馬車の中での暇潰し
神殿にやって来た聖女イルゼさんはアデリーナ様の依頼に嫌な顔ひとつせず、私達をラナイ村へと転移させてくれました。
彼女も異空間の被害を受けた一人でして、アデリーナ様くらいのお年頃だった姿は私のお母さんくらいの相貌に変化しております。そのせいで、以前よりも落ち着いているように見えました。
「イルゼ、帰らずに開拓村まで同行を願います」
「承知致しました」
完全なる主従関係がそこにはあります。
聖女を信じるデュランの方々はこれをどう思っているのかと疑問に思ってしまいますね。
さて、このラナイ村はシャール伯爵領の端っこにあります。その為、2年前に王都の軍勢がシャールに攻め寄せた際には、真っ先に占領されたのでした。
その名残なのでしょうか。フロンや今は私の実家で過ごしているナタリアが召使いとして住んでいた村長さんの家は壊れたまま放置されていました。一部は朽ちてます。
「これ、住めるんですかね?」
「さぁ、どうなんでしょう」
「村長の家だけとはいえ、王都の人達もこんな酷いマネしなくて良かったのにと思いますよ。可哀想です。極悪非道です」
「メリナさん、これ、アシュリンと貴女が破壊した時のままですよ」
……そう言えばそうでした。
「心配して損しました。因果応報ですね」
この村は聖竜様への信仰が篤い土地でもあります。その為に、巫女服を着ている私達に集まって来られるので、私達は礼儀正しく対応致します。うん、自分が竜の巫女だと深く実感できました。
「あっ、開拓村の件で来られたのですか?」
来訪の目的を訊かれて答えた結果なのですが、新しい村長と思われる人は事情を知っている様子でした。
「ちょうどこちらに関係者の方が来られていますので案内します」
素直に私達は彼に付いていきます。話が早くて幸運です。
「わっ! メリナ様!!」
村外れの空き地に幌馬車が置いてあり、そこに居たのはニラさんとブルカノ兄弟でした。私に懐いているニラさんは嬉しそうに顔を綻ばせます。
「いっ、アデリーナ様! それに服装からすると聖女様ですかね……」
「こんな所でどうしたんですか?」
双子の兄弟も大いに驚いてくれます。
案内をしてくれたおじさんは去り、私達は彼女らの依頼を受けたことを説明します。
「いやぁ、助かりますよ。助かりますけど、良いんですか……?」
「開拓村の警護ですよね。はい。部署の新方針なので謹んでお受けします」
「アデリーナ様や聖女様はお忙しいご身分だと思うのですが……」
おいっ! 私を除いた理由を言ってみろ!
「早速ですけど、移動しながら依頼について説明します」
「メリナ様、こちらへどうぞ!」
ニラさんが幾何学模様の入った布を荷台に引いてくれまして、私達はそこへ座らされます。分厚くて柔らかい上等な品です。ニラさん、結構お金を稼いでいるなと思いました。
ただ、荷物がいっぱい有ってちょっと狭いです。
「ニラは前な。場所がないし、俺が説明役だから」
「えー。ブルノ、ずるいよ。私もメリナ様と話すー!」
凄い。ニラさんは双子の見分けが付いているのか……。
ガタゴトと森へ続く道を揺られながら、ブルノは依頼内容を語りました。
「警護とは書きましたけどね、ちょっと違うんですよ」
「違うとは?」
「森の中の開拓村なので危ないのは分かっていました。だから、そこの開拓主も冒険者を雇っていたんですよ。最初は順調でしたが、今では開拓主との力関係が逆転して、雇った者達に村を乗っ取られようとしています。その冒険者たちを追い出して欲しいと考えています」
ふむ。記憶を失くしている頃に冒険者ギルドに立ち寄ったことがありますが、粗暴な人達も居ましたものね。
「それで、どうして貴殿方が依頼を?」
アデリーナ様が尋ねます。なお、聖女イルゼはその横で目を瞑って座り、微動だにしません。不気味です。
「その開拓村は金払いも良くて優良な新しい取引先なんです。つい最近も、村に必要な物資を大量に買ってもらう代わりに安く売るっていう専売契約を結んだんですよ。開拓主さんは信念を持っておられました。彼の意気込みを聞いたら、これから開拓は成功して、取引ももっと大きくなるって僕らは踏んでいます。つまり、失いたくない相手なんです。だから、冒険者を追い出したいと考えました」
ん? 取引?
「あー、思い出しましたよ。こないだ出会った時、取引が云々って言ってましたね。それですか?」
結婚式の前々日、私のお母さんにアントンが密告しようとしているのではと疑い、猛追した時です。結局はアントンの罠だったんですけどね。
そのラナイ村までの道中で彼らと会いました。
「そうです、そうです」
「楽勝で御座いますね、アデリーナ様」
「えぇ。でも、どうして、そんな依頼を冒険家ギルドにしたので御座いますか? そんなことをしたら、その荒くれ者の冒険者どもの仲間が受ける可能性もあったでしょうに?」
「街の外のギルドには頼みませんでした。仰る通り、彼らの仲間を増やすだけの結果になったかもしれませんから。僕たちは街の中のギルドに頼んだんです。あっちの冒険者は、街育ちのお行儀の良い人が多いですから」
へぇ。ブルノだったかな。物知りですし、知恵も回る。商売がうまく行っているのも理解できますよ。
「それじゃ、村まではゆっくりして下さい。僕は前に行きますんで」
立ち上がったブルノは私達に背を向けて、馬車が進む方向の幌をカーテンみたいに開け御者台へと跳び移りました。一瞬だけ生じた幌の隙間で、こちらを向いていたニラさんと目が合いまして、手を振ってくれました。
「皆殺しがよろしいですかね?」
「相手方の言い分も必要でしょう。ただ、場合によっては皆殺し」
「了解です」
「殺すよりも生かして利用できるなら、そちらの方がお得なので御座いますけどね」
「はい。分かりました」
「絶対に分かってないでしょ?」
「いえ。分かったって言ったじゃないですか。基本は皆殺しで一応言い分も聞いてやる、ですよね」
ったく、この女王様は性根以外に耳も腐っているんでしょうかね。
森に入ってから道も悪くなり、馬車の振動が増えて来ました。聖女イルゼは未だ瞑想中です。怖いです。異空間とはこんなにも人を変えてしまう危険な代物だったのですね。
「アデリーナ様、最近のアデリーナ様は何だか気品が落ちましたよね?」
「メリナさん、心外で御座いますよ。何故に、そんな勝てない喧嘩を売ろうとお思いになったのかしら?」
「いや、だって、魔王だったり、禍々しいと思っていたら実は痛々しい偽詠唱だったり、るんるん日記を書いたり、挙げ句の果てには巫女長に恐れをなして阿る言動。気品とは程遠いのではないでしょうか」
「魔王の件は認めておりませんが、その他は理由があるので御座います」
「では、その言い訳を聞かせて頂きましょう」
実は暇潰しなんです。秘密ですけど。
「幼い頃、と言っても巫女見習いの時でしたから10歳程度でしたが、私は周りから邪険に扱われていたので御座いますよ」
るんるん日記みたいな話か?
このアデリーナ様が髪の毛を握られて引き擦られたり、ぬいぐるみを焼かれたりしていたと書いてありました。
「魔法も唱えられないクズとも言われまして、悔しいでは御座いませんか。なので、自作の詠唱句を作りました」
「いや、無詠唱で問題ないし、自作する方が痛々しいですよ」
「後から思えばそうでしょう。しかし、若い頃は自分を大きく見せたいもので御座います」
「今も偽詠唱で恥ずかしくないのですか……?」
アデリーナ様の強いメンタルは、たまに見習いたくなります。
「いいえ、全く。笑う者がいれば殺せば良いだけですよ」
っ!? まずい!
これは私がアデリーナ様の詠唱句を笑って半殺しにされる流れだっ!!
「私は我慢強いから大丈夫ですよね」
「は? メリナさん、笑う気満々で御座いますか?」
「いや、だから、我慢強いって」
「声に出すのを我慢するだけで腹の中で笑うのでしょ? むしろ屈辱感が増すので御座いますがっ!」
……やべー。次の話題に行かなくちゃ。
「巫女長にご機嫌取りするのはどうなんですか?」
「巫女が巫女長を敬うのは当然のこと。同じく、メリナさんが先輩である私を敬うのも当然なので御座いますよ?」
「とは言え、いずれは殺したい……?」
「うふふ。まぁ、うふふ」
久しぶりに嫌らしい笑いを見ました。
「日記をご覧になったのでしょう?」
「えぇ……あっ! 本当に首を刎ねたんですか!?」
あの話が本当だと……。ならば、首だけでも生きていた記述も本当なのか……。そして、何事もなく今も過ごしている巫女長、恐るべし。
「今になって考えるに、あれは当時の分裂体だったのかもしれませんね」
「……巫女長は絶対に人間に分類してはいけない生物ですよ」
「えぇ。この世に何体、フローレンスがいるのでしょう」
想像をするだけでゾッとします。
「そういう訳で御座います。巫女長を排除しても、同じ姿の新たな巫女長が現れるかもしれない。ならば、比較的扱いやすい巫女長と仲良くするのは悪いことではない。そういうことです」
「よく分かりました……」
「更に追加するのであれば、精神魔法がエグい」
「同感です。ってゆーか、それが本音じゃないんですか? 巫女長の魔法、ふーみゃんの毛の効果も突破してくるんですよ!」
諸国連邦対王国の模擬戦で経験しました。
「身のこなしも中々で御座いますしね。幸い、今は昔より衰えているそうです。同世代でなかったことを喜びましょう」
「マジですか。あれで衰えているとか……」
当時の方々は大変な目に逢われたことでしょう。想像すると、他人事なのに胸が痛くなります。
「そうすると、るんるん日記には真実も書かれていたことになるんですね。他の部分も含めて、とても恐ろしいです」
「まず、るんるん日記と呼ぶのをお止めなさい」
「えっ、じゃあ……巫女見習い変死事件帳……」
「ほぅ。生意気な物言いをするようになったものですね……」
「もぉ、我が儘ですね。アデリーナ様が呼ばせたい名前で良いですよ。さぁ、仰ってください」
「王国秘誌で御座います」
「それだと、後半部分だけですので、るんるん王国秘誌ですかね」
「メリナさん、馬車を止めなさい。前半部は、幼い私が日々の辛さを紛らすために書いた物です。云わば、拙いですが、歴史に燦々と名を残す私の成長を知りたいと願う未来の歴史学者には垂涎の書。それを貶すとは、子孫への傲慢でしょう。さぁ、死になさい」
「いや、もう、そこまで興奮されるのなら、王国秘誌で良いですよ。怒らないで下さいませ。世界が崩――いや、また怒らせてしまいますね。で、どうして、あんな面倒な仕掛けをして本当に書きたいことを隠したんですか?」
私の問いでアデリーナ様は黙りました。
そして、尋ね返して来ます。
「本当に書きたいこと?」
「はい。2000年前の英雄の数。エルバ部長が拘って、マイアさんの所へ行く約束をしてしまいましたよ」
「あぁ、あれね……」
アデリーナ様は惚けましたが、自らも恥を掻く手法で誤魔化していたのです。その重要性を鑑みて、忘れるなんてことはあり得ない。
アデリーナ様は少し考えてから答えます。
「過去にブラナンが何回か7人目が誰なのか調査させていましたが、調査途中で全員が死ぬので御座います。不思議なことにブラナンは7人目が存在することは覚えていても、それが誰なのか思い出せなかったのです」
「は!? 何それ!? 私、エルバ部長と調査することになってるんですけど!?」
私は更に続けます。
「後世の人に対する呪いですか!? そんなのをわざわざ書いて、るんるんを読んだ罰なのですか!?」
「いいえ。私が生きている間に7人目を明らかにするに決まっているじゃないですか。なのに、6英雄なんて書いていたら間違いになりますでしょ?」
「そ、そうなんですか……。でも、私が読まないように細工をしていた理由は?」
「勝手に探さないようにで御座います。危険でしょうから。もう少し王国が落ち着いてからと思っていたのですが……。宜しい。知ったのならば、メリナさん、お任せしましたよ」
「えー」
「メリナ様、お困りの様子。私の出番のようですね。お任せください。イルゼが全力でバックアップ致します」
「えー」
突然に喋ったイルゼさんでしたが、お前が頼りになるのかと私は疑問を声に出さざるを得ませんでした。




