世の中、金
アシュリンさんが居ないので、今日も部署の小屋には一番乗りです。お宿が神殿から非常に遠いこともあって、日の出前に出発した甲斐があったというものです。
埃叩きから拭き掃除まで丹念に行いました。立つ鳥跡を濁さずの如く、アシュリンさんがある程度きれいにしてくれていたみたいで、使用後の雑巾も黒く汚れることはありませんでした。
ここまで掃除してくれているのなら、アシュリンさんの巫女服も忘れずに始末すれば良かったのにと思いました。しかし、うん、この巫女服は私物なのか神殿からの貸与なのか私も分かりませんね。放置が無難な気もします。
なお、今日は私も黒い巫女服の正装です。気合いを入れると同時に、巫女長に媚びを売っているのです。
さて、小屋へ私の次にやって来たのは、意外にもエルバ部長でした。
「おぉ、メリナ、マジでヤル気だな」
「エルバ部長、入ってはなりません。私が掃除をしたばかりなのに、汚い靴跡が残ってしまいます」
「失礼なヤツだな」
エルバ部長は私の制止を無視して入室してきやがりました。
「えっ、もぉ、何しに来たんですか?」
「7英雄の件だ。もう忘れたのか」
あー、マイアさんの所に行くとか約束してましたね。
「忘れてました。今の私はそれどころではないのです」
あっ、目的の人がやって来ましたね。
「エルバ部長、おはようございます。今日もお元気そうで。あらあら、メリナさんに用事がお有りなの?」
巫女長です。私の直の新上司でもあります。そんな彼女が開けっ放しの扉からひょっこり顔を出して言ってきました。
「あぁ、フローレンス。メリナを借りたいのだが、良いだろうか?」
「すみませんね、エルバ部長。今日は魔物駆除殲滅部の新しい方針を伝えたいのです。申し訳有りませんが、その後にしてくれませんか?」
新方針だと……。
絶対に良くない話ですよ。聞きたくない。
「そうか……。マジで残念だ」
「エルバ部長、もう少し粘っても良いのではと、私、メリナは思いましたよ?」
「いや、私の我が儘だからな。今日は遠慮しておく」
ちょっ!!
賢いモードのエルバ部長様、出番ですよ! 早く出てきて下さい!!
私のそんな切実な願いは叶わず、エルバ部長はすぐに部屋を出ていってしまいました。
続々と部のメンバーが集まります。でも、ルッカさんは今日もサボりみたいで彼女だけはこの場にいません。
「ルッカのヤツ、2日目じゃん」
「ずる休みですね。羨ま――クズの極みと断言しましょう」
「他人のことは悪く言わないのが、巫女の約束ですよ」
くそ。
巫女長が、あの巫女長が綺麗事ばかり吐いてきます!
私は歯軋りしそうになるのを我慢します。
「あっ、そうだ。フランジェスカさん、ケイトさんが『薬師処の貴女の席は空けておくから』って言ってましたよ」
フランジェスカ先輩はセミロングのふんわりヘアーなのですが、今日は後ろでキュッと纏めています。気合いが入っている感じがしました。
「ありがとう。当分はここで修行というか勉強のつもりだけど有り難いなぁ。最近は実験室に籠ってばかりで人に接していなかったから、余計に心に沁み入るね」
良い人です。
「さてと、部署の方針を申しますよ」
うぐ。始まったか……。
仕方ありません。私の用件はこれが終わってからにしましょう。
「皆さんのお給金は神殿から毎月支払っているの。それはご存じよね。でも、その神殿のお金はどこからやって来るのか分かる? はい、メリナさん」
またもや、私……。これは新手の嫌がらせなのでしょうか。
「礼拝部での寄付金が凄いと聞いたことがあります。それから、中庭で開催されていたライドオンガランガドーさんが参拝客に人気でした。あれも結構なお金を貰っていたはずです」
「その通りよ。他にも薬師処の発明を外に売るとか、調査部がシャールの街の魔力監視を請け負って伯爵から補助金が出たりとかもあるわね。皆、頑張ってお金を集めているの。残念だけど、聖竜様にお祈りするだけじゃ食べていけないからね」
おぉ、巫女長!
私はもう神殿に入ってもう3年目になるのですが、初めてまともに巫女のお仕事のお話を聞かせてもらったかもしれません!
「じゃあ、魔物駆除殲滅部はどうやってお金を稼ぐのかしら? はい、メリナさん」
えっ、むずっ……。しかし、沈黙も危険!
果敢に攻めるのです!
「……ま、魔物をいっぱい倒して、その素材を売ります! あと、それから、偉い人をぶっ殺して色々と奪えば……いいのかな?」
私はアデリーナ様を見てしまう。
「メリナさん、私をぶっ殺そうと言う訳で御座いますか?」
いえ、今回は助けを求めただけでして、悪気はなかったのです。
でも、アデリーナ様のお答えはそれはそれでグッドかもしれません。
「化け物は暴力バカよね。させないわよ」
「では、フロンさんはどうかしら?」
うふふ、矛先が突然に自分へ向いて、虚を衝かれた顔をしましたね。
「うちの部署の金稼ぎ……? そんなのしてないわよ。アシュリンが金勘定してるの見たことないもん」
私とフロンという旧メンバーの返答に巫女長は満足そうでした。
「その通りなのよ。魔物駆除殲滅部はお金を稼いでいないの。薬師処の依頼物を取ってきて間接的には役に立ってるけど、それじゃダメよね。いつまで経ってもお荷物部署よ。神殿で大事なのは信仰心。でも、残念だけど、評価されるのはお金。はい、アデリーナさん、『世の中、お金』。繰り返して」
我が国の女王様になんてことを言わすのか。しかも、アデリーナ様ですよ?
「……世の中、お金」
「あらら、恥ずかしいの? 次も小さかったら、本殿の前で叫んでもらうわよ。はい、もう一度」
いや、アデリーナ様、かわいそう。
これは、いつぞやに言っていた後継者候補としての教育なのかな。ふぅ、私はうまく逃れられているようです。
「世の中、金!! 金が全て!!」
おぉ、アデリーナ様、やるぅ。羞恥心を振りきりましたね。るんるん日記を書けるだけの才能の片鱗を感じました。
「はい、よくできました。流石はアデリーナさん。何をさせても天下一品ね。でも、お金が全てっていうのは悲しいわ。アデリーナさんは反省しなきゃね」
言わせておいて酷い。アデリーナ様も片眉がピクッて動きましたよ。
「それじゃあね、今から言うわよ。部署の方針は、お金になるお仕事をすること。当面は冒険者ギルドの仕事を受け、最終的にはギルドを介さずに仕事を取る体制にまで持っていきましょうね」
なるほど。巫女長なのによく考えている。もっと良い方法があると思うけど、巫女長にしてはよく考えている。
でも、こいつ、本当にあの巫女長なのか?
「今回のお仕事はこれですよ」
満を持して巫女長の懐から出された紙は確かにギルドの依頼書でした。
「……開拓村の護衛で御座いますね」
「場所は……あれ? これ、ラナイ村で依頼者に落ち合うことになってるじゃないですか」
「えー、化け物の村の近くじゃん。あんたの母親から村を守れとかだったら、無理じゃん」
「うちのお母さんは魔物じゃありません」
「……この開拓村が盗賊の村だったらどうで御座いましょう?」
「それは死にます。お母さんにバレたら、全員討ち死にしますね。無惨に殺されます」
「住民の様子がおかしければ、先に制圧致しましょう」
「……凄いことを思い付きました。開拓村を襲って、根刮ぎ物品を奪った方がお金を稼げませんかね?」
「メリナさん、発想が凄すぎて絶句で御座いますよ。全村民が盗賊でも良いことではないでしょうに」
さて、軽口はここまでで本当の問題点を指摘しておきましょう。
「真剣な話、ラナイ村に行くとなると、こいつが問題ですね」
「フロンで御座いますね」
2年前、フロンはこの村で悪行三昧をしていたのです。顔バレもしています。
「えー、村の連中とは仲良く過ごしてたじゃん」
お前の中だけの認識でしょうに。
「巫女長、これを受けなかったら、他の案件があるんですか?」
フランジェスカ先輩! 一気に話題を変える質問をありがとうございます!
「ないの。もう受けてるもの。ごめんなさいね」
拒否権はなし。
「仕方御座いませんね。私とメリナさんで依頼者に会います。フロンとフランジェスカはここで待機下さい。開拓村に着きましたら、お二人を迎えに来ますので」
凄く自然な感じで巫女長を外した! できる女、アデリーナ、ここに在り!
「そのラナイ村まででも結構な距離ですよ? 後から合流するにしろ、馬車で移動しておきましょうか?」
フランジェスカさんの問いに、アデリーナ様が答えます。
「大丈夫です。聖女の転移の腕輪を使います。もうそろそろ来る頃でしょう」
「そっか、分かりました。聖女さんも大変ね」
話は終わりました。そんな雰囲気です。
巫女長は黙って聞いておりまして、了解してくれているのでしょう。
私はここでお願いを申し上げます。この為に巫女長のご機嫌を損ねることのないように、小屋をきれいにして待っていたのです。
「剣王ゾルザックが竜の巫女になろうと画策しています。何とか阻止したいのです。巫女長、お願いできますか」
「まあまあ、そうなのね。では私にお任せくださいね」
「ありがとうございますっ!」
良し。巫女長は素直に聞き入れて下さいました。
ならば、後顧に憂いなし。
存分に、その開拓村とか言うのを警護してやりましょう。




