お説教
部屋を出た時にコリーさんが申し訳なさそうに頭を下げられましたが、私も嘘を吐いていたので、こちらからも頭を下げます。悪党に対しても悪いことは悪いと謝罪できる私は立派です。
その後、アデリーナ様を先頭に食堂へと連行されました。
最後尾はメイド服の女性でして、まるで私が逃亡しないかのように見張っている感じでした。でも、うん、その人、スマイルは保っておられるので、見守ってくれているだけかな。
椅子に座らされました。私の左右はコリーさんとオズワルドさんです。
長方形の机を挟んで正面真ん中にアデリーナ様が鎮座しました。メイド服の人は私の背後です。
「まずは、コリー・ロバン。貴女から責めましょう」
アデリーナ様はジロリとコリーさんを睨みます。
「メリナさんは怠惰で御座います。良かれと思って厚遇すると、永遠にサボり続けます。冷遇してもサボり続けますが、少しは抜け出そうと努力を見せますので、まだマシで御座います。コリー、貴女はメリナさんを理解していない」
「ハッ! その有り難きご切諌を肝に深く銘じます!」
「まったく……アントン卿がご一緒ならこうはならなかったと存じます。ですが、そこのバカがバカをする前に、宿に監禁したとも言えますので、そこは誉めましょう。今後は私を失望させないように。貴女は陪臣の立場であるので、私が誅するのも筋違いではありましょうから、ここまでとしますか」
えっらそう! アデリーナ様のくせに偉そう!
恐縮するコリーさんに代わって、私が憤慨してあげます。
しかし、アデリーナ様は視線を変えて続けます。
「次にオズワルド。何故に私の命令を無視して、メリナさんに便宜を図ったのか?」
「畏れ多くも、現人神たる至高の方、私などに声を掛けて頂き――」
「質問に答えなさい」
オズワルドさんは身を縮めるばかりです。かわいそう。
「か、快適な宿生活を送って貰うのが私の仕事ですので……」
「平時においてはそうでしょう。しかし、今回は異なります。それも分からないようでは、私は貴方に幻滅するしか御座いません」
ほんと、何様っ!
オズワルドさんは私の味方なんですよ!
でも、健気なオズワルドさんは肩を震わせながら黙って我慢しています。
「良いですか、メリナさんを甘やかしても良い事は1つも御座いません。調子に乗って自惚れるだけで御座いますよ。ねぇ、メリナさん?」
むっ、ここでこちらに話を振ってくるのですか。
「アデリーナ様、善意は善意として受け取るべきだと私は思いますね」
ふん。ちゃんと主張しておきます。言われたい放題は良くないです。
「そう。善意なので御座いますよ。人が道を踏み間違えるのは善意からが多いのです。自らでの成長を止めてしまう甘い蜜。それは毒と同じで御座います。オズワルドにもチャンスを与えましょう。メリナさんが確りと自立されたなら、私は貴方を許します」
「は、はい……」
「そうすれば、ルーフィリア・エスリウも貴方に感謝するでしょう」
「は、はい!」
うわぁ、嫌な流れで御座いますよ。
断ち切ってやらないと、私の安眠生活の危機で御座います。
「えー、ルーフィリアさん? 誰ですか、それ。私には関係ないですよね。オズワルドさん、折角の報恩の機会を逃して良いのですか? 困っている私を命に代えても助けると仰ってましたのに」
焦りもあって多弁ですが、これくらいは言っておかないと。オズワルドさんは完全に意気消沈していますからね。
「……メリナ様、悪夢のルーフィリアです。諸国連邦との模擬戦終了後、メリナ様と共に大暴れされていました」
いや、模擬戦も覚えていないんで、そんな事を言われても分かりませんよ、コリーさん。そもそも大暴れって、私の性格とは相容れない言葉ですし。
「メリナさん、ルーフィリアさんは貴女のお母様のお名前ですよ。王都に居た頃のお名前。メリナさんはご存じなかった?」
「う、嘘です! そんなの聞いたこと、ないもん!」
「別に知らなくても結構で御座います。重要なのは、今の怠惰なメリナさんについて、お母様がお知りになったら、どうなるのかなって思いまして」
…………ごく。
どうなるのでしょう。
都会の厳しさに負けた私を優しく迎えてくれ――ないかも……。
『強くなりなさい、メリナ。骨折する程に骨は強くなるの。さあ、背骨や頭蓋骨を破壊しましょう。私が殴ってあげるからね。大丈夫。死にそうになるくらいが丁度良いのよ』
幻聴が聞こえました……。
修行中のお母さんは鬼神の如く、私を痛め付けます。めちゃくちゃしてきます。
思い出しただけで、体がガクガクぶるぶるしました。
「アデリーナ様、誤解があります。私は生活の糧を得るため、占い師や花屋として頑張っていました。今もこの薄汚い宿で、次の仕事を何にしようかと検討していた次第です。……だから、お母さんには伝えないで下さい」
「えぇ。期待していますよ」
アデリーナ様の優しい笑顔に私は安堵します。命拾いしました。
続けて、彼女は私の両脇にいる2人に話します。
「良いですか、何度でも言います。メリナさんは怠惰な人間です。フェリスの報告では、金の当てもないのに、体型も竜になりたいのかと思うくらいに食っちゃ寝していると聞いております」
誰だよ、フェリスって。そいつが告げ口してやがったのか。
「コリーがお金を貸しているそうで御座いますね。私の予想ですが、メリナさんは妙に義理堅いため、借金を踏み倒すことは致しません。ですよね、メリナさん?」
「はい! もちろんです!」
元気に明るく返答しました。誉められたので。私の返事にコリーさんも少し笑顔になりました。
「コリー、安心してはなりませんよ。メリナさんは常人では御座いません。恐るべき積極性をお持ちです。借金を踏み倒すのではなく、借金を帳消しにすべく、いずれ貴女を殺しに掛かります。断言しましょう」
「なっ!!」
「アデリーナ陛下! それはあまりに過言ではないでしょうか!」
私とコリーさんの声はほぼ同時でした。
「メリナさん、どうですか?」
「……アデリーナ様は心が読めるのですか……?」
「えっ!?」
あっ。すみません。驚きすぎて素直に口が動いてしまいました。
コリーさんも心ばかり椅子を動かして距離を取られます。そして、すんごい凝視です。
「コリー、メリナさんを信じ過ぎないように。私も何回も裏切られております。オズワルド、お前の貪欲さを評価したのもあって、シャールで生きる許可を出したのです。メリナさんが暮らしていけるように指導をお願い致します。また軍で鍛えられますか?」
「いえ! そればかりは!」
オズワルドさんの反応にアデリーナ様は満足されたのか、いつもの冷たい笑顔を見せました。
くぅ。アデリーナ様、いえ、アデリーナめっ! 私の平穏で豊かな生活に終止符を打ちやがりましたね。
マジでこいつ、何様なんでしょう! まるで、王様です! クソッタレな暴君です!!
「それでは、わたしも甘えを断ち切りましょう。記憶を失くしている無能なメリナさんは公職停止処分。ラッセンの領地はしばらく没収。それで宜しいか?」
「はい」
そもそも思い入れも場所も分からない領地なんて要りません。記憶を失くす前の私も同感でしょう。
「では、コリー。貴女はラッセンに戻り、代官引き継ぎの準備に入りなさい。ああ、神殿にイルゼが来ております。移動は彼女の転移魔法をお使いなさいね」
「……承知致しました」
コリーさんの声には不満ではないけれど、苦渋の承諾って感がたっぷりと乗っていました。
「安心なさい。メリナさんの目付けにはフェリスを付けますから」
「えぇ!!」
背後のメイドさんが叫んで、私はビックリしました。
「諸国連邦での役目と同じなのですから、慣れたものですよね? では、コリー、一緒に参りましょう。神殿まで私の馬車を用意しております」
アデリーナ様はコリーさんを連れて出ていってしまいました。




