約束のガランガドー
目覚めはすっきり。
昨日の結婚式で夜遅くまで働いていたであろうベセリン爺や女中さん達は今朝も私の朝御飯を作ってくれまして、感謝の念を深めます。
ショーメ先生は部屋のお掃除をしているみたいで、この宿の皆さんは働き者ですね。
私も良い刺激を受けます。働き者になってしまいそうです。
そう言えば、宿のオーナーであるはずのオズワルドさんを最近全く見ていません。
シェラを娶りたいと放言して、それをシェラに咎められて、アデリーナ様にも脅されて、今はどこかで他の事業をしているのだったかな。
そんな感じでオズワルドさんを追憶しながら、ロビーにあるカウンターの向こうの彼の部屋から金貨を何枚か頂きます。いや、違う。お借りします。
だって、私、無一文だもん。優しいオズワルドさんならきっと許して頂きます。
拳の中に2枚の金貨を握ってロビーへと戻る私は、もう昼ご飯について考えていました。
「あら、メリナさん。そちらから出て来るのは珍しいで御座いますね」
多少の後ろめたさを持っていた私はビクビクっと体を震わせました。驚いたのです。まさか、アデリーナ様がやって来ているなんて!
幸いに、彼女とはカウンター越しです。
すぐに私は手にした金貨を離して落とす。落下音を消すために靴の上を狙うという小細工もしております。
「お金が落ちた音がしましたよ?」
「えっ! 本当ですか!?」
くぅ! 地獄耳め!!
私はしゃがんで、しばらくは探す振りをする。そして、このピンチをどう乗り切るのかを考えるのです。そして、答えが出ます。靴の中へと金貨を押し込んで隠蔽しました。
「何も落ちてませんでしたよー?」
「そうで御座いますか。気のせいでしたかね」
油断はしない。だから、カウンターから出ません。
「アデリーナ様、私は本当に心配です。この国の女王が毎日遊び歩いてるなんて、国民への責務を果たす気はないのでしょうか?」
相手を逆に非難することにより、私への矛先を反らす。
「優秀な文官達が私の代わりに働いておりますので。私の判断を要するような一大事なんて、そうそう御座いませんのよ」
答えが返ってきましたが、興味はゼロです。
「で、何しに来たんですか? あっ、もしかして、稽古ですか? 私の稽古は厳しいですから覚悟して下さいね」
記憶喪失するくらいに、深く抉るパンチを何回かお見舞いしてやりましょう。
「私には不要で御座います。アシュリンから聞きましたよ。私の才を伸ばす為なのでしょう? 私にもっと良い考えが御座いますから」
チッ。じゃあ、私の所に来ずに、さっさっとその策を実行してやがれっつーんです。
「メリナさん、やっぱりお忘れで御座いますね」
えっ、何?
……えぇ、完全に忘れていますよ。
アデリーナ様の笑顔が眩しい。
「えーっと、えー、あっ! オロ部長ですか? 昨日はオロ部長もお城に来ていたはずなのに一回も見ませんでしたものね!」
「カトリーヌさんはお元気ですよ。昨日はほろ酔いの私を神殿まで運んで頂きました」
「えー、あの夜会の間、ずっとアデリーナ様は『おっほおっほ』言ってたんですか?」
「失礼な。『おほほ』で御座いますよ」
コミュニケーションとしてのダメ具合は、ほぼ同等レベルでしょうに。
「メリナさん、結婚式が終わったら、貴女の記憶が奪われた理由を調べる。つまりは、ガランガドーを問い詰めると決めたではないですか?」
あー、シャール伯爵のお城を会場として借りるため、アデリーナ様にお願いしに行った時に、そんなことを言われた記憶がありました!
忙しすぎて、もう遥か遠い過去みたいになっていましたので、忘却の彼方でしたよ。どうでも良いし。
「あいつ、私の問い掛けに反応しないですよ」
フォビとの戦いで魔法を手伝ってくれましたので、完全消滅ではないのでしょうが。
「エルバ部長に再度依頼します。神殿に行きましょう」
あー、そっかぁ。あの人、守護精霊と話す特技を持ってたなぁ。
神殿の調査部の建物の受付を済ませ、アデリーナ様とともに椅子に腰掛けて、エルバ部長を待ちます。
「メリナさん、お慣れになってきましたね」
「人間は逆境に立ってこそ強くなるものなのですね。自分を褒めたい」
馬車の話です。暴れ馬車と表現されるアデリーナ様運転の馬車は大変に荒くて、同乗者の健康や安全を一切考慮しないのですが、今回は目も回らずにここまで来れたのです。
すごく自らの成長を感じました。
「部長から面談許可を得ました」
受付の巫女さんがそう告げてくれて、私達は2階へと階段を昇ります。
一番奥の扉をノックして、返事を待ってから開けました。
「またガランガドーと話をするのか?」
「はい。宜しくお願い致します」
アデリーナ様の答えにエルバ部長は渋い顔をします。
「疲れるんだよなぁ、マジで」
エルバ部長は昨年まで逆行成長の呪いに掛かっていて、子供の姿ですが長生きらしいです。なので、見た目と違ってやる気や元気みたいなものが実年齢相当なのかもしれません。
「おい、メリナ。お前、失礼なことを考えただろ?」
「いえいえ、滅相もない」
「分かった。準備をするから少し待ってろ」
エルバ部長は足が届かない椅子から飛び降り、続き間になっている隣室の物置から道具を取りに行ったようです。
がさごそと音が聞こえまして、もう少し時間が掛かりそうです。つまり暇です。
「アデリーナ様、マイアさんが言ってましたけど、ふーみゃんも魔王らしいですよ」
「どういう理由でその推論に?」
「何でも、ふーみゃんを愛くるしく思ってるのは私達2人だけで、その私達は魔王候補だからふーみゃんは魔王を統べる魔王なのではないかって。ふーみゃんがフロンに代わって不愉快になるのも、ふーみゃんの存在が消えたことによる反感ではないかって」
「しかし、ふーみゃんは万人が愛くるしく思ってるでしょ?」
「はい。きっとそうです」
「なら、そのマイアの推論は間違っておりますね」
なるほど。
「はい。納得しました。でも、魔王を統べる魔王って何なんでしょうね」
「魔王という存在さえも分かっていない現状では十分な議論はできないでしょう。ただ――」
何を知っているのですか、アデリーナ様。物知り博士の称号もその手にする気なのですか。
「私に刻まれたブラナンの記憶では、2000年前に大魔王と呼ばれた存在は、全ての魔力をその身に吸収することで、周囲の万物を崩壊させたようです」
ブラナンの記憶を刻まれていた?
あっさりと衝撃事実を告白しましたが、それは流してやりましょう。
「魔力を吸収?」
「そう。生物も無生物も全ての物に宿る魔力。それを根こそぎ吸い取ったので御座います。自らを慕う魔族さえも消滅させた」
「そんな存在にアデリーナ様がなるのですか。運命とは残酷ですね」
「メリナさんこそ、一番近いのでは御座いませんか? ほら、ルッカに何回も命を狙われる程の危険な存在なのですから」
「いえ、アデリーナ様ですよ」
「まぁ、こんな時だけ譲るだなんて浅ましい。メリナさんが大魔王となる前に退治して差し上げましょうか」
「うふふ、アデリーナ様の貧弱な剣で可能だと思うなら、試してみます? 無駄ですけど」
「どこかで決着を付けてやろうと願っていましたが、こんなにも早くその機が到来するとは思っておりませんでした。表に出ます? 野獣に躾を教えてやりますよ」
「あ? 誰が野獣――」
「出るな。お前ら、マジで闘うつもりだったろ。私を訪ねてきたのを忘れていただろ。仲が良いのかどうか分からんな」
手に大きな水晶球を持つエルバ部長が戻ってきてしまいました。
アデリーナ様は剣を消し、部長の言葉に従うつもりのようです。
「それじゃ、準備は良いか? 行くぞ」
その後、エルバ部長は魔法を詠唱し、水晶球の中に飲まれるかのような錯覚とともに、私達は霞の掛かる空間へと移動をしていました。
ここを訪れるのは3度目。もしかしたら、ここも斎戒の間や浄火の間のような異空間なのかもしれません。
エルバ部長も中々やるなと思いました。だって、ルッカさんによれば、この技術は天使になるための条件の一つでしたもの。




