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転職成功

 残された私とオズワルドさん、それとメイドの人は佇んでいます。どうしたら良いのか分からないからです。


「……私、仕事を見付けないといけないのかな?」


 呟いてみます。期待としては「いえ、大丈夫です。このオズワルド、報恩の機会を無碍には致しません。メリナ様はいつも通り、部屋で休んでいて下さい」とか「私はメイドですよ。メリナ様という優れた乙女に仕えるのが至高の喜び。私が代わりに仕事をしますからご安心下さい」なんてことを、彼らが口にするのを待っているのです。



「そうですね。当たり前ですよ? 働くことが生きる目的と言っても過言じゃないです」


 メイドの人が朗らかに仰いました。そして、心の奥底で「死ねッ」て呟く私がいました。


「オズワルドさん、職の斡旋はできますか?」


「あ、あぁ。すまない。その前に、アデリーナ様は何故にフェリスを知っていたんだ?」


 あら、オズワルドさんも事情を知らなかったのかな。


「私も色々と有りまして、今はアデリーナ様に拾って頂いた身分なんですよ。あっ、自己紹介要ります?」


「頼む。あと、もしかして俺より偉いのか……?」


「はい。もちろん」


 その返事に気後れした様子のオズワルドさんを無視して、フェリスさんは喋ります。いつの間にか、背後から前へと来て、先程までアデリーナ様が座っていたところに着席されていました。



「私、フェリス・ショーメはデュランの暗部という組織にいました。デュランはご存じですか? 大魔法使いマイアを崇める宗教都市で、代々の聖女が実権を握る街です。メリナ様と出会ったのも聖女決定戦の際でしたね?」


 聖女決定戦? すごくチープな名称ですね。


「そうなんですか? 記憶を失っていまして覚えていません」


「思い出す努力をしましょうね」


 うわ、優しくない。



「諸事情が御座いまして、私は左遷されて諸国連邦に潜入する役目となりました。そこで教師を演じていたのですが、その学校にメリナ様も転入してきました。あっ、だから、私のことはショーメ先生と呼んで頂いて良いですよ」


「はい。ショーメ先生」


 あっ、何だかしっくり来ました。


「……素直なのが怖いですね」


 私の思いとは裏腹に、納得行かない返事をもらいます。

 その後もショーメ先生の昔話が続きますが、完全にどうでも良いので別のことを考えていました。今晩は何を食べようかなって。



 あれ、でも、ショーメ先生……。

 私、何だか思い出してきました。


「ショーメ先生って、頭が鶏冠で変な刺青を入れて、でも、服はおっぱいが見えそうで見えない際どい服を来てませんでしたか? 趣味は猛毒の粉で描いた絵とかだったような。あれ? 何だか師匠的な人を爆死させて笑ってたのでは……? こ、怖いです……」


「いいえ。色んな記憶が混濁していますよ。重症ですね」


 そっかぁ。違ったかぁ。良かったけど、記憶が戻らなかったのは残念です。



「さて、オズワルドさん、メリナさんはこの通り、集中力に欠けます。留学先でも数ヶ月居たというのに、授業を最後まで受けたのは一回だけなのですよ。こんな彼女に適した職場はありますか?」


「……職人系はダメだろうなぁ。忍耐力に疑問が……。冒険者とか?」


「依頼を依頼通りにこなせないでしょうね」


「では……竜の巫女」


「最適ですね。仕事をしなくとも存在するだけで仕事しているように見えます。どうですか、メリナさん?」


「いやー、私は高潔な人間ですが、竜の巫女になるには(いささ)か精神が幼い気がするんですよね。やっぱり聖竜様に申し訳ないなぁ」


「今さら? でも、メリナさん、貴女に何ができるんですか?」


 考えていましたよ、私は。毎日、窓の外を眺めているだけではなかったのです。


「服屋の店員とか向いていると私は思います!」


 そう。どんな服が流行っているのか、私は何となく観察していたのです。


「……やらせてみます?」


「そうですな。商売は本人のやる気が一番ですから。服屋の伝手は薄いのですが、頑張ります」



 オズワルドさんの知り合いの店だということで、私はその日の午後には店に入っていました。

 そして、店長に敏腕スタッフとしての可能性を見出だされた私は売り子見習いとして店に立ちます。



「いらっしゃいませ!」


 ガランガランと扉に備え付けられた鐘を鳴らしながら入ってきた男性に私は元気よく挨拶します。


「安いので良いんだ。丈夫なヤツを適当に見繕ってくれ」


「はい!」


 私は鉄製の物をよっこいしょと持ってきます。


「そんな高いのは要らない。中古の革でいい」


「はい!」


 革ですね、革。色んな魔物製の物が有りますねぇ。安いのかぁ。これかな。


「灰色熊の頭付き革鎧です」


「へぇ、目立つじゃん。革って言うか皮だけど、おいくら?」


 ……値段?


「店長、これ幾らですか?」


 私は大柄のハゲで強面の店長に尋ねます。


「金貨3枚」


 声量は小さいのによく響く低音の声です。


「たけぇよ、バカ。予算は銀貨5枚な」


「じゃあ、こちらのバニースーツはどうでしょう?」


 ウサギ型のの耳当て付きで、お尻にも丸い尻尾が付いています。私は全く着たいとは思いませんし、革製なのかも知りませんが、お薦めです。


「バカヤロー。女向けの色物じゃねーか。普通ので良いんだよ」


 つまらない男です。

 私は量産品の皮鎧、普通の皮鎧を彼に紹介しました。胸のところに傷があるので、完全に中古品。腹なんて大きな補修跡もあるので、前の持ち主は死んでいるのではないでしょうか。


 でも、男は満足して購入していきました。


 そう、ここは服屋というか防具屋です。

 冒険者の方々を商売相手にするお店でして、私が期待していた淑女相手に煌びやかな衣装を優雅に販売するところでは御座いませんでした。

 オズワルドさん、全くダメ野郎です。



 いえ、ここは私の豊かな想像力を発揮致しましょう。ここは本で読んだことのある何だっけ、あっ、そう! オートクチュールのお店。私はそこの支配人で、店長は私の部下です。こんな感じで楽しくお仕事をしましょう。



 また、扉の鐘がなります。

 私は素早くそこに向かい、開いた扉を支えます。お客様への気遣いです。余りに私の移動速度が早すぎて、突風が生じます。



「いらっしゃいませ。本日はお越し頂きありがとうございます」


「あ、あぁ」


 どうやら、男女2人のカップルのようですね。お金は持ってなさそうで、冷やかしかしら。でも、お客様には変わりありません。気持ちよく過ごして頂いて、またお金持ちになったら買いに来てもらいましょう。


 そう。貧乏な彼らに売るのは商品でなく夢なのです。


 風で乱れた髪型を整えながら、彼らは汚い足で店に入ってきます。許してやりましょう。



「お客様、本日のオーダーは?」


「へ? オーダー? 分かる、ケネス?」


 女性が彼氏に尋ねます。


「ただの注文だろ? 俺たち、今度山に入るんだ。斜面でもグリップの効く靴を頼む」


 ほほう。

 こいつはできる男ですよ。注文が具体的です。


「ご予算は?」


「2人で銀貨10枚な」


「承知致しました。まずは足のサイズを測らせて頂きますね」



 2人を椅子に座らせて、履いている靴を脱いでもらいます。

 でも、臭そうなので、私は遠目から見るだけです。触りたくないどころか近寄りたくないです。思わず、鼻に手を当ててしまうくらいです。


「少々お待ちください」


「おう」



 私は店の奥へと向かいます。そして、店長に小声で訊きます。



「店長、銀貨10枚で2足買える靴ってどれですか?」


「あ? あっちの箱の中のが一足銀貨3、4枚だ。適当に選ばせておけ」


 なるほど。



「相変わらず職人気質ね、店長。私には良いけど、お客様にはそのぶっきらぼうはダメよ」


 私は支配人風に返事をしました。


「おい。余計なお世話だ。それに、お前、今日会ったばかりだろ」


 つまらないので、それは無視です。



「お待たせしました。お嬢様、お坊っちゃま」


「は?」


「良いじゃない、ケネス。そういうジョークよ。あはは、私がお嬢様だなんて恥ずかしいけどね」


 さて、私は靴の入った箱を漁ります。

 間違いなく中古品で、使い古された靴独特の異臭が鼻を付きます。何足も纏めてそこに入れられているものだから、同じセットの靴を探すのだけでも一苦労です。

 でも、それが働くということなんですね。我慢します。


 試し履きしてもらって、サイズもピッタシの物が見つかりました。ブーツタイプのもので、岩場でも足首を捻る負傷はしにくいでしょう。


「中々良い物が手に入ったな」


「ええ、店員さん、ありがとう」


 わっ、お礼を頂きました!

 これが労働の喜びでしょうか!

 私の心に温かく、そして、甘い感情が沸き立ちます。


 と、同時にへっぽこな剣士の顔とともに脱臭魔法を思い出しました。

 自分の靴が異臭を放っていて脱臭魔法を習得しようと頑張っていた記憶が甦ったのです。

 是非、彼らにもその恩恵を与えたい。


 でも、どうしよう……。街中では魔法は禁止。

 しかし、喜ぶ彼らを更に喜ばせたい気持ちは変わらないです。


 逡巡しましたが、私、こっそりと脱臭魔法を無詠唱で唱えます。ついでに、木でできた靴底を指先に力を込めて削りまして、ギザギザを深く入れました。しっかりと地面を掴めるように工夫したのです。



「お買い上げ、ありがとうございました!」


 私は銀貨10枚を受け取り、深くお辞儀をします。彼らも満足した顔で出ていきました。



「やるじゃないか」


 店長も誉めてくれました。


「あの靴は一足が銀貨4枚だ。差額の2枚はお前が受け取れ」


 なんと、私は銀貨を2枚も稼いだのです。

 やればデキル女、それが私です。

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