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誰も見ていない場所で

 真剣に戦いに臨む前の習慣なのですが、私は靴紐をギュッと気合いを込めて結び直します。


「アデリーナ様、あいつ、めちゃくちゃ強いですからね。それをノープランで襲うんですから、ちゃんと掩護射撃をお願いしますよ。間違っても私の太股を刺さないように」


「大丈夫で御座います。そんなマネをした記憶は御座いません」


「深刻な記憶喪失ですね」


「アディちゃん、誰を襲うの? 私にも頼っていいんだよ」


「フロン、貴女はここに待機して精神魔法が使われているかどうかを確認。メリナさんが掛かっているようなら、それを解除しなさい。それから、メリナさんが瀕死になりそうになったら救い出す任務です」


「……化け物が瀕死になるくらいの相手? 化け物、ちゃんと仕留めてよ。絶対、私じゃ手に余るどころか返り討ちじゃん」


 私は足をグネグネしてフィット感を確かめる。



「巫女さん、デンジャラスよ。いくらアデリーナさんの命令でも考え直したら?」


「いえ、あいつは油断しています。ここはチャンスかもしれません」


「それはストロングだから、それに裏打ちされた余裕がそう見えるだけよ」


「強過ぎるが故の油断で御座いますよ」


 アデリーナ様の言う通りです。


「ほら、メリナさんが見習いさんにいじめられても歯牙にも掛けてなかったで御座いましょ?」


「まぁねぇ」

「あれを無視できた化け物は、まぁ誉めてやるわ」


 ……初耳なんですけど? 私、いじめられてました?


「全く記憶にないんですけど? まだ記憶喪失が残ってましたか……?」


「頭から水を掛けられたり、お金をせびられたりしてたじゃん?」


 えっ、記憶にない。


「それは、偶々コップを持って躓いただけだったとか、貧しい実家に仕送りしたいって言ったからとか……?」


「んな訳ないじゃん。あんた、食事の度にずぶ濡れだったじゃん」


 いいえ、そういう偶然もあり得ます。フロンは心が醜いのでそう思ったのでしょう。私が苛められるはずがないですもの!

 救いを求めて、私はルッカさんを見ます。私がベリンダさんとともに姉さんと呼んだ女性です。それだけ頼り甲斐のあるのです。


「言いにくいけど、巫女さん、寮を追い出されそうになってたわよ」


「それは見習いじゃないのに居座っていてたから……私にも悪いところがあるのかなって……。あれ? でも、そこらの記憶もまだ戻ってないや……」


 すごく暗い気持ちになりました。

 ショックです。あー、誰でも良いからぶっ殺したい。



「さぁ、メリナさん、お行きなさい!」


「このどうしようもない想いを全力でぶつけてやります!!」


「その意気ですよ!」


「行って参ります!!」


「巫女さん、本当にテイクケアよ」


「ルッカさん、絶対に裏切らないで下さいよ!」


 私は駆けて、それから大ジャンプ。式が終わってバラけつつある参列者の方々の頭上を一気に飛び越します。



 パットさんは後ろを向いていました。私の動きに全く気付いている様子はなく、まずは氷の槍で牽制。


 ショーメ先生やお母さん、クリスラさんが私に視線をやってはいましたが、アデリーナ様が上空に放った光の矢のお陰で、本件が女王陛下の意図と知らしめることに成功。結果、邪魔されませんでした。


 奇襲を受けたパットさんは胸や腹を氷で貫かれていまして、私はそれで良しとせず、頭部を砕くために、空中で腕を振り上げます。


 膝を屈して沈むパットさんに狙いを定め、一気に下ろす。余りの速さで、腕に空気の渦が(まつ)わるくらい。

 轟音とともに破裂する頭。私はパットさんを仕留めたつもりでした。



 視野が暗転。

 それからゆっくりと明るくなるにつれ、私は別の空間にいることを知ります。

 アデリーナ様やフロンといった味方から分断されたか。


「我は何故に襲われたのであろうか?」


 10歩ほど離れた所からフォビが語り掛けてきました。

 あの程度では致命傷を与えるには能わずでしたか。


「お前の『聖竜様を預ける』と言った言葉に疑念を感じたためです」


 フォビは片腕を回してから答えます。


「意味は分からぬが――」


 ヤツの魔力が膨れ上がるのが分かる。


「強き者に挑みたいのであろうなっ!」


 言い終えると同時に、凄まじい大きさの火球が斜め上から私を襲う。

 でも、私は冷静。表面を炎の舌が舞うのも見えるくらいに、しっかりと見据えています。


 炎が私を包む。

 そして、その炎の魔力を操り、自分の物へと消化します。久々の魔力吸収ですが、うまくできて良かった。


「……驚いた。それは良くない素質だな」


 全速で近付く私にフォビは呟きで返しました。


「勝手なことをほざくんじゃありませんっ!!」


 下腹部を狙った私の蹴りは避けられる。

 転移魔法で消えたのです。


 ダメだ。ちゃんと冷静にしないと。

 精神を研ぎ澄まして対峙しましょう。

 私は大きく息を吐きます。



「竜の巫女メリナよ、ここで留まるが良い。我を本気にしたくないのであればな」


「うるさいですよ」


 声の聞こえた再出現場所へ氷の槍を連射。フォビが滑るように移動していき、避けられた氷の槍が順に床へと鋭く刺さっていきます。まるで、フォビの移動の後に氷の樹林ができるのかと見紛う程の量です。


「とんでもない魔力だ。マイアやルッカが褒めるのも無理はない」


「それはどうも」


 氷は囮。

 転移魔法で逃げる可能性はあるものの、1発はぶち当てたい。そんな思いで、氷魔法の魔力に隠れて私は接近していたのです。


 不意を衝いた私の拳はフォビの顎を掠める。


「なかなか速い」


「転移はさせませんよ」


 フォビの体内の魔力の動きを察知。

 その魔力を無理矢理に止めます。

 目を見開いて驚くヤツの顔面に、もう片方の拳を叩き付ける。


 そのまま氷の槍を何本も砕きながら吹き飛んでいきます。

 でも、不思議なことに氷は飛び散るものの、落下速度が極端に遅い。

 あれかな? ヤナンカを仕留めた時にもそうでしたが、体の反応が超高速になってるのかも。うん、負ける気がしない。



「うふふ、当たった。神様といえど、その程度ですか」


 敵がこの程度で倒れるはずもなく、ゆっくりと立ち上がります。

 今度は私の体内で魔力の動きに乱れが生じました。

 これは先の異空間で私とアデリーナ様の体の自由を奪った術。


 しかし、あの時と違い、自分が何をされているのかよく理解できます。

 体の節々にある魔力が集まる場所に堰を置かれている。そんなイメージを持ちました。

 なので、それらを魔力操作で破壊していく。


「恐ろしい者だな。私のスピードに付いてくる思考速度と体の反応、魔力を自在に扱う素質」


「えぇ、今の私は研ぎ澄まされております」


 フォビの左手に盾が、右手に剣が現れました。


「2000年前に大魔王ダマラカナを封印した時と同じ装備である。自覚なき魔王よ、恐れ(おのの)くが良い」


「ふん。誰を魔王呼ばわりしているのですか」


 私は鼻で笑います。


「私は聖竜スードワット様のお嫁さんになる者です。ふざけたことを言うんじゃありません」


 突撃。


 突かれた剣に対してスライドして鼻先で躱し、そこから回し蹴り。生意気にも防ぎにきた盾を脛で叩きます。

 足の骨が折れましたが、相手の体勢も崩れる。

 手で強引に頭を押して床に倒し、馬乗りになります。


「……何者だ?」


「2度も同じことを言わせるんじゃありません。恥ずかしい」


 私は圧倒的優位なポジションで、顔面を殴り続けるのでした。

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[良い点] 「私は聖竜スードワット様のお嫁さんになる者です。ふざけたことを言うんじゃありません」 [一言] 竜魔王メリナ強い!
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