明らかになる真実
「来ないですね。部長、ちゃんと仕事してます?」
「マジで失敬だぞ、メリナ。お前より絶対に毎日仕事をしているぞ」
「いや、日々の仕事を聞いているんじゃないですよ。今、この瞬間の話をしているんです」
この白い空間でかなりの時間を費やしましたが、ガランガドーさんがやって来る気配がないのです。
「メリナさん、ガランガドーさんに呼び掛けてみては?」
「えー、恥ずかしいなぁ……。ガランガドー、ガランガドーさん、痛くしないから早く姿を見せなさーい」
「おい、痛め付けるのか? 止めてやれよ」
まったく……。エルバ部長は無能ですね。
「そんなことしないって言ったんですけど? そりゃ、私の言葉に従わないとは腑抜け野郎め、腹蹴り100発の刑にしてやろうかってちょっと思いましたが、そんなことしないですよー」
顔面に正拳突き500発の鉄拳制裁です。
でも、そんなことを口にしたら、ガランガドーさんが怯えて出てこれなくなりますからね。
「ほら、アデリーナ様も呼び掛けてくださいよ」
「みっともない。嫌で御座います」
……お前……私にさせておいて何て言い種……。
どんな教育を受けたら、こんなクズが育つのか。万が一の可能性ですが、こいつに子供が生まれることがあったなら、私が直々に教育してやるのがお国の為になりそうです。
しばらく待ちました。しかし、ヤツは現れません。ずっと白い靄が漂っているだけです。
「あいつ、引きこもり過ぎですね。もう帰ります?」
痺れを切らした私は提案します。
「待て。また頼まれるのはマジで面倒だから、もう少し待つぞ」
ふむぅ。でも、暇なんですよねぇ。
ここは雑談でもして気を紛らわしますか。
「エルバ部長、魔王って知ってますか?」
「魔王? 知ってるぞ」
「おぉ、アデリーナ様も知らなかったのに! 遂にエルバ部長が役に立つ日が来ましたよ!」
「ふざけるな。私がどれだけ神殿に貢献していると思っているんだ。なぁ、アデリーナ?」
「えぇ。それで、魔王とは?」
アデリーナ様も話に乗ってきました。
それで、気を良くしたのかエルバ部長は胸を張って答えます。
「簡単に魔王って言っても、色んな種類があるんだ。1つは単純に強い魔獣。甚大な被害を受けた人々が魔獣の王を恐れ慄いて、そう呼ぶケースな。次に、魔族の王。抜きん出た戦闘力と悪知恵で、個性の強い魔族どもを従わせている。これは本人も魔王を僭称することがある」
……しまった。エルバ部長は説明好きだった。話が長くなりそう。
「どうだ、お前らもこれくらいは知っていただろ?」
なんだ、その上から目線は。
「はい。続きをお願いします、部長」
アデリーナ様も絶対に私と同感だったと思うんだけど、ちゃんと礼儀正しく対処して偉いですね。
「ふむ。お前達が知りたい魔王ってのは、次の事だろう。魔力の王。これはマジで珍しくてな、私は文献でしか読んだことがない。何でも、特定の魔力を引き寄せる性質があるそうだ」
私はここで1つ告白をします。
「ルッカさん曰く、アデリーナ様は獣の魔王なんです」
「えっ? アデリーナが……?」
エルバ部長がアデリーナ様の顔をゆっくりと見ます。
それにアデリーナ様は黙って頷くのでした。
「むぅ、マジか……。確かにアデリーナの強さは尋常ではない。そうか、ふむ、アデリーナ、何か困ったことがあれば、私を頼るが良い」
ぷぷぷ、頼っても解決しなそう。言われたアデリーナ様も困惑ですよ。
だって、ルッカさんが見抜いていたアデリーナ様の魔王としての資質を完全に見逃していたんだもん。
私は別の質問に移ります。
「で、アデリーナ様は獣の魔王なんです。これって、獣の魔力を引き寄せるんですかね。そもそも、獣の魔力ってあるんですか?」
「はぁ? メリナ、お前、留学先の学校で学んでいないのか? 魔力の1種類にあるだろ。マジで私の魔法学校での講義に出ろよ。獣性は精神にも作用する重要な魔力要素だぞ」
知らないですよ。そんなの知ったって、実戦には関係ないもん。
「それで、その魔力の王と言うものは世界にとって害になるものなので御座いましょうか?」
「それは分からんな。私はマジで文献でしか読んだことがないんだ。他に知っていることと言えば、守護精霊との距離感が普通の者と違うから、詠唱魔法が唱えられないんだったかな」
守護精霊とは私のガランガドーさんのように、各人に憑いている精霊さんのことです。彼らの魔力がその人に影響を及ぼし、魔法が使えたり、凄い力を得たり、性格にも影響するとか聞いたことがあります。
ただ、そんな事よりも私は気になる情報をたった今、耳にしてしまったのです!
「アデリーナ様は詠唱できますよね……?」
これは由々しき事態です。
魔王候補と呼ばれたアデリーナ様が実は魔王ではなくて、私だけが魔王候補となってしまうのです!
それは最悪ですっ!!
「……おほほ」
は? お前、まだほろ酔い気分か?
くそ。自分だけ救われたって笑い……いや、違う。そうであるなら「おほほ」じゃなくて「うふふ」です。そして、「あら、メリナさん。いえ、魔王メリナさん、お気の毒で御座いました。残念です、心底。うふふ。笑いが止まらない」とか、すっごく憎たらしい笑顔で言い放つはず!
「もしかしてですけど、アデリーナ様、光る矢の中でもとびっきりの魔法の矢を放つ時に『の。ごにょごにょ』って難しい言葉を並べてるヤツ、あれ、もしかして、詠唱じゃなくて、雰囲気を作ってるだけでした……?」
そうです!
だって、アシュリンさんとかクリスラさんとかが詠唱魔法を使うときは、いつも最初に精霊に願ってましたもん! マイアさんだって、そうだったと思います。
なのに、アデリーナ様は『の。なんとか』でしたもん!
「メリナさん、それは重要なことではありませんよ? 今はもっと知るべきことがあるでしょ?」
えっ!? その反応はマジですかっ!?
光る鳥になったブラナンを射つ時も、偽詠唱してスッゴい魔法を使っていましたよね? あっ、くそ、今すぐ帰って、記憶石の映像を見てみたい!
ぶりゅぶりゅ動画以上に、絶対に笑える!!
真剣な顔でカッコいい言葉を唱えている姿が、実は雰囲気作りだけだったなんて! ヤナンカと命を賭けて戦っている最中も、雰囲気作りだけで唱えていたなんて!!
これは、もう病気ですね。
あー、このセリフを口に出して言いたい。アデリーナ様の屈辱の顔で恥ずかしがるのを見てみたい。
「おっ、ガランガドーが来たぞ」
えー、今さら来たの? タイミング、激悪。
今からアデリーナ様に色々と質問したりして、すっごく愉快な気分になる予定だったのに……。
「メリナさん、覚悟しなさい。どんな真実が彼の口から語られるか分かりませんからね」
本気で心配するような目で私を見ましたが、私には分かります。アデリーナ様、心底、詠唱について触れられたくないご様子ですね。
「いや、今、驚きの真実が明らかになったところです。もう少し、その点について語り合いましょう」
「……そうで御座いますね。無詠唱魔法しか使わない強者、フェリス・ショーメのことが頭に浮かんだので御座いましょう? 今は後になさい」
いや、お前、保身のためにショーメ先生を売ったな。
しかし、アデリーナ様の作戦通りに意表を突かれ、先生まで魔王なのかと少しばかり驚いてしまった私は沈黙を与えてしまう。
『久々であるな、主よ……。我、参上……』
そして、その沈黙の隙に、黒い巨体を完全に現したガランガドーさんが喋り掛けて来たのです。
元気がないのは自尊心が傷付いているからでしょうか。それにしては体を震わせていますね。どちらかと言うと、恐怖?
「大丈夫ですか? 風邪でも引いてます?」
私は気を遣ってそう言ってあげました。
『う、うむ。ちょっと喉が痛くて、頭痛もするかな。主よ、移す前に我は失礼しようぞ』
以心伝心ですね。そうです。今は帰りなさい。
「ガランガドーよ、真実を答えよ。メリナさんの記憶を奪った者は誰? これは最後通牒。更に私を誑かした場合は永遠の死を与える!!」
アデリーナ様は本気でした。
空気が一変して、冷気さえ感じる程でした。とてつもない怒りを秘めていらっしゃる……。それ、八つ当たりではありませんか?
本性を現した獣王に、私もブルブルとしてしまいました。
(アデリーナ様のかっこいい詠唱〔雰囲気のみ〕は、見習い第384話『アデリーナ様の頑張り』、第405話『灸を据える』、拳王第202話『行っけーーっ、メリナさん!!』などを参照)




