感謝の心
さて、もうここに用は御座いません。
素晴らしい服を自慢することができましたし、アデリーナ様へ慈愛に満ちた修行を指導することも宣言することができました。
満腹になったら帰りましょう。
いくら美味しいパンだとは言っても食べ続けると単調になりまして、浸して食べるためにスープやソース料理を求めます。
いやー、この肉煮込みも美味しいです。
どうやったらお肉がスプーンで簡単に崩れるようになるんだろう。
料理人達の技術って、本当に凄いです。
あとは飲み物かな。
「みじゅ、のみゅ?」
「ありがとう」
邪神の水は久々です。ぐいっと一飲みします。キンキンに冷えていて、様々な感情もお腹に流れたみたいにスッキリとした気分になりました。
しかし、私はアデリーナ様が持っていた魅惑の液体がこの場に存在していることを知っております。
「おしゃけ、だみぇ」
チッ。私の思考を読みやがりましたね。
「かみしゃま、にぎぇた?」
ふん。それも既に私の思考から知ってるのでしょうよ。
「いつか再戦です。負ける気はしませんが」
「じぇも、かちぇるきもしにゃい」
……よく分かってるなぁ。
神殺しの方法、どうにかして調べないといけませんね。
魔法を使った時にヤツは焦っていました。だから、魔法は有効なのでしょう。でも、それを当てる必要があるんですよね。
転移魔法を邪魔して動きを止め、そして、特大の魔法をぶち当てる。しかも、相手からの妨害もあるでしょうから、その対処も必要。結構な難易度です。
「ガハハ!! テメー、おもしれーな!!」
突然の大声に、皆がそれを発した主へと注目します。でも、私はガルディスのものと分かっていますので、チラリと見るだけです。
「もう一度言おう。笑わずに聞け。俺の方が強い。何故なら、俺は巫女の一番弟子だからな」
あっ、さっきのは普通の称賛じゃなくて、喧嘩の買い言葉か売り言葉だったんですね。
喧嘩の相手はサルヴァ。
2人とも今日の結婚式で祝われる立場にありながら、不粋なマネをしていますね。
あー、お酒が原因か。
彼らは赤ら顔を互いに近付けて牽制し合っています。
「カーッ。その強がりがいつまで持つのか楽しみだぜ。スラムじゃ、お前みたいにイキった奴は真っ先に死ぬんだからよぉ。ボスと姉御に鍛えられた俺の方が強いに決まっている!」
「ふん。巫女ならば口よりも拳で語れと言うであろう」
「同感だぜ! テメー、表、出ろォ!」
ガルディスの勢いはそこまででした。
猛る新郎どもを新婦2人が服を引っ張って止めます。
あと、サルヴァの言葉は聞き捨てなりません。まるで、私が腕っぷし自慢みたいで、周囲に誤解を与えかねないと判断しました。
「気性の荒い連中ですね。困ったものです。ちょっと行ってきますから」
邪神にそう告げてから、私は颯爽とまだ睨み合う2人に近付きます。
「おぉ、巫女よ! 力を使う許可を求めたい!」
「ボス、こいつをボコって良いよな!!」
「馬鹿者ども、お前らは拳で語るレベルにありません。口で静かに褒め合いなさい。恥ずかしくなった方の敗けです」
「ふん。お前、ハンサムだな」
先制はガルディス。
この素直さはスラムで生き残るため、強者に靡き続けて得たものでしょうか。
「ふっ。大したことではない。お前の豊かな筋肉の前ではな」
うまくサルヴァも返しました。
これはきっと私の教育の賜物。
何にしろ、これで奴らも騒ぎを起こすことはないでしょう。ひと安心です。
クリスラさんと副学長という2人の新婦に私は目配せしてから、お料理コーナーに戻ります。
「じょるがいちびゃん、ちゅおいのにー」
白い果肉であっさり味の、謎の果物を食べている私の横に邪神は再びやって来ました。
「お前も腑抜けましたねぇ。世界を滅ぼすと痛々しい言葉を吐いていた時の方が、まだマシでしたよ」
正直な気持ちを伝えます。
「めりゅな、きょわいー」
「ふん、裏切り者め。そもそも、私の精霊だったくせに、剣王と結婚したいなどよくも言えたものですよ」
「めりゅな、あいはいじゃい」
愛は偉大? ククク、お子様ですね。
アデリーナ様に言わせたら、そんなものは幻想ですよ。本能欲求の発露に過ぎません。理性の外側にあるものなんて無駄だと――
――いや、何故ここでアデリーナ様を出したのでしょう。愛は素晴らしい。何故なら聖竜様と私の愛は永遠に不滅なのだから。
愛こそ全てです。
いや、全ては言い過ぎたかな。
でも、見てみなさい。アデリーナ様はまだ「おほほ、おほほ」と高らかに言い続けています。あれは、もしかしたら普段の冷たい物言いを緩和するための女王なりの工夫なのかもしれませんが、「おほほ」の頻度が多過ぎて不気味です。逆効果ですよ。あんなバカの言葉を引用する必要はありませんでした。
人混みを外れて頭を冷やすことにしました。しかし、私を休ませてはくれないようです。
「うふふ、可愛らしいお嬢さんですね。難しい言葉も知っていて偉いね。あっ、メリナ様、本日は大変にありがとう御座いました」
衣装を着替え、髪と同系色の赤色のドレスとなっているコリーさんです。
「こんなにも盛大に祝って下さり、本当に、本当に感謝しております。今後の人生も夫となったアントンと共にメリナ様にご奉公させて頂きます」
アントンは要らない。でも、それをこの場で口に出すほど、私は野暮じゃない。
「えぇ。またご迷惑をお掛けするかもしれませんが、こちらこそ宜しくお願いします」
「全くだ。お前は一度も領地に足を運ばず、忠誠を誓っている代官を借金の罠に嵌め、挙げ句、俺との約束を忘れている。どういうつもりだ?」
ふてぶてしい声が耳に入ってしまいました。
「アントン様……」
「コリー、いつまでも敬称を付けるな。お前は俺の妻だ。対等だろ?」
「はい……」
私を置いてけぼりにしながら、見つめ合う2人。見習いの頃に牢屋で出会った日からそうでしたが、コリーさんはまともに見えて、実は色ボケしてるんですよね。
アントンの何が良いんだろうかと疑問しか湧いてこないです。
「さて、我が主メリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロよ。この度はご苦労であった。次からも励むように」
ん? 聞き間違いかな。
私を主と認めながら、凄く尊大な喋り方をされた気がします。
「アントン……様」
言われたばかりで呼び捨てに慣れているはずもないコリーさんが小さく語尾に付け加えながら、咎めます。
「コリー、黙っていろ。こいつはすぐに調子に乗るからな。上から押さえ付けてやった方が良い。小麦の苗を踏んで強くする、みたいなものだ」
「は? 土から飛び出て踏み返しますよ」
「ふん。そう言えば、俺の両親も呼んでいたな。余計なマネをして、俺が感謝を口にするとでも思ったか」
「あっ、そうです、メリナ様。御両親から挨拶を受けました。マイア様が直接に祝われた結婚式を否定することはできない、と仰いまして……。私も丁重なお言葉を頂き、それに、誕生花である緋衣草をあんなにもお贈りして頂きました」
赤い花が連なって塔みたいにも見える花がコリーさんの指した一角に数百本レベルで飾られていました。
誕生花はデュランの風習。一人一人に教会から授けられるものでしたね。
あれだけの量を用意するには時間が必要。もしかしたら、マイアさんとは関係なく、御両親、若しくは、どちらかは息子夫婦との和解を準備していたのかもしれません。
「ふん。公爵の地位を使えばそれくらいは可能だろうさ。コリー、そいつを褒めすぎるな」
チッ。こいつは本当に何様なのでしょうか。
「アントン……様も御両親とお話されました。メリナ様、あのアントン様が頭を下げて御両親に非礼を詫びたんですよ」
「へぇ」
この不遜の塊みたいなアントンがねぇ。
「コリーの為だ。ただ、それだけだ。誤解するな」
「感謝を述べないだけで、思ってはいるんですよ。この人」
「コリー、何回も言う。こいつを調子に乗せて良いことはないぞ」
はいはい。
大体は把握しました。
今日はめでたい日ということで、アントンの無礼は不問に致しますよ。
この様に私が寛大な心を見せていた時、バーン!と炸裂系の火球魔法が唱えられた様な音が突然に響きました。
窓の外が明るくなっていて、何人かがそれを見に行きます。
敵襲かと思った私も体に魔力を漲らせ臨戦態勢で窓際に向かいました。
空に何重もの光の花が咲いていました。
炸裂音も遅れて何発も聞こえます。
花火です。
ようやくパットさん、いや、彼に憑いていた神の進行表を思い出します。
「綺麗ですね」
「はい」
横に来ていたコリーさんに同意します。
花火は湖岸から打ち上げられているようでして、静かな湖面にも花火の光が反射して凄く幻想的に見えました。
「重ね重ねメリナ様には感謝を申し上げます」
「いえ。こちらこそ、借金の件とか代官の件とか色々と迷惑をお掛けしました」
「メリナ様のお母様に再会致しましたら、メリナ様のご活躍を丹念に説明致しますので」
「是非とも宜しくお願いします!」
コリーさんは良い人です。
思い返せば、私が記憶喪失になっている時も真っ先に来てくれて、私の心配をしてくれたのです。
うん、その恩にちゃんと報いないといけないですね。
「おい、クソ巫女。やはり忘れているな。これでは片手落ちだぞ」
感動している私に、新郎である愚物が偉そうに背後からそう言ってきました。
不機嫌を隠してやりながら振り向く私に、アントンは自分の胸に両手をやって、タップタップと上下に揺らすジェスチャーをします。
「さぁ、あの魔法を俺に掛けるんだ。今からダンスパーティーだからな」
……巨乳化魔法……。
「化粧係も舞台裏に待機させている」
待機させているから、何だって言うんでしょう……。
困った私はコリーさんを見ます。目を反らされました。
「よぉ、メリナ。俺にも頼むぜ。竜の巫女になるには、まず女になる必要があるのだからな」
城の中庭での酒盛りを終えた剣王さえも来ています。こいつも花火の後にダンスパーティーが開催されるのを知っていたのか……。
「良いんですかね……?」
改めて、コリーさんにお聞きします。
「はい……。アントン様はそれを楽しみにされておりましたので仕方ありません」
うぅ。
私は眼を瞑って魔力操作による巨乳化を実行しました。




