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禁書 終盤

 まだ頭の中は静かです。これは嵐の前の静けさというものでしょう。

 魔法で出した水を手に受け、それを口へと持っていきます。生ぬるい。キンキンに冷えた邪神の水が欲しい。


 でも、落ち着きましょう、メリナ。

 諸国連邦への留学するところまで終わったのです。もう大したイベントは残っていません。諸国連邦軍が王国に攻め込んだことと、邪神と戦ったこと、巫女長が分裂したことくらいしかない。もうすぐに解放されるに違いないのです。

 あぁ、でも、私は邪神戦が終わった後、アデリーナと手を繋いでおりました。あの件が大変な脚色により想像を絶する展開になっていたら、私は深いトラウマを刻まれるでしょう。


 体がブルブルとします。

 そして、今後の身の振り方に考えが及びました。


 今日からアデリーナの顔を見るたびに、るんるんとか、光の戦士とか、慈愛の塊とか、そういった単語が私の頭を支配してしまうでしょう。

 通常ならからかいの絶好のネタだったのに、悍ましい妄想の文章により、私は怯まざるを得ない。「るんるん。アデリーナ様は頭が腐りかけの陽気な乙女でしたっけ? うふふ、るんるん」「むっ。バレているのですか……。ならば、もう良いでしょう。まぁ、メリナさんは甘えん坊さんですね。色々と楽しいことを私とされます?」「……こわっ。えっ、にじり寄らないで下さい……」って感じで私は後退りをするのです!


 なんたる策士!! 私が禁書について突っ込むのを止めるには絶妙の技!! しかもガランガドーは『アディにその気はない』と言いましたが適当に私を宥めただけで、あれはアデリーナ様の本心かもしれない……。


 ……これか、この迷いを発生させるのが狙いでしたか、アデリーナ。見事です。

 天才メリナはもう降伏します。

 だから、ガランガドーさん、早く私の記憶を消してくださいっ!!


『もうね、主よ、最後まで知ってしまおうか』


 何でだよっ!?



 この書は我が偉業を後世に残し、真の歴史を伝える為にアデリーナ・ブラナン本人が記述する物なり。



 あー、始まった! 始まりましたよ、ガランガドーさん!!


『主よ、うるさいのである』


 くそ!! 本当に呪われた禁書ですね!

 今日、私は呪殺されるんですね!!

 あー、お母さん、貴女より早く逝ってしまう不孝をお許しください。


『大袈裟である』


 貴様っ!! 他人事だと思うなよ!

 絶対に殺してやる! 煮込んで食べてやるからな!!

 何が書いてあるのか、素直に言いなさい!


『……前回、主はさっきのところで本を投げ捨てたのである。なので、我も知らぬ』


 やはり!!

 そうだと思いました! 耐えきれませんものね!



 駄文の数々を飽きもせずに読む理由は何であったのであろうか。著者である私、アデリーナ・ブラナンも酒の力を借りなくては筆が進まず、また、幾度となく燃やしてこの世から消し去ってしまおうと思ったものである。


 この書を手にする者よ、お前は一時代を築いた私に興味を持ち、また、書籍の中でしか私を知らない学者であろう。


 少なくとも、私を知る人間はこの文章に辿り着く前に恐れ慄いて読むことを断念するだろう。言うならば、これまでの駄文は1種の魔除けみたいなものである。この本は私の私室の中でも最もプライベートな所に隠していた。それでも盗み見する輩に備えた。特に警戒した我が友メリナには特別な恐怖を与えてやった。

 さてさて、恥ずかしさを堪え忍んだのは私もお前も同じである。そう思うと、私の書いている今と読んでいるお前の今、その時空を超えて、私は不思議とお前に戦友に近い共感を覚えている。お前はどうだろうか?


 私がこれだけ真意を書いているにも関わらず、尚まだ誤解しているのなら、それは私を侮辱している。お前も友として認めてやったのになんたる侮辱。考え直すが良い。

 また、先程までの内容は決して私の願望が発露したものでないことも言明しておこう。


 全ては、次のことを後世に伝えるため。

 突拍子のないことと感じることもあろうが、今までの文章からすると大したものではない。



 えっ……。

 るんるん話ではない?


『であるな……』


 もう私は動揺しなくて良いのですね……。本当に良かった。



 緒言

 私が治めるようになるまで、王国は1人の男に支配されていた。その名は始祖ブラナン。彼はその精神を直系王族に移すことで2000年を長らえていたのだ。私も王都に居たならば、彼の毒牙に掛かっていたであろう。遠くシャールの地へ逃げられたのは幸運であった。竜神殿巫女長フローレンスにはその点で借りがある。

 さて、乗っ取っていたとは言え、元は人間であるために老化は進行し、そのままではブラナンは乗っ取り先と共に死滅してしまうため、彼は新たな体を得る目的で次々と世代交代をしていた。しかし、それでも、子が病死するなど世代交代先が失くなる恐怖から逃げられない。彼は生への執着が強かったのだ。

 だから、ブラナンはロヴルッカヤーナという極めて生命力の強い魔族に着目し、その体を奪いたいと考えた。

 やがて、彼は紆余曲折の果てにそれを達成する。だが、優れた為政者として長く君臨した彼はそれでも保険を残す知恵も持っていた。

 ロヴルッカヤーナを乗っ取ってたとしても何らかの形で死滅する可能性を考慮し、彼が持つ全ての記憶を私に刻んだ。

 ブラナンの2000年に渡る治世を評価するに、少なからずの犠牲はあったものの、総体的には彼は大きく人類の繁栄に貢献したと言わざるを得まい。

 私がブラナンを倒したのは、私の体を乗っ取られまいというエゴ以外の何物でもない。

 王国の子孫にとって、偉大なるブラナンを討伐した私は悪魔かもしれない。その汚名は、ここに彼の経験と知識を記すことで赦免して頂きたい。時代は違えども、多少は統治の手助けとなるのではなかろうか。



 ブラナンが記憶を刻んだ? あれですかね……。

 王城の地下で、当時の王様と対峙した時です。

 あの後にオロ部長から『ブラナンはアデリーナさんかルッカさん、どちらに入るか迷っていたんですよ。アデリーナさんを選んだら、私がアデリーナさんを食べて殺す約束だったのです』と聞かせて頂きました。

 アデリーナ様の一世一代の賭けだったんでしょう。

 でも、そっか、あの時にそんなことをされていたのか。微塵も分からなかった。



『主よ、やはりアディにはその気がなかったようだな。良かった、良かった』


 っ!?

 お前、やっぱり出任せだったか!?


『いや、えっ、いや……。アディは心を読ませないから』


 おっそろしい!!

 ガランガドーさんはそういう適当なところがありますよね! 直さないといけませんよ!



 欲深く、且つ、忍耐強いお前なら、この王国の真の歴史を更に後世へ残すべく策を練ってくれるに違いない。しかし、私、アデリーナ・ブラナンは用心を忘れない。

 お前が簡単に死なぬよう、不死者となる幾つかの(すべ)を教えておこう。私はいずれも実行したことがないため効果は保証しない。自分で確かめるが良い。


 魔族化

 できるだけ効力の高い回復魔法を常在発動する。そのままであれば、数刻で魔力切れからの術式の停止または極度の衰弱を起こすであろう。それを防止するために、周囲からの魔力を取り込む術を更に常在発動させる。

 これで長命な魔族となれる。デメリットとしては、魔力の需給バランスが崩れるため、体や精神が蝕まれて人外となる。


 疑似精霊化

 顕現可能な精霊を用意し、それを叩き伏せて従属させる。何らかの取引による契約でも可。その後、自分の意識、記憶を全て取り込ませ、精霊の意識を眠らせる。これで疑似精霊となれる為、依代を用意し続ければ永遠に生きられる。ブラナンに使用された手法。


 完全レプリカ合成

 立体魔法陣を高度に操ることができる技能を持つ者に限られた方法。ヤナンカがこれを使用していたことに気付いていたが、詳しい方法は不明。莫大な魔力が必要なため、人間の身では不可能かもしれない。


 人工獣化

 竜など、ある種の獣が長命を誇ることを利用した技術。後天的に精霊を体内に宿すことで人工的な獣人を作ることができる。ただし、寿命が獣化するかは運次第。人間とは掛け離れた外観となることが殆どであるため、人里で生き続けたいのであれば、お勧めはしない。ブラナンはヤナンカ主導の人体実験レポートで知る。自然発生的に誕生することもあるが、大概の場合、生まれた瞬間に化け物として殺される。


 ブラナンの古き友フォビも長く生きており、エルバ・レギアンスも同様である。彼らは上記以外の方法を用いている可能性があるものと思われる。何にしろ精進すると良い。



 禁書らしい記述が出てきて、何だかホッとしました。


『うむ。命短し者どもには垂涎の話であろうな』


 魔族になる方法ってこんなに簡単なんですね。


『主もたまに回復魔法の連続使用をしておるな』


 私は用が済めば、魔法を解除していますから常在発動とは違いますよ。失礼な話です。私を魔族予備軍とでも言いたいのですか?

 ってか、常在発動ってそんな技があるんですね。初めて知りました。



 さて、終わりましたね。

 最後まで読み終わったのでしょう?

 ならば、行きましょう!


『どこへであるか?』


 ふん。

 もちろん、アデリーナ様の所です。

 そして、「るんるん。私は陽気な乙女にして、慈愛の塊。光の戦士アデリーナ」って言い放ち、恥ずかしさで悶絶させてやります。


 これまでの酷い文章がアデリーナ様の罠であることがはっきりしたのですから、もう恐れる必要はない!!


『……あの時もここまで読めば良かったであるな……』


 後悔しても仕方ありません!

 今、こうして真相知ったのだから、それで満足しましょう!



 さて、では、お待ち兼ねの王国の歴史について語ろう。始まりはご存じの通り、大魔王に立ち向かった7英雄の生き残り、ブラナンとヤナンカから始まる。

 ブラナンの故郷は現在のシュリ近郊の村パルムーナ。ブラナンの両親が木こりであったことからも分かる通り、森に囲まれた材木資源が豊富な村であり――



 えっ、まだ続いてますよ?


『むしろ、本題ではないか?』


 いや、えっ、怖い。

 ずっと文字が頭の中に浮かんでは消えしてます! 小難しくて辛いです! 全然興味のない土地の由来とかが語られてます!


『主よ、しっかりするのである!』


 無理! うわっ、目を瞑っても文字が襲ってくる!! 

 嫌っ!! フォビとかマイアさんの故郷の話とか、全然要らない!!


 ガランガドーさん、早く! 早く、この術を、エルバ部長の魔法を止めるんです!!


『う、うむ。暫く持つのである!』


 キャー!!

 王家の系譜が、王家の系譜が襲来してきました!!

 代々の王家の人達がっ! 膨大な人名だけが無味乾燥に流れ続けて来るんです!! 


 痛い、痛い! 頭が割れる!! 死ぬ!! 勉強みたいで拒否反応が現れてるー!!

 助けて、助けて、ガランガドーさん!!


『主よー! アディの小屋が崩壊するから、外で暴れてー!!』


 いやーっ!! 歴代の大犯罪者の罪状と処刑方法が止まらないーっ!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・。 [気になる点] ・・・。 [一言] つまり「第一部」も「第二部」もトラップとして書き直されたという事でしょうか? 幼少時からの「作家志望の妄想癖」を炸裂させ我に返って本題に突入し…
[良い点]  さてさて、恥ずかしさを堪え忍んだのは私もお前も同じである。そう思うと、私の書いている今と読んでいるお前の今、その時空を超えて、私は不思議とお前に戦友に近い共感を覚えている。お前はどうだろ…
[良い点] 最後の文で爆笑した さもありなん
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