不死の肉体
強い。
パットさんの姿の時は一撃粉砕できた頭部なのに、今は何度殴っても壊れない。むしろ、頭の下にある床石が陥没していく有り様です。
「竜の巫女メリナ――」
敵は喋りかけて来ますが、無視して左右の拳を振り下ろし続けます。
「いや――と耳を――けても――いいの――ろうか?」
幾ら殴っても平気です。ボコボコに口をぶん殴っているのに、普通に喋ってきます。
魔力操作で敵の魔力を動かして、皮膚を柔らかくしようと努力しても、すぐに修復されてしまいます。
魔力がフォビの体の奥から無限に湧き出てきていると私は感じました。
時間にして3刻ほど殴り、私はその行為が無駄であると悟って立ち上がります。
こいつは殴っても死なない。ならば、魔法と思ったのです。
ゆっくりとフォビも起き上がります。
「ふぅ。気が済んだか、狂犬め」
憎々しい蔑みの言葉を頂きましたが、私は無視して詠唱へと入ります。
ガランガドーさん! 聞こえてますか!?
きっと聞こえていますよね!
私の体を操って良いから、特大魔法をお願いしますよ!!
「お前の願いは神殺し。しかし、それは叶わぬ願い。なぜなら――」
うるさい、死ね。邪魔するな。
私は願う。願うのはガランガドーさんじゃなくて聖竜様。あとはガランガドーさんが適当に魔法の詠唱句へと仕上げてくれるのです。
『聖竜様、私、メリナです。お力をお貸しください。今から全力で撃ちます。狙いは、神を僭称する不貞な輩です。あっ、神って言っても聖竜様には全く関係ないヤツですからね。どうかぶっ殺せるくらいの獄炎をお願いします!』
思い終えて、私の口が勝手に動き始める。
ガランガドーさん、よろしく!
「我が御霊は聖竜と共に有り、また、夢幻の片傍に侍る者なり。我は乞う、暗れ塞がる深淵に潜みし物憐れなる臥竜。故国も旧里も優河の彼岸に追いやりし、口惜しき輝きとともに果てたる紅雲。旗鼓と柵原は幽玄なる辰星と化して墜つる。褫奪したるは僭嫚なる羅衣を羨む樗散。陰騭を願い――」
「ま、待てっ! 待って!!」
待つ訳がありません。
前に出して両手に膨大な魔力が集まります。
フォビは私の体内の魔力に悪さをしようとしているようでしたが、先程と同様に全ての堰を潰します。
「――虠々たる玉花、嫋やかなる冥き火鷲。貫く其は限りも知らぬ、竜の嘶き」
目の前に白い火柱が壁のように聳え上がります。願い通りにフォビを貫く火炎魔法だったのですが、サイズが大き過ぎて、後ろに立つ私にはそんな風に見えたのです。
やがて魔法が消失します。
かなりの魔力を消費したけども、魔力切れの様子は無し。存分にフォビの魔力を吸った効果でしょう。
「お前、正気か?」
離れた場所からフォビの声が聞こえました。
あれを避けるのかと驚きます。
「正気ですが、何故にそんな感じで質問を?」
「我を消滅させたとして、お前はどうやって世界に戻るのか?」
「あっ、考えていませんでした。殺してから考えますね」
私は2発目の準備に入ります。
ガランガドーさん、準備ですよ。
「我は100の内10の力しか出しておらぬ」
「では、負け犬の遠吠えにならないように本気をお出しください。あっ、でも、私は待ちませんよ。むしろ、力を発揮させずに殺すのが戦闘の鉄則ですので」
不意を突きたいので、私はフォビの動きをよく観察しています。
「ごほん。竜の巫女メリナよ。お前、我の代わりに神にならないか?」
「……女神のような気品の高さが隠しきれていないから?」
「いいや」
あっさりと断言で否定されました。
つまり、喧嘩を売られました。
「我には勝てぬ。神を殺せるのは神のみである。神となって我を倒すのも一興では?」
「言い逃れは聞き苦しいです。根拠のない話で誑かすつもりですね。殺す殺さないは私が決めます」
「なら、試すが良い」
時間稼ぎに乗ってやったこともありますが、フォビは反撃を試みて来ました。
迎え撃つ為に足を強く踏み込んで構えます。
またもや目に見える世界がスローとなります。
足をゆっくりと上げ下ろしして私の方へ向かって来るフォビ。
私は軽々とその後ろに回って背骨を蹴り倒す。転げた延髄を踵で踏み潰す。ひっくり返して心臓と下腹部に氷の槍。宙に放り投げて叩き落とす。そこへ火炎魔法。
何回も殺したはずなのに、フォビはむくりと立ち上がります。流血さえも見られません。
「強い。が、無駄である。世界を守り、同時に守られている我にお前の攻撃は無効である」
私は無言。なんとか我慢をしていますが、体力の消耗が激しくて息が乱れそうです。
「気が変わった。前言を撤回し、スードワットを得たいというお前の願いは反古にする」
「なっ!?」
何をぬかすかと、私の戦意が高揚します。
再び、肉弾戦用の構え。左手を前にして半身になります。
「ただし、100%の我を倒すだけの力を証明できれば叶えてやろう」
倒すとは殺すと同義なのでしょうか。
……何にしろ方法はあるはず。
いや、それよりも確認すべきことがありましたね。
「その約束も反古にされそうですけど?」
「ふむ。では、証文を与えよう」
その直後、軽く握る左拳に紙が挟み込まれました。これも不思議な技です。
「では、世界に戻るぞ」
「良いとは言っておりません」
「ふん。お前は怠惰な者であり、気になる点はあるものの、魔力の出し入れの制御も充分。認めてやる。さぁ、私を倒すという目標に向けて努力するが良い。今のままでは私を倒すのは不可能と分かっているのだろう?」
「……」
絶対に方法はあるはず。でも、分からないのはその通りでした。
「この体は元の持ち主に返すが、いずれお前の前に現れる。その際に決着を付けようぞ」
私の返答を待たず転移魔法が発動され、視界はコリーさんの結婚式をした祭壇の前となりました。
「わっ、メリナ様! どうされたんですか?」
パットさんが私に驚きます。
こいつはフォビが成り済ましたパットさんなのかどうかが分かりません。
「パットさんこそ、ここで何を?」
本人かどうかの確認をする為のブラフです。
「えっ? えぇ? すみません、ここはどこですか?」
演技かもしれないなぁ。
「パットさん、本当に悪いんですけど、頭を破壊させてくれませんか? それで本物かどうかを確かめたいんです。死んだら、本当のパットさんだったということで」
「極悪じゃないですか!? あはは、メリナ様は相変わらず切れ味鋭いブラックジョークを仰いますね」
うーん。
困りました。
しかし、人々はお食事会に動き始めておりまして、空腹の私もまずは腹拵えをして、それから検討することに致しました。
美味しそうな匂いがあちらこちらから漂って来るのです。




