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さすがは地元民

 あと半刻で村という場所で私達は休憩を取ります。開拓村に入ってからの段取りを確認する為です。


 ここでイルゼさんに頼んで、フロン、フランジェスカさんと合流しました。戦闘要員ではないフランジェスカさんをここに連れてくる事に抵抗はあるのですが、かと言って、1人でお留守番をしてもらうのも気が退けます。仲間外れみたいになってしまいますから。



「巫女服から着替えたんですね」


「ケイトさんのお古なんだ。足を這って虫が上がって来るらしいから」


 巫女服の下はスカート状ですからね。確かに虫には無防備です。対して、今のフランジェスカさんは茶色いズボン。動きやすそうです。

 なお、フロンやルッカさんも巫女のはずですが、こいつらは巫女服を着るのを好みません。魔族なので自分の魔力を変化させた服の方が色々と便利なのでしょう。



「……私も着替えたいので御座いますが」


 アデリーナ様が急にそんな事を言い出しました。


「ダメです。今更、何を言っているんですか。2年前にラナイ村に来た時もコッテン村で過ごした時もアデリーナ様は巫女服でしたよ」


「いえ、虫の話を聞きますと、ねぇ?」


「ダメです。見てください。イルゼさんもスカートですよ。アデリーナ様だけ我が儘を言っては恥ずかしい」


「そうは言いましても……」


 ごねるアデリーナ様に助け船を出したのは、たぶんカルノです。ずっと御者台にいた方だから。


「アデリーナ様、良い虫除けがありますよ。何かの薬草を漬け込んだ油です。これを塗れば、虫が寄ってこないはずです」


 もう片方の双子ブルノが荷台からガラス瓶を持ってきました。


「アディちゃん、私が塗ってあげる。爪先から太股にゆっくり、そろりと指先を走らせて、それから、もっと大切な所にじわじわ――イタッ!」


 まだ汚れを知らないニラさんの前でなんて発言なのでしょう。私に叩かれたフロンは頭を抱えて(うずくま)ります。

 なお、アデリーナ様は木陰に入って、自分で塗り塗りされたみたいです。その方がよっぽど虫に刺されそうですけどね。



 さて、ここからは馬車から降りての歩きとなりました。突然の戦闘になっても対処できるようにです。そんな理由ですから、フランジェスカさんとニラさんは馬車の中です。



 しばらく進みます。両側は鬱蒼とした森林でとても薄暗い。


「ジョディ! こっちは良い! 後ろに回って馬を守れ!」

「あいよっ!!」


 野太い声と威勢の良い女性の声が遠くから響きました。


「クソッ! ボンドがやられた!」


 焦りの込められた叫びも上がります。



 速度を緩めた馬車の前へと私は出ます。フロンとアデリーナ様も私の左右に続きました。


「メリナ様、お気を付けて下さい」


 ニラさんが幌から頭を出して私に声を掛けてくれまして、私は振り返ってニコリとします。


「イルゼさん、すみませんが馬車を守って貰えますか?」


「畏まりました。聖獣リンシャル様、聖賢マイア様のご加護を彼らに」


 イルゼさんが両手と指を複雑に動かしながら、印を結びます。デュランで誰もそんなことを一切していなかったので、私はアデリーナ様の偽詠唱に近いハッタリだと思いました。でも、イルゼさん、リンシャルとマイアさん信仰に戻り、メリナ正教会からは本当に離れたんですね。良かったです。



「私さぁ、本当は守りの方が得意なんだけど」


「うっさい。この中で一番魔法感知の範囲が広いでしょ。索敵」


 走りながらフロンへ指示をします。


「アデリーナ様は切り込みますか?」


「メリナさん、貴女の役目ですよ」


「了解です」




 村を囲む柵が見えてきます。

 それから剣を振るう皮鎧の男。技量は余りない。相手は手前の木の影で見えない。


「魔物だわ。4体の魔物に襲われてる」


 野犬だとしたら少なめですね。


「種類は?」


「そんなの分かんないわよ。でも、化け物なら何でも余裕でしょ」


「幽霊系だったら、私は離脱しますから」


 奴らは殴っても死なないし、所構わず出現するのです。幼い頃にお母さんに連れられて森の探索をしていたころ、何度も苦戦したのを覚えてます。


「は? 何ふざけん――」


「あっ! 狼蝿だ! あれもきついなぁ」


 見えたのは黒色の獣。

 もっと森の深い所に住んでいるヤツなのに、こんな所まで迷い込んだのかな。最初に出会った時は2名ほど村人から犠牲者が出たのを記憶しています。


「メリナさん、注意事項は?」


「狼みたいに見えますけど、たくさんの小さな蝿が集まって、あんな形になってるだけなんです。物理はほぼ無効です」


「なるほど」



 走り続け、腰ほどの柵を飛び越える。


 狼蝿は既に最初に見えていた男を補食中でした。


 男から顔を離して獣の目が私を捉える。この目も小さな蝿なんですよね。毛もふさふさで、これが虫の集合体とは到底思えない。



 不意に現れた私に対して逃げようともしない不遜な魔物。この辺りでは最強の存在だったのでしょう。新しい食料が飛び込んで来たくらいにしか思ってない。


 私は体内から目一杯の殺気を魔力に乗せて(ほとばし)らせる。力量の差を戦う前から悟らせるのです。



 恐怖で固まった獣を炎の壁で囲む。

 これで燃え尽きて終わりでしょう。前後左右に加えて上方も火です。虫達はパニックになり、狼の形を維持できなくなって飛び回っているのが、炎越しに確認できました。



「うわ、エグ……」


 倒れている男の顔を見て、私に追い付いたばかりのフロンが呟きます。

 狼蝿は吸血性です。獲物と接触すると、触れた箇所にいる無数の小蝿がそれぞれ噛み付き血を吸います。また、それだけに留まらず、獲物の体内に入り込んで寄生もします。なので、私は男の顔を見ていないですが、穴が何個も空いているか、皮膚がなくなっているかしているのでしょう。


「魔法で治癒しないので御座いますか?」


「まだ蝿が入ってるんですよ。今の状態で治しても、体内で繁殖を繰り返して死にます」


「さすが地元民だけあって詳しいで御座います」


「で、こいつ、どうすんのよ。蝿が出てくるなら殺す?」


「顔を焼いた後に治癒魔法です」


「あんた、私以上に魔族だわ」


 でも、そうしないと死んじゃうんですよね。


「さてと、あと3匹始末しましょうか」


「触れずに殺せば良いと分かりました。余裕で御座います。分かれて各個撃破とします」


 アデリーナ様の提案の通りに散開して、それぞれ魔物討伐に向かいました。

 私は急ぎます。手っ取り早く次も殺して、アデリーナ様の偽詠唱を拝聴したいとの気持ちが涌き出たのです。

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