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願いと約束

 ルッカさんは静かに日記帳を閉じ、アデリーナ様に返します。


「サンキュー、アデリーナさん。あの人の優しい想いが伝わってきた……」


「えっ。地下迷宮で喉が乾いたから湿った岩を舐めたとか、そんな話ばかりでしたよね? そんな想いが有り難いんですか?」


「メリナさん、それ序盤中の序盤で御座いましょうに。どこまでお読みになられました?」


 ……確か、ベッドで寝ていた2人の前にフォビが現れた日までです。ルッカさんの魔法がキャンセルされ、旦那さんの魔剣は指先で止められたとか有りました。


「いやだなー、アデリーナ様。私が他人の日記を勝手に読むわけないじゃないですか。あはは。えっ、アデリーナ様は他人の日記を読む趣味でもあるんですか? 友人を失くしますよ。元から誰一人として友人がいなくて良かったですね」


 フォビが現れた日も序盤中の序盤でしたので、誤魔化したのです。


「ここまで古い日記ですと歴史的文書で御座いますよ。友人を持つ歴史学者や文学者はいないとでも仰るの? あと、私には貴女という友人がおります」


「アディちゃん、私もいるよ」


 否定され続けても挫けない、お前らの強メンタルは凄いですよ……。



「で、ルッカさんは何に涙していたんですか?」


「あの人の愛よ」


「いや、その愛が具体的にどこに書かれていたのかなんですけど」


「ここらで御座いましょう」


 アデリーナ様がペラペラと本を開きます。


「どれどれ?」


 私も指された文章を覗き込みます。ほぼ興味心だけの行動でした。フロンも同様に寄ってきました。


“また出会ったロルカの父は、女の願いを叶えるのを信条としている。私も倣って心掛けよう”


 ふむ。フォビと話をする前なら、紳士的な考えですねくらいで気にしない文章でした。


「ロルカって誰よ?」


「ルッカさんの昔の名前」


 短くフロンの疑問に答えてやります。



 続いて別の日。


“ロルカは慎ましい。その願いも他愛ないものが多く、しかし、それが心地よい毎日。腹の子は元気に胎動していた。この子は私とロルカの愛の結晶”


「子は愛の結晶とか死語に近くてお寒いですね。あっ、500年前なら普通だったんですか?」


「もぉ、巫女さんはクレイジーなんだから」


 その他の箇所にも熱々のおのろけが書かれています。私は身震いしました。なので、なるべく、そういう所は避けて読みましょう。



“父からの使者が遠くシャールまで来た。世話になった叔母の葬式であるからには出席さぜるを得まい。この機会にロルカとノヴロクのお披露目も済ませてしまおう。母からは、王家の誇りを穢す不埒な不届き者と罵られるだろうな。うまく説得しなくては”


「遠い? 転移の腕輪を使えばすぐなのに」


「当時はデュランは王都に服従しておりませんので」


「転移魔法を使える人を一定距離で置いて、リレー形式で連続移動する方法もあるって聞いたことありますよ?」


「それは最近の発明で御座います。魔法使いの数が増えたのは、ここ100年くらいという説が御座います」


 ふーん。


“叔母の喪が開ける間もなく兄が急死した。結果、私が王となる道が開けてしまった。先日、悍ましき王家の秘密を知ったばかりで動揺している私は苦悩の中にいる”


「秘密ってブラナンが代々の王の意識を乗っ取ってしまうことですよね?」


「そうでしょうね。ブラナンがお試しでこの男の体に入り、記憶の1部を移されたのでしょう」



“ノヴロク、そして生まれてくるであろうノヴロクの兄弟やそれらの子にこの悲劇を引き継ぐ訳にはいかない。ロルカと相談したい。あいつに意識を奪われる度に事態が悪化している。何とかロルカに状況を。しかし、彼女の純真無垢な笑顔が王国の暗い歴史で濁ってしまうだろう。それを私は望んでいない”


「ルッカさん、笑顔をしてみてください」


「うん? 良いわよ。はい、スマイル」


「あー、この人の懸念通りに濁りきってますね」


「失礼ね!」


「歳食ってるからじゃない?」


 まさかフロンにまでそう言われるとはルッカさんも心外でしょう。


「フロンさんもセイムでしょ」



“ロルカは既に知っていた。昔の知人から聞いていたとのこと。始祖を倒す方法も授かっているらしい。語る彼女の目と声に悲しみが隠れていた。私は悟った。私ごと始祖を殺すつもりなのだろう。無論、受け入れる。それが私の愛した彼女の願いなのだから”


「あの人、こんな覚悟をしていただなんて……。私、とってもセンチメンタルになるわ」


「始祖ブラナンはノブロクさん経由でルッカさんを乗っ取るつもりだったんですよね。不死の体が欲しくて」


「そうね」


「別にルッカさんじゃなくて他の魔族でも良かったんじゃ?」


「……たまに賢いわね、巫女さん。それもそうね」


「その通りで御座います。手頃な魔族が始祖の傍にいたのですから」


「ヤナンカってやつ?」


 フロンが聞きます。


「そう、ヤナンカと子を作るのが自然な思考だと推測します。その子を経由してヤナンカの体に入る。そうすれば、簡単に不死となれた。なのに、それをしていない」


「ヤナンカが拒否をした?」


 あいつは計算高く、それから生への執着が強い。ブラナンの願いなど一顧だにしないと私は感じました。


「拒否しようとも、ブラナンは国と自己の為を想って実行するでしょう。そして、実行できるだけの力も策もあった」


 ふむ。


「アレじゃない? 『あいつは親友だから恋愛対象外』ってやつ。そういうのをトロトロに墜とすのが面白いんだけどさ」


 バカの言葉は無視です。が、その意見は有りかもしれません。親友より更に関係性の深い戦友だったと思います。

 いや、だからこそ、目的に向けて協力し合う可能性もあるか。子を作るのに愛は必須じゃない。


「1つの仮説で御座います。ルッカは子の長生きを願い、ブラナンに利用される形であれど、この時代まで生きる程にも叶った。ヤナンカは保身を願い、自身の分身ではあるものの、それも叶った。あの男が『女の願いを叶える者』だから」


「あの男? アデリーナさん、ひょっとして、あの方と出会っているの?」


 あれ? ルッカさん、気付いてなかったのか。

 アデリーナ様は黙って肯首します。


「願いを叶えるために何かが歪んだ。例えば、ルッカの夫は死なずに済んだかもしれない。ノヴロクも人として真っ当に生きて死ねたかもしれない」


 分かりますよ。今、アデリーナ様はルッカさんの敵愾心を煽っています。


「アデリーナさん、そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。考えるのはアンネセサリー」


 はい、ルッカさんを引き込むには弱い。


「では、ルッカよ、真実を知りたいと願いなさい。あれは『女の願いを叶える者』らしいのですから。実の娘の願いなら効力も強いかもしれません」


 言い終えて、クククと笑うアデリーナ様は魔王みたいでした。


「そして、はっきりするまで私どもに手出しをしないと約束なさい」


「……あの方の強さに比べたら、私のヘルプなんて誤差よ」


「約束なさい」


「えぇ。分かったわ」


「アディちゃん、そいつ、すぐ裏切るよ」


「大丈夫で御座います。私は『ルッカが仲間になるように』願いました。ならば、叶うのでしょうよ」


 任意で叶えないという選択も取れるかもしれないのに。アデリーナ様はギャンブルに出たのか。


「それ、私の味方にはなってないなんてオチじゃないでしょうね」


「あはは、巫女さん。トラストミーよ」


「何回トラストして裏切られたと思ってるんですか」



 式の終わりを告げる鐘が鳴る。


「メリナさん、今からはお食事と余興で御座いましたね」


「そうでしたか?」


「パットの紙に記載が有りましたよ。では、余興を始めましょう。メリナさん、全力でパットを殴り付けなさい」


「構いませんが、その後の援護はお願いしますよ。特にお母さん対策を」


 どうやら血の池地獄への先導者は私だったようです。

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