開放されるメリナ
ダンスホールの方は混雑しています。あちらは、本日に結婚した4組が勢揃いしていて、彼らを祝う人達が集合しているのでしょう。
そんなのを眺めていると、人の流れとは逆に向かうイルゼさんとお母さんが見えました。
それにしても、イルゼさんは少し老けたなぁ。あの異空間で何年過ごしたんだろう。見た目的にはクリスラさんくらいですよ。聖女として貫禄が付いたと喜んであげれば良いのでしょうか。
さて、そんな些末な事は沸きに置き、2人から事情を聞いて、場合によっては止めないといけません。お母さんがイルゼさんへの折檻を再開するのかもしれませんから。
「あら、メリナ。今日は本当にお疲れさま。凄く良い式だったわ」
「メリナ様、お母様をお送りしてきます」
お母さん、帰るようです。私は無事にミッションを成功させたのです!
秘かにギュッと拳を固めて、喜びを噛み締めます。生き残れました!
苦節2日、走馬灯のように様々な苦労が浮かび上がってきす。
「じゃ、お母さん。バイバイ」
喜びの気持ちを隠そうと思い過ぎたため、不自然なくらいに淡白な挨拶となってしまいます。
「えぇ、メリナ。うふふ、大人になったと思っていたけど、笑顔が子供の時のままね。また会おうね」
お母さんを見送った私は爽快な気分になっておりました。
もう解放されたのです。
そして、お母さんが褒めてくれた。これは大変に純粋に嬉しいことです。付け加えるならば、次に怒られることがあっても、今回の頑張りのお陰で少しは勘弁してもらえるのではと期待と希望も得たのでした。
その後、肩の荷が下りた私は空腹に耐えきれず、お皿を片手に豚の丸焼きを取り分けてもらう列に並んでおります。
良い薫りが鼻をくすぐって、口の中は唾でいっぱいです。美味しく頂けそうです。これを食べたら、宿に帰って熟睡ですね。
「メリナさん、ご報告は?」
今度は青いドレスのアデリーナ様が声を掛けてきました。私の帰宅計画を邪魔しに来たのでしょうか。
「逃げられました。次に会う時は万全の力で来るそうです」
「……あれに勝ったので御座いますか?」
「勝てそうなんですが、最後の止めが足りないんですよねぇ。うん? アデリーナ様、私が勝てないって思いながら、あんな命令を下したんですか?」
「まぁ、メリナさん、そんな質問をして意地悪で御座いますね」
は? もしかして、お前、私を当て馬に使ったのか?
「アディちゃん、化け物は大丈夫。精神魔法は掛かってない」
「そうで御座いますか……。勝ったつもりにされている訳でもありませんでしたか」
「失礼ですね、アデリーナ様。あの程度の男に負けるはずがありま――あっ、私の番が回ってきましたので、お先に失礼します。横入りは許しませんよ」
お皿を前にして料理人さんからお肉を頂きます。私の顔は彼にも知られていたようでして、脂の乗った上質なところを更にサービスで頂くことができました。
振り返ると、アデリーナ様とフロンは居なくなっておりました。彼女らはダンスホールに向かったのかもしれません。何せアデリーナ様は偉い人なので、皆の前で祝辞を述べたりする役目があるのでしょう。
うふふ、好都合です。
ベンチに1人座って肉を頬張る私に影が掛かります。
「メリナ様、帰りたそうなお顔ですがお待ちください。やっと仕上がったとのことですので」
声でその影の主がショーメ先生だと分かりました。私の考えていることを的確に予想してくるとは末恐ろしい女です。
目を上げると、紫色の布を持っているのが見えました。
「どうしたんですか?」
「悪い話ではありませんよ。こちら、メリナ様が竜化された際に破れた服の生地を継ぎ合わせて作ったドレスになります」
っ!? 聖竜様から頂いたヤツっ!!
「……ショーメ先生が縫ってくれたのですか……?」
「いえ、ゾビアス商店の職人に頼んでおりました。お渡し致します」
「あ、ありがとうございますっ!」
目に涙が浮かびます。
「喜んで頂いて良かったです。でも、クリスラ様のご結婚式のお礼ですのでお気になさらず」
うぅ、ショーメ先生!
私は誤解しておりました!!
こんな良い人だと知っていたら、私、学生の時にもっと先生の授業を真面目に受けていましたよ! エロ教師とか蔑んでいて申し訳ありません!!
「それでは、メリナ様、私はクリスラ様を祝いに参りますので」
「はい! ありがとうございます」
素晴らしき一張羅。
お城の中に入って、誰も居なさそうな小部屋でお着替えしました。
新たな服も聖竜様から貰った時の極めてシンプルな印象を残したデザインでして、全体的にはゆったりです。でも、肩や首の部分は花柄のレース調になっていますし、腰の括れを強調するための帯も少し豪華になっていました。ビリビリに破れたはずで、どうやって直したのかは分かりませんが、正に職人芸。
これはダンスホールに行って見せびらかすしかない。淑女メリナが皆の注目の的になるのです!
私はそう思って人々の集まる場所へと向かいます。
「メリナっ! お前はゾルとか言う下衆の結婚を祝うのかっ!!」
アシュリンさんの怒鳴り声が後ろから聞こえてきて、思わず、私は眉間に指を置いて顔をしかめます。
この服を着て暴れる訳にはいかないと判断し、私は大人しく振り返ってやりました。
「祝うかというと微妙ですが、最初に受けた衝撃はもう失くなってますね。兄が本物の変態になったサブリナの立場だけが心配です。ところで、剣王はぶちのめしたのですか?」
「ふん。引き分けた。今は、あっちで酒盛りしている」
へぇ、剣王のクセにやります。アシュリンさん、パウスさん、ミーナちゃんと揃っていたのに。邪神が手助けしたのか。
「メリナ、アデリーナをどう思う?」
ん? 話が飛びましたね。
「どう? 何とも思ってないです。たまに頼りになりますが、あいつも私を頼りにしていますから、お互い様ですね。さっきも人を殴らされました」
「ふむ。アデリーナはお前と出会って変わった。これからも頼むと言いたいところだが、少し離れろ」
「可能ならそうしたいのは山々ですよ」
「アデリーナはお前の武力に頼りすぎているきらいがある。それは良くないことだ」
「まぁ、でも、アデリーナ様が最前線に出るのも王国的には問題点でしょうから、私の役目で良いんじゃないですか」
「アデリーナにも武の才能があるっ! しかし、それ以上にお前が強いため、合理的過ぎるアデリーナは最初の選択肢にお前を選んでしまうのだっ! アデリーナの成長のため、少しは離れるのも有りだぞ!」
「いや、それって結果的には、あいつが強くなるんでしょ。嫌ですよ」
「そんな小さな考えは改めろっ!」
「じゃあ、分かりました。あいつをお母さん方式で鍛えますから、それをアシュリンさんから伝えてくれます?」
「いいだろう!」
「では、今から向かいますか」
ククク、顔面骨折するくらいに殴ったり、腸がはみ出るくらいに腹を切り裂いたりしても怒られないのです。
これは絶対に楽しいです。
アデリーナ様、私、少々鬼教官ですよ!
まずは素手で大地を割る練習ですかね。
アシュリンさんと共に到着したダンスホールではクリスラさんが何かを喋っていましたが、殆どの人は聞いていなくて、お食事や他の参列者との会話に熱心でした。
私の美しい服を見て、驚嘆される方もいて気持ち良い。
キョロキョロとアデリーナ様を探しつつ、私は係の人がお盆に載せて持ってきたパンを頂きます。
絶品。
ビックリしました。
アシュリンさんも一口だけ食べて、細い眉をピクリと動かしました。




