村作りの理由
サクッと別の狼蝿を殺して、私はアデリーナ様の所へと踵を返します。
この個体は先ほどの戦いで発した私の殺気で森へ逃げようとしていましたので、追い掛ける羽目になりました。時間を浪費したことが悔やまれます。
急ぎ村へと舞い戻りますと、途中でフロンを発見します。彼女は狼蝿に乗り掛かられていました。
こんなに弱かったかと違和感はあります。でも、ヤツは魔法での攻撃手段を持っていなかったから苦戦した結果なのかな、とも思いました。
しかし、腐っても魔族。完全に息の根を止められて喰われている様に見えてフロンは生きていました。
「助けましょうか?」
「……イ……ラナイ、ダベテ……ル……」
食べてるって言ったのかな。
あっ、こいつ、そんな事も出来るのか……。
私は魔力の流れを読むことでフロンが何をしているのか理解しました。
体内に入り込む虫を体の中で殺しているのです。魔族の体は魔力で出来ています。その体内の魔力で虫を擂り潰す感じで処理しているのです。
食べていると表現しているからには、虫の魔力を自分の物にもしているんでしょう。
狼蝿は小さな虫の集合体ですので、獣系の魔物と違って行動原理は単純です。大した知恵は持っていないと表現しても良いでしょう。森の中を徘徊して獲物を見つければ接触を試み、敵わぬと思えば逃げる。基本はそれです。
フロンが無防備を装っているため、狼蝿はイケイケで彼女を貪ってるつもりなんでしょうね。獰猛な狼のように頭をフロンの体に突っ込んでいるようにここからは見えますが、首の胴体に近い部分までフロンの体内で死滅しているのでしょう。
このまま、フロンに任せて良いでしょう。
それでは、アデリーナ様の所へ急ぎましょう。
「お、おい、あんた、助けろよ。あいつ、あんたの仲間だろ……?」
小屋の裏に回ったところで、見知らぬ人間に声を掛けられました。安っぽい剣を腰に差しているので、ニラさん達が排除して欲しいと依頼してきた冒険者の一員だと判断しました。自分は物陰から観察していたクセに、私にはフロンを助けろとは良い根性をしてやがりますね。
何より、私はアデリーナ様のカッコいい詠唱を聞き逃したくありません。
「急いでいるのです。早くもう一匹のところへ行かなくては。あっちは貴方に任せました」
意地悪な言い方になったのは反感からです。
言い終えて、私はアデリーナ様の魔力を探り、颯爽とダッシュを再開します。
いましたっ!
後ろ姿を確認。まだ戦闘中ですね。
うふふ、アデリーナ様とあろう方が狼蝿程度の魔物を仕留めるのに時間が掛かり過ぎです。
これは部署の先輩としては見過ごせませんよ。戦闘後に反省会です。
って、あぁ、そういう訳ですか。
薄着で大柄な女性冒険者が前線に立っていて、狼蝿の体は何個にも分かれていました。頭から前足、胴体と後ろ足、最後に尾っぽ。それらが分離して動いています。恐らく、あの冒険者が何回か剣撃を与えたのでしょう。
「まだまだッ!!」
女剣士は豪快に何回も切り付けます。その剣の振り方も、敵の接近を避ける足捌きも訓練されたものではないと一目で分かります。時には、大きな体で地面を転がったりして、二の腕さえも隠せていない白いシャツが泥塗れです。
「そろそろ良いでしょう。離れなさい」
もう狼としては認識できないくらいに分断されたのを確認して、アデリーナ様が告げます。
普通であれば、これはピンチです。狼蝿は断片化した方が厄介。狼を擬態する必要がなくなると空を飛び始め、複数の部位が色んな方向から寄って来るからです。
しかし、アデリーナ様にとってはそうではないのでしょう。遂に詠唱を開始します。
「箆。矧ぐ。忌まわしき箭を徠たす。其は惛く、懜く、瘈う天昏」
アデリーナ様の前に光の矢の束が出現し、それらが一斉に放出される。そして、正確に一つずつ敵を襲います。
矢に貫かれた魔物は消滅しました。
私はパチパチと拍手をしながら、アデリーナ様の背後から現れます。
「さすがっ! 見事でした、アデリーナ様。新しいポエム、しかと私、メリナは頭に刻みました。くらくくらくくるう、凄い韻の踏み方ですね」
「は? 実際に粉々に刻みましょうか?」
うふふ。楽しい。アデリーナ様がお怒りを我慢して打ち震えているの、楽しい。
「あぁ、まさにポエムとるんるんを愛する魔王アデ――」
「スゲーな、あんた!」
私の愉快な言葉を遮って女冒険者が叫び、アデリーナ様に駆け寄って来ました。
「どうだい? あたしと組まないかい?」
アデリーナ様は竜の巫女の正装です。シャールの人間なら、黒い巫女服を見るだけでその人の職業が分かるはずです。また、私はアデリーナ様と名前を口にしました。この国の女王アデリーナは竜の巫女も兼務しているとは国民に知られていないのでしょうか。
アデリーナ様はその問い掛けには答えず、会釈のみで拒絶の意思を示します。
「あぁ、任せな。あたし達は仲間だ。寝床くらいは用意してやるから!」
なるほど。この女冒険者は勝手に話を進めていくタイプですね。このままでは意外に押しに弱いところもあるアデリーナ様は女王兼竜の巫女兼冒険者となってしまい、女王の地位と仕事、責任を舐め腐った人間であったと後世の人々に言われてしまうでしょう。
それはそれで良し。
「えぇ! アデリーナ様!? メリナ様も!? えぇ、どうなってるんですか!?」
聞き覚えのある男性の声。馬の影から出てきたその男はオズワルドさん。私が部屋をお借りしている宿屋のご主人オズワルドさんでした。
少しお痩せになられてますね。
彼に連れられて、その開拓地で一番大きな小屋の中へと案内されました。
「ここに新しい村を作るんです」
オズワルドさんが説明してくれます。席に着く私達にお茶を運んでくれたのは片腕の女性です。オズワルドさんのお嫁さん探しで、1人だけお見合い面接会場に残った人ですね。
「この子の為の。それが私に下された王命への答えになります」
なんだっけ……。覚えてない。いや、私の知らない所での話か?
「必ずや王国に輝きを加える宝石となる一手で御座います。全ては太陽の如く燦々と気品漂う方の思し召しの通り」
私はアデリーナ様を見ます。そして、恐る恐る尋ねます。
「……今、王国でポエム調の喋り方が流行ってるんですか?」
「メリナさん、お黙りなさい。オズワルド、話を聞きましょう」
「はっ。有りがたき幸せ」
なお、女冒険者さんも着席しておりまして、この会話が途切れたタイミングを好機として、私と一緒にズズッとお茶を啜るのでした。
しかし、私はオズワルドさんの想いを聞いて感動します。
「私は街では住み辛い獣人達の村をここに作ろうかと考えています。彼らが虐げられず、異形の部位を気にする必要がない場所を作りたいのです。どんな獣人も私はここに迎えます」
彼の長い話を簡潔に要約すると以上でした。それが私の過去の辛い記憶を思い出させたのです。
新しい兄弟が先月に生まれてはいますが、以前に生まれてすぐに地に戻された兄弟が私にはいます。彼らは獣人として生まれ、人にあらざる虫のような動きを誕生直後から見せていました。
もしもオズワルドさんの言う獣人だけの村があれば、彼らも生きることが出来たのかもしれない。
私の両目から涙さえ流れます。
「オズワルドさん!!」
「ひっ!! な、何でしょうか!?」
「……メリナさん、どうしましたか? オズワルドの金を勝手に使っていることを謝るのですか?」
アデリーナ様、細かく詰まらないことを言うんじゃありません。
「わ、わだし!! 全面的に協力します!!」
「メリナ様、ありがとうございます。少し驚きました。でも、本当にありがとうございます。で、私のお金って何の話ですか?」




