛えられています。生死の境を何度かくぐり抜けた猛者が多いのです。
「ババァ、悪いな!!」
弓で狙われたのは村の長老格のサルマ婆さん。速射で2本の矢を飛ばした技術は大したものだと思いましたが、届くはずもなく、途中で両方ともレオン君の手中で止まります。
私の幼馴染みであるレオン君は目と体の反応が良いのでしょうね。飛んでいる物を捕ることに関しては私よりも上かもしれません。
さて、弓を放った人とは別の冒険者も村の人にちょっかいを出していました。
あの人は女性の腕を取ろうとしているのかな?
あっ、ナトンさんのお嫁さんだ。
私が対処する間もなく、咄嗟に顎へ肘を入れたのは流石です。悪さをしようとしていた冒険者は仰向けに倒れ、もう二度と立ち上がることはないでしょう。
「おい! 魔法だ! 早くしろッ!」
爆発を契機とした制圧に失敗し掛けていると判断したのでしょう。リーダー格の者が仲間も見ずに怒鳴ります。
「早くッ!!」
彼との距離をゆっくりと慎重に詰める村の人達に怖じ気づいて再度叫びます。
しかし、彼は気付いていないのです。
絶対に何があっても魔法使いは真っ先に殺すと決めていた私の氷の槍によって、命令している相手が頭部を完全に失っていることに。
呆気なく冒険者たちは制圧されました。戦力の差を理解できたのか、極めて大人しい。ほぼ裸にした上で縄で拘束していますので、もう悪さは出来ないでしょう。シャールでその罪を裁かれるが良い。
「ふぅ。村の中にも盗賊が入ってたのか。危なかった」
仕事を終えたギョームさんが脂っぽい顔を手で拭いながら歩いてきます。
「ギョームさん達なら余裕でしたよ」
正直な気持ちです。
「いやいや、メリナちゃん。凄い爆発だったからね。森の神様が遂に仕返しに来たのかと怯えたんだから。ルーさんみたいにワクワクはしないよ」
森の神様……。
そう言えば、森の奥にいるからとお母さんに連れて行かれることがしばしば有りました。
「森の神様は懐かしいですね。まだお母さんは奥地で探しているんですか?」
「……倒したんだよ。おじさんも連れられて辛い辛い旅路の果てに。凄い剣技で切り刻んでいて、ルーさんに刃物を持たしたら更に手に負えないって思ったもんだ」
倒したのか、神様を。
神を称するフォビとの再戦で、勝利への重要なヒントに為り得ます。
うん! お母さんにコツを訊いてみよう。
「メリナ姉ちゃん、また帰って来てたんだな」
レオン君です。先程の矢は無造作に投げ捨てられていました。
「今回は仕事なんだ。だから遊べないよ」
「もうそんな歳じゃないぜ。俺、ナタリアと冒険者になるんだ。2人で修行してるんだぜ」
村を襲ってきたのも冒険者でして、レオン君の憧れる英雄の冒険者なんて実際には絵空事なのかもしれません。
でも、子供の夢を壊すようなことはしません。
「ナタリアなんて魔法も使えるようになったんだ。俺も負けてられねぇ」
「だね。頑張りなよ、レオン君」
私はニッコリしました。
「で、メリナ姉ちゃん。あっちの姉ちゃんはずっと商品を並べてんだけど大丈夫か?」
忘れてた!
村の人達の意識も敵対心が明らかな方に集中していたから、村の人達も放ったらかしにしていた!
「レオン君、あの人は悪い人に操られてるの。ほっぺを叩いたら元に戻るからお願い」
「スゲーな。スゲー!」
何故か興奮するレオン君は躊躇を一切せずに思っきりフランジェスカさんの頬を打ちました。
戻ったか? しかし、その確認はできなくなりました。
明らかに戦意を漲らせたお母さんが、どこで手に入れたのか不明な包丁を持ってこちらに向かって来るのです。
真っ直ぐにこちらを睨む目は狂気。お母さんの実力を知る村の人達に緊張が走ります。長年の経験が私達に危機察知能力を授けているのです。
お母さんが精神魔法で操られる。事前想定した最悪の事態かもしれません。
この中の誰も止められない。でも、止めないと皆殺しにされます。抗うしかないか。
唾を飲み込んでから指示します。
「ギョームさん、ナトンさん。お母さんに立ち向かいますよ!」
「無理です」
「親父っ! ルーさんと戦えるチャンスだぞ!」
「ナトン……世の中な、努力ではどうしようもない事もあるんだ」
「知らねーよ!」
私達が揉めている間にお母さんの前に立つ人物が現れます。アデリーナ様です。
剣も構えていて、もしかしてお母さんとやりあう気なのでしょうか。
「頑張れ、アデリーナ様! 辛い時は、るんるん、るんるんですよ!!」
私には声援を送ることしかできませんでした。




