休みなし
ホールの中から漏れ出てくる、華やかな音楽を背景に私は花火を見ております。
手すりに体を委ねている私の左右にはコリーさんとソニアちゃんもいます。
異空間で何年も過ごして背が伸びているソニアちゃんの横顔は私よりもずっと大人びていました。
何せ既に子持ちですものね。恐ろしい話です。
しかし、それに匹敵する恐ろしい出来事が現在進行形で起きています。
「コリーさん、あれを止めてくれなかったんですね」
私はアントンに掛けた悍ましい魔法について、夫の暴走を止める責務のあるコリーさんに軽く非難の言葉をぶつけたのでした。
「アントン様、楽しそうでしたから……」
諦めの表情が答えでした。
「ゾルのあんな笑顔、初めて見た」
ソニアちゃんも呟きます。
はい。アントンと剣王は嬉々として2人で躍り続けているのです。新婚さんなのに新婦を放ったらかしにして、女装で躍り続けているのです。
邪神はここへ避難しませんでしたが、ヤツは人間じゃないので、あれを見ても悍ましいとは思わないのかもしれません。
今、そこの建物の中は、新郎2人を中心とした狂ったダンスコーナーと、メリナパンを切り分けて食べている猟奇的お食事会場と、ほろ酔いと主張してながら不気味に笑う女王陛下との社交場の3つのエリアに分かれております。
どれにも参加したくない。
「コリー、ゾルが迷惑掛けて、ごめん」
「えぇ。えーとっ、ソニアさんでしたか? こちらこそ、アントン様が同じく迷惑をお掛けして失礼しております」
新婦2人が私を挟んで謝罪をし合います。
「ミミちゃんの様子を見てくる」
ソニアちゃんは意を決したように去りました。
「メリナ様、先ほどのソニアさんはどういった方ですか? 貴族であれば失礼のないように対処したいのですが」
「あれ? コリーさん、知りませんでしたか? ソニアちゃんはアレですよ、私が記憶喪失になった一時期、門の外に住んでいたでしょ。あの時にコリーさんが髪を切ってあげた女の子がソニアちゃんです」
「えっ? あの子、まだこんな背でしたよ?」
コリーさんは自分の腰くらいに手を持っていきました。
「複雑な事情があって、あんな感じに成長してしまいました」
「そうですか。不思議なことがあるんですね。信じます」
あぁ、コリーさんは優しい。
荒唐無稽な話だったのに私を疑う素振りを見せずに、そう言ってくれるなんて。
「分かってくれてありがとうございます。ふぅ、昨日から色々と有りすぎて疲れましたので、コリーさん、私は帰りますね」
「えぇ。メリナ様、お気を付けて」
「はい。忘れていましたけど、また祝いの品を用意させて頂きますね」
「そんな……。メリナ様、本当に結構です。こんなにも多くの人に祝って頂いただけで満足です」
とても謙虚な態度でして、それはコリーさんの美徳です。私は最後にもう一度笑顔を見せて、階段を降りました。
喧騒が遠くなってほんの少しの侘しさも感じる中、暗い庭園を門に向かって1人で歩いている時でした。
私の戦闘本能が危機を訴えます。
上空へ火球魔法。特大のヤツ。
急降下していた何者かは慌てて進路変更し、更にそこへ私は最高速度の氷の鋭い槍。
完全に貫かれたそれは、魔力のコントロールを失い、地面に体を叩き付ける。
他愛ない。
「相手が悪かったですね」
微かな敵意を感じたのです。だから、敵だと認識しています。
魔力の色は漆黒。つまり、魔族ですし。
「さぁ、名乗りなさい」
口を開こうとした瞬間に再び氷の槍を打ち込み、戦意を完全に消してやる。
「巫女さ――グッ!!」
…………あれ? 知り合いっぽかった。
「ルッカさーん!!」
極力心配しているように聞こえる声色で、私は駆け寄ります。
「てっきり敵だと思ったんですよ! いや、すみません、てっきり敵だと思ったんですよ! 本当にすみません! てっきり敵だと思ったんですよ!」
3度も繰り返すという高等テクニックで誤射を謝ります。
「いやー、でも、ルッカさんで良かった。どんなに傷付いても死にませんもんね」
にっこり笑顔で空気を和らげることも忘れない。
「でも、あれですね、私もルッカさんに命を狙われたから、これでお互い様になるのかなぁ」
そして、貴女も悪いのよと主張もしておくという周到さ。完璧。
ルッカさんの口から背骨に沿って貫く氷を引き抜いて、私は彼女の復活を待ちます。
「もぉ、巫女さんはクレイジー。私って分かったでしょ」
「あはは、すみませんね。魔族ってどいつも魔力の質が同じだから分かりませんよ」
ルッカさんは見事復活しました。破れていた服も魔力で出来ているから自然修復です。
「で、どうしたんですか? 私、疲れているから帰りたいんですよね。昨日から寝てないんですよ」
言いながら、私は門へと歩みを再開します。
「あっ、そうそう。巫女さん、何があったの?」
ルッカさんも私に従い、追って来ました。
背にする花火が進む先の暗闇を時たま照らします。
「何が、とは?」
横にまで来たルッカさんに尋ねました。
「あの方からね、『メリナは魔王となりつつはあるが、手出し無用』って連絡があったのよ。それって、とてもストレンジ」
正直に話すべきか迷います。
神にならないかとフォビから誘われ、それを断ったら、聖竜様を賭けて本気のヤツと闘うことになったのです。
手出し無用ってのは、直々にフォビが手を下したいからなのかもしれません。
これをそのままルッカさんに伝えたら、フォビの手を汚すまでもないと、彼女は私を再び襲うかもしれない。面倒です。
「彼とは仲直りしましたよ。お互いに誤解していましたからね」
「そう? それは聖竜様にもお伝えした方がグッドな感じがするのだけど、どうかな?」
「はい! お願いします!」
うふふ。理由は何であれ、聖竜様とお会いできるのは大変に嬉しいことです。
お皿を置いて髪の毛を整えます。お食事で唇に付いたままの脂があると失礼ですので、それも手で拭います。
ルッカさんの手が私の腕を掴むと、臭いで分かります、あっという間に聖竜様がいらっしゃる地下の大空洞へと導かれました。
即座に照明魔法。
眠っておられた聖竜様はゆっくりと首をもたげました。
『何用であるか?』
「ソーリーね、聖竜様。聞いてない?」
『ルッカよ、心当たりはない。申すが良い』
「さっきまであの方がシャールに来られていたのよ。で、巫女さんに手出し無用だって。巫女さんと仲良くなったみたい。オッケー?」
いや、仲良くなったとか誤解を受ける表現は止めて欲しい。
『ふむ。そうか、あの方が訪問されておったか……。生憎、我は寝ておって気付かぬかった。残念ではある。要件は理解した。メリナに手出し無用、ってか、手出ししてないよね?』
「はい。あっ、いいえ」
私は慌てて訂正しました。それに対して若干ですが、聖竜様は驚かれたのか眼を広げるのでした。
「聖竜様は私の純なる恋心をお奪いになられていて、それは酷い手出しだと思います」
うふふ、からかいです。
『えー、奪ってないし、返せるものならメリナちゃんへ丁重にお返しします』
まぁ、聖竜様も面白い冗談を言うんですね。ちょっと嬉しいです。
『さて、我はもう一眠りしたいので帰って頂きたいです』
「あっ、私の服を見てください! 聖竜様から頂いた服を破っ……リメイクしたんです。リメイクは必要なかったんですが、どうでしょう?」
『うむ。人間の技術は素晴らしいものであるな。我の与えた服は少々古風であったが、見違えるようである。それではお帰りください。また今度』
素っ気ない。もっと褒め倒して欲しかったなぁ。聖竜様、本当に眠いんだろうなぁ。
聖竜様の逞しい尾っぽが振られて、私は自分の宿の部屋にいました。
「それじゃ、巫女さん、シーユー」
「はいはい。では、また明日」
ルッカさんも窓から空へと出ていきます。遠くではまだ花火が上がっているようで、たまに空の片隅が明るくなります。
私もベッドへと向かい、休息を求めます。その脇のテーブルに置かれた日記帳が目に入り手に取りますが、本日は疲れたし、宿には誰も居そうにないしで、明日にしようと思い直します。
今日は疲れました。
ふぁあと大あくびをして目を開けましたら、そこは宿の一室ではなくなっていました。
戸惑う私に声が掛けられます。
「あっ、メリナさん、お話をしたいことがあってお呼びしました」
マイアさんでした。
ここはマイアさんがお住まいの場所だったみたいです。
「明日じゃダメだったんですか?」
「早い方が良いでしょうから」
まだ私は休めないようです。




