騎士さん
私は気持ちよく目覚めて食堂へと向かいます。何なら、二階から階段の手摺を軽やかに滑り下っても良いくらいの気分の良さです。
「お仕事、どうでしたか?」
「ショーメ先生、聞いてください! 銀貨を2枚も稼いだんですよ! ほら、これ!」
「良かったですね。では、朝食代として頂きますね」
ショーメ先生は2枚とも没収しました。
「た、高くないですか!! 銀貨が2枚ですよ! 私の村では銅貨ばかりで、殆んど見なかったヤツですよ!」
非道な行為に私は強く抗議しました。
「そうなんですか。でも、これが世の中のシステムなんです。あっ、昨日の夕飯はツケにしてますからね。後日、お返しください」
「そ、そんな! そしたら、また私は無駄な殺意を抱いて、ショーメ先生を抹殺したくなります! そんなの嫌です!」
「脅しには屈しません。それに、今のメリナさんであれば、私の方が強いですよ、きっと。本気でやれば殺せます。そんな気がします」
「……今から殺り合います?」
「受けましょうか?」
ふん。生意気ですね。
私が軽く踏み込むと、ショーメ先生が消えました。
……背後か! 私は体を回して裏拳で仕留めるつもりでした。が、また消えて、私の上に出ました。
お食事用ナイフを手にして、それを私の頭に刺そうとしています。
「甘いですっ!」
瞬時に火球魔法を炸裂させる。それから、追撃。素早く両腕をクロスして防御体勢を取っていたショーメ先生の脚を握り、床へと叩き落としました。
「いっつー……。メリナさん、相変わらずの強さで安心しました」
かなりの力を込めての叩き付けだったのに、木の床には傷が付いていませんでした。それに、私の炎を浴びても服が焦げていない。
服はもしかしたら魔力が付与された特別な物なのかもしれませんが、衝撃をうまく分散する体術は本物だと分かりました。私は認めます。ショーメ先生、この人は強い。
「メリナ様! 凄い音がしましたよ!」
オズワルドさんが慌てた声で食堂に入ってきました。
「大丈夫です、オズワルドさん。メリナさんは拳で語り合いたがる癖があるので、少しお相手をしてあげただけです」
「フェ、フェリスさん! でも、テーブルとか天井とか焦げてますって! 煙臭いですって!」
「はいはい。後で修理しておきますから。それよりもメリナさんが魔法を使ったんですよ、魔法。シャールだと街中の魔法発動は大罪ですよね」
……そうでした。すっかり忘れていました。
昨日も脱臭魔法を使ったので、大罪案件が2つです……。
「ど、どうなんるんですか、私……? こんな美少女が牢屋に入れられたら、悪い男の人に色々と悪いことをされてしまいます……」
ショーメ先生はにっこりと笑います。アデリーナ様よりは温かみがあるヤツです。
「牢屋が破壊されてしまいますから、捕まえませんよ。シャール伯爵も頭が痛い問題でしょうね。狂暴なドラゴンが街中を自由に歩いているみたいなものなんですから」
「……逮捕されないって信じて良いんですか?」
「誰も止められないって感じですよ。強さは自由を掴むって、本当なんですね」
……逮捕されないことにホッとしました。あと、私をモンスターみたいな言い方に軽く反感を持ちますね。でも、その点には触れません。
「じゃあ……魔法……自由に使って良いのですか?」
「止めるべきでしょうが、諦めてますよ。可能な限り自制をしてくださいね」
「やったー!」
「監視は続けられていますから、ご自重を。って、聞いてないなぁ」
小言の多い人です、ショーメ先生は。
「大丈夫です。私、我慢強いですよ。ねっ、オズワルドさん」
「いや、知りません。知りませんが、この食堂の荒れ具合からすると、かなり不安です」
まぁ、失礼しちゃうわね。
何はともあれ、私は雇われ先の服屋、いえ、防具屋に向かうのでした。
「遅かったな」
店長は相変わらずぶっきらぼうで怖い声です。でも、怒ってはなさそうです。
「すみません。すぐに働きます」
私はホウキを持って床を掃きます。それから、ボロ切れで鎧や盾を磨きます。
朝だからかお客さんは来ません。
私はキュッキュッと懸命に頑張ります。
働き者です。自分を自分で誉めたい。
聖竜様もきっと私を見てくれていて、いずれ誉めてくれるだろうなぁと思っています。
お昼間近になって、やっと本日のお客さん一号がやって来ました。店長は既に昼飯を食べにお外に行っております。
「いらっしゃいませ」
「あれ? メリナ?」
ん? 知り合いだったのでしょうか?
体の線が細い、爽やかそうな青年です。
って、ああ、昨日思い出したへっぽこ剣士さんの顔だ。名前は思い出せないし、何故にへっぽこだと思っているのかも分かりません。
「シェラが心配していたぞ。行方不明になっているんだってな。事情は知らないけど、早く神殿に戻ってはどうだ?」
シェラ……。人の名前ですよね。
どっかで聞いた覚えが、あっ、アデリーナ様が私の親友と呼んだ人です。
それから、入街料を物納しようとして門番さんに渡した、あのでっかい胸当ての持ち主さんだ。
門番さん達がこそこそ話すのが聞こえていましたね。彼女は伯爵令嬢だとか。
あー、でも、お世辞にも金持ちに見えないこの男性が大貴族の直系を呼び捨てにするなんて、有り得ないかな。
「すみません。私、記憶を失くしていまして、よく覚えていないんです」
「そうなのか!? 俺に相談してくれよ! 俺はお前に恩を返さないといけないんだからな!」
好青年ですね。困っている私を助けてくれるなんて。
「私は貴方に何をしたのでしょう?」
「……シェラとの仲を取り持ってくれた。俺はシェラの騎士となったんだ」
なるほど。私は彼の愛を叶えたのでしょう。
「俺のこと、本当に覚えていないのか?」
「はい」
へっぽこだってことくらいですが、それは気を悪くされると思いますので、口にはしません。
「俺の名はグレッグ・スプーク・バンディールだ。最後に会ったのは諸国連邦との模擬戦の時だな。出会い頭に一撃で倒された」
「そうでしたか、失礼致しました。ところで、何を買いに来ましたか? 今の私はここの店員ですので」
「ん、あぁ。騎士になったから給金は多くなったんだけど、まだまだお金が足りなくてな。騎士をしながら、たまに冒険者ギルドの仕事も請け負っているんだ。それで、恥ずかしながら中古の盾を買いに来たんだ」
騎士のお給料って、どれくらいなんだろう。って言うか、そして、騎士は貴族しかなれないと思うので、やっぱり、この人も貴族様だったのかな。つまり、お金持ち。見た目で判断しちゃダメって学びました。
「そんな事よりも、俺に何かできることはないか? 何でも協力する!」
「では、この安っぽい盾を金貨3300枚で買ってください」
木の板を丸く張り合わせて、取っ手を付けただけのもの。もちろん、戦闘の傷跡もあります。それを私は彼に提案しました。
「……ぼったくりが酷くないか?」
「それくらいのお金があれば、私は宿の心配をする必要がなくなると思うんです。恩を返すのであれば、安いものですよ?」
「いや、普通に買えないぞ。金貨10枚なら手持ちであるから、それで勘弁してくれよ」
「仕方ないですね」
私は残念に思いながら、渋々代金を頂きました。
「メリナのこと、シェラに話したいんだが、いいかい?」
「どうぞ。それでは、お坊ちゃん、またのお買い上げ、宜しくお願いします」
「おい! 俺を坊っちゃんと呼ぶなよ! ……バカにしないで欲しい。お前の強さが異常なんだからな」
その後、私はシェラが踊る竜の舞とかいう舞台の招待状をアデリーナ様から頂いていたことを思い出します。是非とも行きたいし、シェラにもお逢いしたいものです。
〈設定〉
一枚の金貨40万円、銀貨は2万円、銅貨は200円くらいが庶民の感覚です。ただし、貴族様は銅貨なんて貧しい貨幣を使うのは穢らわしいという感覚を持っているので、銅貨で支払いが間に合うときも銀貨を使います。




