真相
アデリーナ様の気迫に畏れをなし、明らかにビビるガランガドーさん。声も出せず、口をパクパクさせるのみ。
可哀想に。ここは助け船を出してやりましょう。私はガランガドーさんのご主人ですからね。
「ガランガドーさん、隠し事は良くないですよ。ちゃんと告白したら許してもらえます」
『う、嘘であるっ!』
「大丈夫ですよ。もう何かを隠しているのがバレバレの状態なんです。……お前、私に隠し事をしたまま、無事で済むとでも思っているんですか?」
はい。言い易い雰囲気にしてやりました。
「ガランガドー! 前肢を出しなさい。1枚ずつ爪を引っこ抜いてやりましょう!」
猛るアデリーナ様。きっと偽詠唱の痛々しさがバレて誤魔化す想いもあるのでしょう。私が温めた折角の雰囲気がぶち壊しですよ。
「おいおい、マジで穏便に頼むぞ。その竜は神殿の大事なペットなんだからな。経営企画の連中に怒られるぞ」
死を運ぶ者と自称するガランガドーさんに対して、調査部長の認識がそれで良いのかとは思いました。
『……主よ、絶対に怒らない?』
「無論。私が怒ったことなんてないでしょ」
『……主は我に言ったのである。「絶対に真実を言うな。記憶を失くした私が言えって命令しても、絶対に言うんじゃないですよ。そんな命令は何も知らないから出されたものであって、もしもこの命令に反することがあれば、記憶を戻した私はお前を激しく恨むことになるでしょう。分かりましたか? お前は約束も守れないクズではないと信じています。なお、クズだったら死を与える」って』
うわっ、記憶を失くす前の私、めんどくさいことを言ってますね。ガランガドーさんの立場からすると、真実を言っても言わなくても地獄が待ってそう。
「なるほど」
えっ!? どうしたんですか、アデリーナ様!?
私を蔑むような目で見ないでください。
「ふむ。メリナの記憶を奪ったのはメリナ自身のようだな。わはは、マジで人騒がせだったな」
そうか……。
ガランガドーさんへ真実を伝えるなと命令した私は、つまり、失いたい記憶があった訳でして、アデリーナ様が探していた犯人は被害者である私だったということです。
ここで、私は思い出します。
記憶を失い犯人探しをしていた頃、アデリーナ様は「メリナさんが記憶を失くした結果、最も得をした者が犯人」と仰いました。
となると、私は記憶を失ったままの方が都合が良いのです。
それに加えて、私の直感が訴えます。この場は逃げた方が良い、と。
「あはは。そっかぁ、私の命令かぁ。でも、良かった。真実が分かったから帰ろうか。エルバ部長の魔力もそろそろ尽きますしね」
「いや、今日は調子が良いんだ。まだ持つぞ」
使えねーヤツですね。
こっちは、とんでもない事が起きそうだと危機感さえ持ち始めているんですよ。
「ガランガドー、私が守って差し上げます。だから、さぁ、白状して楽におなりなさい。正直、誇り高き竜である貴方が苦しむのは見ておられません。ずっと辛かったのでしょう? 理解します。私の言葉に嘘は御座いませんよ」
アデリーナっ!?
そんな舌先でガランガドーさんが私の厳命を破るとでも思っているのですか!?
舐められたものです!
『主が記憶を失う前日――』
あっさり喋り出した!!
「ガランガドーさん! 私の命令は!?」
『アディが保障してくれるので』
チィィィ!!
ご主人様を蔑ろにしやがった!
この裏切り、絶対に忘れない!
「続けなさい、ガランガドー。メリナさんはそこに正座して黙ってなさい」
「いえ。私はガランガドーさんの命を心配しただけなんです。そんなにまで過去の私が言うなんて、とっても恐ろしいことが露になってしまうのではないかと思うんですよね。もしかしたら、エルバ部長やアデリーナ様の命まで危ないかも……。呪われて自ら首を掻き切って死んでしまう可能性も……」
「安心なさい。メリナさんの悪行には慣れたもので御座います。それとも、これまでの罪を償うために首を吊ります?」
自然と私は爪を噛む。こんな癖は持っていなかったのに。
不安な心がそうさせたのでしょう。
『では。以前に、暇だった主がアディの部屋に忍び込んだ件を話したと思うのである』
「おぉ、覚えているぞ。メリナがアデリーナの靴下を盗んだ件だな。マジで信じられん話だった」
机の上で強烈な悪臭を放つアデリーナ様の靴下を脅しに使えると判断して、私は懐に隠したのでした。
そんな虚言をガランガドーは以前に吐いたのです。
「あの時の話では、アデリーナを信奉する見習い達に嫌われて寮を追い出されそうになったメリナがショックを受け、記憶を消そうとしたんだったかな。なあ、メリナ」
私に話を振るか、エルバ部長。
しかし、好機。どうにかこの場を去る理由を作り出してやる。
「はい! あー、酷い虐めを見習いどもから受けていたのを鮮明に思い出しました! あいつら全員、火刑に処してやりましょう! 体がウズウズして来ました! さぁ、戻りますよ、アデリーナ様!!」
「もしも本当に当時もそう思っていたのなら、メリナさんは実行しておりますよ。寮を全焼させたことをお忘れではないでしょ?」
ぐぅ……。世の中にはぐぅの音も出ないという表現がありますが、実際には出てしまいますね。
『主は見習い達の要望書を盗み見した後、やはり棚に飾られた酒を狙った。その際に禁書を発見する』
これは初めて聞いた。
そうか、その禁書の内容が衝撃的で、私は記憶を消したくなったのか。
良し! その流れなら、私は悪くない! 悪いのは自室にそんな危険な書物を隠していたアデリーナ様です!!
「禁書? アデリーナ、何のことだか分かるか?」
「王都情報局の資料室なら、そういった図書も存在するでしょうが、私の執務室には御座いません」
即座に否定するアデリーナ様。動揺も見られない。
「そうか。思い当たる節は? お前の棚にあったんだ。お前が置いたものだろう?」
「……ふぅ。無いとは言えませんね。もしかしてというレベルですが。それで、ガランガドー、続きは?」
『ふむ。それを読んだ主は苦悩する。そして、記憶を消すことを決断。主の依頼を受けて、我が魔法を行使した』
犯人はガランガドー。動機は私の依頼。しかし、原因はアデリーナ様の禁書。
誰が一番悪いのか、明確です。
「今の話には不審な点が御座います」
なっ!?
やはりあの偽詠唱句、いえ、難解で不気味な自作ポエムを諳じるだけの知恵を持つ者です!
「何故、竜神殿に入る前までの記憶を消したのか? 少なくとも聖竜様に関する記憶をメリナさんが失いたいと思うはずがない」
「確かにな。その日だけの記憶でも良かったろうに。うむ、アデリーナはマジで鋭い」
そうかもしれませんが、エルバ部長、貴女は調査部の部長なんです。言い換えれば、竜神殿のインテリジェンスであって、王都の情報局やデュランの暗部みたいに色々と情報を調査して分析して画策する部署の長なんですよ。
決して、お前が言って良いセリフじゃないでしょ!
『ルッカの鎮静魔法の影響である。あれは闘争心を奪うもの。我の封印魔法と干渉し合い、主が強さを開花させた巫女生活全ての想い出を閉ざしたのである』
……有り得るのか?
いや、剣王が鎮静魔法を喰らった時、確かに性格が変わるほどにクズになっていた。私のことは覚えていたし、あそこが故郷じゃないことも覚えていた。でも、あれの効果が闘争心、つまり強さ、勝ちたいという意欲に関する記憶を奪うものだとしたら……。
「巫女長の魔法によりルッカの魔法は解けた。しかし、ガランガドーの魔法は解けなかった。だから、メリナさんは未だに記憶の一部が戻らない。一応は筋が通りますか……」
「おい、メリナ。アデリーナはマジ凄いな」
「でも、エルバ部長の存在価値がドンドン低下していますよ」
「わっはっは。メリナも冗談がうまくなったな、マジで」
すっごい上機嫌です、エルバ部長。
「それで、ガランガドー。お前は禁書の中身を知っているので御座いますか?」
『知らぬ。冒頭しか知らぬ。途中でまずいと思ったから読んでない。本当。絶対に本当。冒頭に書いてあることも忘れた。死んでも口に出さない』
あっ、これは知ってるな。
「そうで御座いますか。まぁ、うふふ、今の言葉が嘘であっても誰にも言わないのであれば、私も問題には致しませんよ」
『いや、本当に知らないから……ね』
むっ。奴らの間で取引交渉が完了したか。
しかし、禁書。気になる。
記憶を失う原因になったとは言え、読んでみたい……。
あっ!!
「なるほど。私も分かってきましたよ。その禁書をこの世から消し去る目的で、寮が全焼するのをガランガドーさんは止めなかったのですね!」
『いや、それはそれで……』
「そうで御座いましょう。記憶を失ったメリナさんがその存在を知れば、興味を持ってしまうでしょうからね。だから、禁書を焼失させた。分かりました。エルバ部長、もう帰りましょうか」
爽やかな笑顔。アデリーナ様は目的を達したのか。
「良いのか、メリナ?」
「えっ? はい。私は構いませんよ」
記憶を奪った犯人が私自身であることは判明した。しかし、その原因はアデリーナ様が所有していた禁書。
それならば、私が責められることはないのです。むしろ被害者とも言えましょう。
アデリーナ様が追及を止めたのも自分の非が明らかだから。
「しかし、後ろにメリナのもう1匹の精霊も来ているのだが?」
えっ?
私は振り返る。
そこは靄でなく濃霧。真っ白でした。
「巨大にも程があるでしょ……」
アデリーナ様の呟きで気付きます。
霧じゃない。真っ白な鱗だ。鱗の壁。
真上を見上げるくらいにして、やっと、それが聖竜様よりも遥かに大きい白竜だろうと分かりました。だろうっていうのは、大き過ぎて全身が視野に入りませんでしたが、ずんぐりした体に長く太い首っていう特徴からの類推です。
「これは……?」
「昨年の邪神戦で、メリナさんを助けた3匹目の精霊でしょう」
私の精霊はガランガドー、邪神の他にもう1匹いると推測されていました。根拠は、ガランガドーさんは聖竜様から授けられ、邪神はヤナンカに植え付けられたから。ならば、私が生まれた時からの精霊もいるだろうってことです。
「恐らくは本物の聖竜……」
「は?」
「すまん。魔力が限界だ。帰るぞ」
世界を滅ぼす程の余りに不遜なアデリーナ様の発言でしたが、怒りを覚える間も無く、私達はエルバ部長の部屋へと戻ってしまうのでした。




