人事異動と禁書調査
朝になり目覚めたところ、顔の上に手紙が置かれていました。顔の上にです。大胆な犯罪です。
もちろん鍵をして自室で寝ておりました。
なので、通常なら扉の下から差し入れたり、実質的に宿を取り仕切っているショーメ先生に預けたりするはずです。なのに、犯人は乙女の部屋に忍び込み、しかも、わざわざ私の顔の上に置いて行ったのです。
爽快な目覚めが不愉快さに支配されました。
とはいえ、私は淑女。速やかに文を確認して、ゆっくりとお返事の文章を書く1日とするのも大変優雅なものだと思い直しました。
不埒な犯人を許した訳ではありません。
ただ手紙を貰ったことで、最近、巫女活動も淑女活動もしていなかった事に気付きまして、私はそこを反省したのです。
封筒に差出人が記名されていないのを裏表で確認してから、私はビリビリと封筒を開けます。
“禁書は燃えた。しかし、複製物をアデリーナが所有を続けているの”
内容から判断するに、これは邪神からの手紙。しかも、私が記憶を失くす原因となった禁書について。
興味は……ない。正確には興味よりも恐怖心が勝つと言ったところでしょうか。
複製物という単語から、更にピンと来ます。
アデリーナ様は邪神から本を貰っていました。私の日記と同じ表紙のヤツ。
確か、今はアデリーナ様の小屋に置いてあったはず。
うーん、読む必要はない。興味もない。
でも、中身を読んだエルバ部長の反応は面白そうだから知りたい。
うん、じゃあ、在り処をエルバ部長にお伝えして、私は傍でニヤニヤしますかね。
もしもエルバ部長が発狂なんかしたら殴って救ってやりましょう。ワクワクします。
早速着いた竜神殿、道なりに奥へ歩くと巫女さん業務領域に入ります。そこを更に少し進んだ場所に珍しく立て看板が掲示してありまして、巫女服に身を包んだ巫女さん達が集まっていました。
知らない顔が多い中、私は薬師処の毒物専門家ケイトさんを見つけます。読み終わって帰るところかな。
「何の騒ぎですか?」
「ん? あぁ、メリナさん。人事異動の張り紙よ」
「人事異動……」
その言葉が聞き慣れなくて、私は繰り返してしまいます。それから、ちょっとした期待が私の心に浮き上がって来ました。
魔物駆除殲滅部から他の部署に私が移ることになっていたら最高、次点でかねがね噂の出ていたメリナ部長誕生。
「面白い人事ってありました?」
「面白いかどうかはさておき、メリナさんの部署の2人が退職されているわよ」
オロ部長とアシュリンさんか。
あの人達がいない魔物駆除殲滅部って、かなり混乱しそう。まとめ役がいなくなったら誰が仕切るんだろ。……私しか居ないかな。
「補充は?」
「うん。有ったわね。1人はうちのフランジェスカ」
おぉ、フランジェスカさんかぁ。
薬師処からの異動願いが叶ったんですね。
でも、どうして魔物駆除殲滅部なんていう修羅の集まりに来たんだろう。他人の考えって分からないなぁ。
「マリールが知ったら荒れるわね。仲が良かったから」
「そうなんですね。他は?」
「誰だと思う?」
「こっからじゃ、人の頭で紙が見えないんですよ」
「うふふ。アデリーナさん」
っ!?
終わった……。私の楽しいダラダラ巫女生活が終焉を迎えた……。
あー、これからは小言を言われ、そのストレスで隠れて血を吐く毎日なんですね。もう既に過労死の予感。
「あいつ、新人係を首になったんですか? 無能だから」
辛い現実に自然と私の口調も刺々しいものとなってしまいます。
「あはは、違うわよ。一時的なもの。アデリーナさんは新人寮の管理人なのに、今は寮を再建中でしょ。新しい新人寮が完成するまでのお勉強期間だって聞いてるわよ」
「……誰に勉強を教わるんですか?」
私であるなら、しごき倒してやりましょう!
望むところですっ!
「巫女長。巫女長本人から聞いたの」
巫女長がアデリーナ様の教師?
あぁ、そんな話をしてましたかね。でも、それなら、アデリーナ様は新人寮の管理人のままで良かったのに。
何にしろ御愁傷様です、アデリーナ様。私の相手をしている暇はなさそうですね。
さて、いよいよ、本題を尋ねます。
「うちの部長はどなたになりました?」
ちょっとだけ、ちょっとだけドキドキします。
「フローレンス巫女長が兼任されるそうよ」
はぁ!?
「そ、それは心強いですね……」
この世に地獄が誕生しました。
鬼と怪物が新たに加わった魔物駆除殲滅部。魔物どころか世界そのものを滅ぼすことができそう。
「どうもね、巫女長はアデリーナさんを鍛えたいみたいなのよ。そろそろ自分の後継者を探さないとねって」
以前にも、そんなことを巫女長が言っていた気がする。私もターゲットにされていたけど逃げきったかな。でも、新部長に就任してるんですよね……。
あぁ、フランジェスカさん。あなたの存在は、地獄に咲いた一輪の花です。オアシスです。2人で助け合って頑張りましょう。
「こんなクソ人事、誰が決めたんですか?」
「本人の希望と副神殿長よ」
ならば、私も異動届けを出せば、その地獄部署から逃げれるのでしょうか。
「じゃあね、メリナさん。フランジェスカを宜しく」
「はい。でも、あんな伏魔殿によく志望しましたね、フランジェスカさん」
「あはは。あと伝言も宜しく。『フランジェスカ、貴女の席は埋めないから』ってね。しっかり伝えてね」
「はい」
席を埋めないってのは、いつでも戻ってきなさいという有り難いお言葉なんでしょう。
退職されたオロ部長にもそう伝えたいです。
何回も襲ってくる未来への不安感を跳ね返しながら、調査部の建物へと私は向かいます。
いつもの受付を終えてから、エルバ部長の部屋へと入りました。
「どうした、メリナ?」
「邪神からの手紙です」
私は懐から取り出した封筒をエルバ部長に手渡しました。
「酷くビリビリに開けてあるな。これ、中身はマジで大丈夫か?」
とか言いながら、中身を広げます。
「っ!? 複製物があるのか!?」
私は黙って頷きます。
それに対して、エルバ部長が震えながら言います。
「私は見たくない。怖いんじゃないぞ。見る必要もないとマジで思っているが、私の中のもう1人のエルバが興味を持ってしまっている」
「そうですか。どうぞご自由になさって下さいね」
やっぱり私はここまでです。
正直、怖いですもの。記憶を失くしたいと願うほどの事が書かれているんですよ。
言語道断、筆舌に耐えがたしアデリーナ様の悪行が満載なのでしょう。
「メリナちゃん、一緒に行こっか」
クッ、賢いモードが出て来たか……。
「嫌です」
「私の権限なら、魔物駆除殲滅部から他の部署に異動できるよ?」
……。
「……調査部も嫌です……」
「うんうん。約束するよ。さぁ、行こっか」
賢いモードのエルバ部長は、やっぱり賢くて私が拒否できない状況を一瞬で作り上げたのでした。
「アデリーナちゃんの小屋かぁ。うん、周辺には誰もいないよ。アデリーナちゃんは巫女長の所に行ってるね」
エルバ部長の魔力感知はとても広範囲をカバーできるみたいでして、盗人行為をするにはうってつけです。
忍び込む先が留守である安心感は凄くて、私も鍵の掛かった扉も落ち着いて処理ができました。記憶を失くす前にアデリーナ様の執務室に入った時と同様に氷魔法を鍵穴に使い、それを鍵としたのです。
「メリナちゃん、堂々とそんなことするんだ?」
「いえ、エルバ部長にやらされているのです。地獄からの脱出を餌に」
おんぼろな小屋の中に入った私は迅速に行動します。
机の上にはない。
どこだ?
考えろ、私。
そうだ!
数日前に訪れた時にはなかった酒瓶の棚が奥の壁際に設置されていました。
私が禁書を発見した時も酒瓶に目を遣った時だとガランガドーは言っていました。となると、恐らくは……。
慎重に酒瓶を何本か棚から移していきます。執務室に有った物よりも小さな棚ですので、酒瓶がびっしりと置かれていたからです。
そして、遂に私は見付けます。やはり日記帳は瓶の背後に隠されていました。
「部長、有りました」
「さっすが、メリナちゃん。手が届かないから取って」
「……」
躊躇します。手に触れた瞬間に何かの魔法的な罠が発動するのではと思ったのです。
ここは拒否ですね。
「私、礼拝部とかにもコネがあるんだよね」
「はい。部長、ゆっくりお読みください」
「ありがとう。メリナちゃんはよく働くよね。感心、感心」
私は決して内容が目に入らないように目を瞑って待ちます。その間、エルバ部長がペラペラと紙を捲る音が耳に入ってきました。
最後、ペタンと本を閉じる音を確認して、私は禁書を受け取り、酒瓶も含めて丁寧に元の状態へと戻します。
「凄かった……」
エルバ部長が呟きます。
私は無言で返す。一切の情報を得たくないから。
「メリナちゃん、問題があったんだ。どうしよう?」
「そうであっても、ご自分で処理してください」
「この内容が禁書で合っているのか判断できないの。だから、メリナちゃん、はい」
エルバ部長が指を伸ばして、私の腕に当てる。微かな魔力が私の体表を走る。
「何ですか?」
「ごめんね。私の魔法で本の内容をメリナちゃんに移したの」
「貴様ッ!?」
「本当にごめんね。結構な秘術なんだけど使っちゃった。で、これ、禁書かな?」
「クッ……」
急激に増える知識に私は頭痛を覚えて、頭を抱えるのでした。




