敵を味方に
コリーさんとアントンの依頼は盛大にということでしたが、その願い通りに多くの人が集まっていました。
ここはお食事会場のダンスホールに近く、先の3組の式を終えた人々も集まって来るからでした。
だから、2人に関係のない諸国連邦の人々さえ来ておりますし、乱闘騒ぎを逃れた冒険者の方々も大勢います。
クリスラさんの式でその正体がばれたマイアさんはデュランの人達を恐縮させてしまうということで、服を着替えフードで顔を隠した状態でいました。
アントンのご両親の周りには、私の予想に反して、一際、人が集まっていました。
マイアさんの復活を知ったデュランの守旧派の方々が興奮して集まっているのでしょう。
「あっ!」
私は思わず声を上げてしまいました。
「どうしたの、メリナ?」
お母さんが優しく訊いてくれましたが、私はあわわとなって答えられません。
結婚指輪をどこかに忘れた……。そんな事を告げたら、「まぁ、じゃあ、不合格ね」ってお母さんから折檻を受けるに決まっています。
どこに置き忘れた? そもそも宿から持ってくるのを忘れたか? えっ、どうしよう。もう式が始まるかもしれない。
「メリナさん、これですか?」
助け舟を出してくれたのはパットさんでした。その手には細長い木箱があって、私は飛び上がって喜びます。
「そうそう、これこれ! あー、なんだ! パットさんに渡していたんだ!」
「いえ、渡されてはいませんでしたよ。これは手品みたいなものです」
「そうなんですね。細かいことは知りませんが、ありがとうございます」
そういう魔法なんでしょうねぇ。何にしろ助かりました。
さて、幅広の階段の上に大きな祭壇が設けられていて、豪華なお料理や酒がお供えされていました。
これがシャール式の結婚式なのでしょう。聖竜様に愛を誓うため、その聖竜様に礼を尽くす為に色んな料理を飾っているのです。
うふふ、でも、偉大なる聖竜様はイメージと違って甘い物が好物なんですよ。皆はその事実を知らないということが私の優越感を擽ります。
さて、祭壇の前に巫女服を着た人が立ちます。私はそれを見て瞬時に思い、それを口に出しました。
「えっ? 私、もう帰りたくなったんですけど」
「待ちなさい、メリナさん」
「そうよ、メリナ。最後まで見届けないといけないわよ」
後ろを向いた私の両肩をアデリーナ様とお母さんに掴まれました。
「でも、あれは巫女長ですよ。どう考えても今からトラブルが発生します」
「何を言ってるのよ、メリナ。あれは本物のフローレンスさん。村を襲った偽物じゃないの」
いや、偽物の方が可愛らしいくらいですよ。
「メリナ。貴女、忘れたの? 貴女に借金を押し付けられて結婚式がおじゃんになりそうだったコリーさんの結婚式なのよ。ちゃんと最後まで祝ってあげなきゃ。それが誠意よ。それとも、死ぬ?」
あっ、本気だ。目で分かる。
私は激しく頭を左右に振って意志表示です。
「それではアントン様とコリー様の結婚の儀を始めます。デュランからご参加の方々には申し訳ありませんが、おふたりは人生の新しい門出をシャールから始めたい、そんなお気持ちを込めてシャール式竜前式での祝福を希望されておりますので、温かく見届けていただきたく存じます。それでは、新郎アントン様のご登場です」
パットさんの声が響きました。
サルヴァの時のような花吹雪はありません。クリスラさんの時のような歌もありません。
ただ静かな中、正装したアントンがスタスタと祭壇の前まで階段を昇ります。上まで行って立ち止まったアントンに対して、巫女長はニッコリと一回だけ笑みを作りました。
「続きまして、新婦コリー様の登場です。輝かしい本日の主役。その美しさはシャールの湖に浮かぶ白鳥の様で御座います」
ゾビアス商店の大変に高価で豪奢なドレスに身を包んだコリーさんは、髪型もいつものポニーテールじゃなくて、後ろに流していました。ここからは後ろ姿しか見えませんが、その美貌に皆が息を飲んだのが分かります。
「メリナ、もっと前に行くわよ。ほら、クリスラさんは行っているし」
うー、巫女長に近付かないといけないかぁ。しかし、アデリーナ様が助けてくれました。
「お母様、すみません。メリナさんは神殿の仕事で警備もしないといけませんので」
「そうなの……? ごめんね、メリナ。しっかり頼むわね」
お母さんは素直に聞いてくれました。女王陛下のお言葉は重いですものね。
「ありがとうございます、アデリーナ様」
「礼には及びません。さて、メリナさん、移動しましょうか」
お前、さっき、私の逃亡を止めたばかりだろ。
「望むところですが、巫女長は意外にしっかりしていますね。難しげな言葉とか不思議な手付きとかで、何となく祝福している感じが出ていますよ」
「適当にやっているだけで御座いましょう。何なら、あの場にメリナさんが立っていてもそう思われますよ」
「今、私は誉められました? それとも貶されました?」
アデリーナ様は無言でした。ムカつきます。
2人だけで離れた木陰へと入りました。
「あの男を信じ過ぎるのはどうかと考えております」
周りには誰もいないのに、アデリーナ様の声は小さくて用心の深さが窺い知れます。
男とはフォビのことでしょう。どういう意味?
ハッ!! ……まさか聖竜様を譲るってのが嘘ってこと!?
「……あの男に騙されておりましたか? 私、ぶっ殺したいという気持ちを忘れておりましたが、再び沸々と溢れて来ました」
「サブリナの様子を見る限り、何らかの術で人の心を操作していると見るべきでしょ?」
「なるほど。しかし、どうしたものか。あいつ、正直なところ強いです」
「えぇ。私は始祖の記憶を持っていると昔に伝えたことがありますが、その始祖が考えていた以上に強いのでしょう」
そうか、それが有ったからプライドの高いアデリーナ様がたった一回の攻防で退いたんですね。
「なので、敵を味方に引き込みます」
「敵? あぁ、アレですか?」
私は空を見上げます。
しばらく探して、青い空の中に浮かぶ黒い点を見つけます。
「そう。ルッカです」
「しかし、あいつも食えないヤツですよ」
私の懸念にアデリーナ様は懐から出した書物で応えます。
「それは……ルッカさんの旦那の日記?」
「そうで御座います。巫女長がメリナさんに預けた物。活用するのは今で御座います」
それを餌に取引をするという訳か。
うまく行くのかな?
不安は置いて、私は遥か上空のルッカさんに向けて氷の槍を数本放ちます。
「ちょっ! デンジャラスじゃない! 私を殺す気!?」
すぐに降下してきたルッカさんが抗議の声を上げますが、私は冷たい視線のまま答えます。
「何回も私を殺そうとしたルッカさんの言葉とは思えませんね」
「んもぉ、巫女さんはしつこいんだから。笑って許そうよ。今日はハッピーウェディングディなんだから」
別に私はおめでたくありませんよ。爽やかな笑顔には騙されません。
「アディちゃん! どうしたの!? 敵襲!?」
魔法使用の副作用としてフロンもやって来てしまいました。
「いいえ。私は信頼するルッカとより仲良くなるために話がしたくなったので御座います」
「えー、アディちゃん。ルッカなんか仲間外れでいいじゃん。そいつ、アディちゃんも隙あらば殺そうとするよ」
「アデリーナさんは殺さないわよ」
「まるで、まだ私は殺そうと思っているように聞こえました」
「あはは。巫女さんってクレイジー」
いや、ちゃんと否定しなさいって。
「ルッカ、これをご覧なさい。巫女長秘蔵の古書で御座います」
「もぅ、明日で良いのに。そんなインポータントな本なの?」
ルッカさんは表紙も見ずに、受け取った日記帳を開きます。そして、一頁目を見た瞬間に震えだします。
「……これは……あの人の筆跡……」
気付きましたか。そうです。ルッカさんが500年前に愛した男の日記です。
時に涙を拭きながらルッカさんは立ったまま読み耽ます。
その間、私は暇なので進行中の式に目を遣りまして、コリーさんとアントンのキッスを目撃してしまうことになりました。
コリーさんは大変に幸せそうです。
でも、場合によっては、今からその周辺は血の池地獄になるかもしれません。




