マイアさんの依頼と気付き
私が疲れているのを見て、マイアさんは扉の先の椅子とテーブルのある部屋へと案内してくれました。
ここは人間の言葉を喋るゴブリン、通称師匠が外部からの侵入者が来ないか門番をしている場所です。
「お嬢ちゃん、最近はよく来るね」
「えぇ。今日の師匠も血色が良くて元気そうですね」
「えっ、そうかい? いやー、お嬢ちゃんも中々やるね。僕って顔が緑だから、息子のシャマルでも血色なんて分からないよ」
「はい。私も適当に言ったから顔色とか分からないって言うか、正直なところ、師匠と普通のゴブリンの見分けも付かないです。森で出会ったら殺しますね」
「後半の情報、どう考えても要らなかったよね。僕の心が無駄に傷付くだけじゃないか」
「そうでしょうか。師匠は細かい点に拘りますよね。それじゃ、いつまで経っても人間的に成長しませんよ。人間じゃないけど」
「お嬢ちゃんは師匠って言葉の意味を考え直した方が良いと思うんだな」
「師匠! 私に口答えするなんて何様のつもりなんですか。師匠のせいで気疲れもしたので、座りますね。師匠はあっちで門の前に立っていて下さい」
「僕には厳しく出るよね。絶対に僕を下に見ているよね」
「では、あなた、宜しくお願いします」
「うん。分かったんだな」
師匠はマイアさんの夫として、マイアさんによって魔法で創られた存在です。なので、素直に命じたことは聞くように作られているのかもしれません。
マイアさんは着席するなり、私に告げます。
「フォビの件です」
「はぁ」
「率直に言って、私はあいつが嫌いなのよ」
「はぁ」
「昔から適当なヤツでね、なのに皆に好かれる。不思議よね。バカのくせに力だけはあって、誰もその無茶を止められない」
「はぁ」
私は愚痴を聞くために、睡眠を妨げられたのでしょうか。
「メリナさんみたい」
「はぁ……はぁ!?」
私の抗議は無視されました。
「メリナさんがパットを襲った後、メリナさん達はどこか行ったわよね」
あれ分かっていたのか。マイアさんの姿は見えなかったのに。
「はい。異空間でした」
「そこで、フォビはメリナさんに神を代われって言ったでしょ?」
「はい。もしかして聞いてました?」
「いいえ。でも、予想できた。フォビは自由になりたいって言ってたし、それに、私もね、2000年前に当時の神ってヤツに会ったことがあるのよ。その時は戯言だと思って、神がいるなんて信じなかったのだけど。私より頭が悪かったから」
ふーん。でも、私に伝えたいことって、こんな詰まらない事なのでしょうか。
「恐らくだけど、神ってのは複数いる。そして、何らかの秘密結社的な組織を作っている。メリナさん、その組織に入り込んで破壊してくれない?」
ん? 神様の集まり的なところに私が所属する? 私に何のメリットもない。
「どうしてですか?」
「神の善悪は分からない。でも、フォビが辞めたいというなら、良くない組織なのよ。あいつ、そういう嗅覚も強いから。で、メリナさんが滅茶苦茶にして、それを刺激に事態が好転しないかなって思ったわけ」
フォビのことが嫌いと言いながら、信頼もしている印象ですね。
「構わないですけど、私、あいつを倒せないんです。倒さないと神になれません。神を殺す方法を知りませんか?」
「精霊や魔族を滅ぼすなら魔剣なのだけど……神を殺す為には、か……。分からないわね」
大魔法使い、希代の賢者と呼ばれたマイアさんでも知らないか。ふぅむ、どうしたものかなぁ。
「分からないけど大丈夫よ。殴り続けたら、どんなものもいずれ壊れるものだから。メリナさん、こういう時は殴り続けるだけよ」
賢者とは思えない、極めて原始的で攻撃的な案が出てきました。マイアさん、こういうとこあるんだよなぁ。
ミーナちゃんを戦闘マシーンに育て上げただけはあります。
「分かりました。他に方法がなければ、フォビが許しを乞うまで殴り続けます。そして、私が神になったら、他にいると思われる神様をぶっ倒せば良いんですね?」
聖竜様だけが本当の神様なので、他の偽物を全て殺すのに何の抵抗もありません。
「そう。でも、メリナさん、先に言っておくわね。他の神を倒す必要がなければ、メリナさんの判断で止めて良いから。あとね、他に神がいなかったり、神の話自体がフォビのホラ話だったら、また私に相談して頂戴」
「はい。マイアさんも神になります?」
「あはは。私はね、何万年もの間、既に疑似体験したから良いわよ。私の器じゃ……また狂うだけ」
浄火の間または豊穣の間という異空間に閉じ込められている間、マイアさんはその異空間で神様のような振る舞いをしておりました。師匠も、息子という設定のシャマル君もその時にマイアさんによって創造されたのです。
「じゃあ、帰ってよろしいですか。あっ、ダメだ。この日記を書いて頂けませんか?」
私は日記帳をお渡しします。
「何ですか、これ? メリナ観察日記?」
言いながらペラペラと中を見るマイアさん。
「なるほどね。目的は分からないけど、メリナさんについて触れながら適当に書けば良いのね」
手を振って空中からペンを取り出し、さらさらと書く姿はとても鮮やかでした。
そして、サッと私に日記帳を返してくれました。頼りになる女、マイアさん。マイア教にも帰依しても良いと思ったくらいです。
「ところで、メリナさん、ここにある『魔王の素質の件』って何?」
マイアさんが示したのは、フロンが書いた『魔王の素質の件さ、気掛かりがあるんだけど、あんたは気付いてる?』って書いた日の日記でした。
私とアデリーナ様に魔王の素質があって、お互いに干渉しあっていると、ルッカさんから聞いた話を伝えます。
「でも、気掛かりねぇ……。メリナさんが魔王って言うのは不思議じゃないんだけど……」
「えっ、マイアさんの眼でも曇ることがあるんですね!」
「アデリーナさんが魔王って云うのが気掛かりなのかしら?」
マイアさんは私の指摘を無視しました。本日、2度目です。
「アデリーナ様は獣王ですって。うふふ、獣王。面白い。獣性の高い奴らに好かれるんですって。アデリーナ様に相応しい」
「ん? そういう区分があるのか……。じゃあ、差し詰めメリナさんは竜王かしら?」
「あっ、やっぱり分かります? 聖竜様に好かれてますものね」
「えぇ。ガランガドーや邪神を従えているところを考えますと。いえ、ワットちゃんも、もしかしたら竜王の兆しを幼いメリナさんに感じて、命を助けた可能性も……か」
言い終えて、マイアさんは沈黙します。
私と聖竜様の運命と将来について想いを馳せているのかもしれません。ありがとうございます。
「メリナさん、この日記を書いた方は?」
「魔族フロンです」
「アデリーナさんの飼い猫が化けた魔族?」
「そうです。あの猫の状態なら私も大好きなんですけどね。人型になったら、嫌悪感でぶっ殺したくなります」
「……アデリーナさんも、あれが人型の時はぞんざいに扱っておりましたね?」
「えぇ、そうですね。猫のふーみゃんに何回戻しても人になるので、最近はアデリーナ様も諦めて、傍に置いているみたいです」
「……そう」
マイアさんは静かに答えを出します。
「メリナさん、そのフロン、いえ、ふーみゃんもまた魔王でしょう」
「えぇ!? ふーみゃんが!?」
あんな可愛らしい猫なのに!?
「しかも、魔王を統べる魔王なのでは?」
驚きの余り、私は言葉を失います。
「だって、そう考えませんと非合理でしょう? 猫の状態と人の状態で、そこまで感情の違いが出るのは。しかも、猫に拘っているのは魔王である2人のみ。魔王を統べる存在から只の魔族になってしまう。それを2人は許せないのでは?」
「あの、マイアさん、私達は魔王じゃなくて、魔王の素質を持つ魔王候補なんですけど……」
細かい点ですが、ちゃんと訂正を。
「魔王を統べる魔王。それって、大魔王なのかしら……。いえ、そうだとしたら、ヤナンカが見過ごさない……。いや、ヤナンカも気付いていなかったのか……」
ぶつぶつ言い続けるマイアさん。
私は呟きを遮って、もう眠さが限界だと訴えました。
◯メリナ観察日記33
今日は結婚式で、メリナさんの仕切りだったらしい。まあまあ良くできていた。
途中、あいつに出会う。私を救ったのにカレンを放置するなんてことは有り得なくて、やはり2000年前の戦いで彼女は本当に亡くなっているのだろう。




