結婚式の続きへ
殺意も見せずに深々と刺し終わったサブリナは立ち竦んでいました。目には涙も浮かんでいます。
「……メリナ、どうしよう?」
「ん? 大丈夫ですよ。アデリーナ様もマイアさんもきっと黙っていてくれます。帰ってからも普通に暮らせば良いですよ。だから犯罪者にはなりませんよ」
マイアさんも黙って頷きました。
「そうじゃないの……。この人を殺しても私の心は晴れなくて……。この人を殺しても、お兄様の心は何も変わらないことに気付いたの……」
おそっ!
えー、そんなの殺る前に分かるでしょ!
何、その後悔? 神様を騙っていたこいつは無駄死にですか?
「私、どうしたら良いんだろう……。きっと、お兄様も雌ブタも両方始末しても変わらない……。あぁ、あの不幸にまみれた子供を殺しても変わらない……」
サブリナ、落ち着いて下さい。
確かに子殺しは復讐として、かなり強烈なパターンですが、そんなことまで考えていたんですか!?
怖ッ! 前からうっすら思ってたけど、怖っ! 貴女の絵の通り、心の中はどす黒い物が満ちているんですね!
「何も変わらない。やっと気付いたんだな」
いつの間にか、神を騙る男フォビが立ち上がっていました。
「お前の気持ちを救えるのはお前だけだ。変わるのは他人じゃなくて、お前自身であるべきなのだ。利口なお前なら分かるな? しかし、良かった。それに気付いてくれて、我も刺された甲斐があったと言うものだ」
は?
お前、まだ頭頂にナイフが深く刺さった状態で何を胡散臭いことをぬかしてるんですか。
「う、うぅ」
サブリナはそんな男の胸を借りて泣き出します。フォビはサブリナの髪を優しく撫でます。
「何ですか、これ?」
私は2歩も3歩も下がって、マイアさんに尋ねます。
「これがフォビよ。何故か、女にモテるのよね」
「これ、モテてるんですか?」
「結果、そうなるのよ」
「今なら斬り殺せるかも、で御座いますね」
「あー、すみません、アデリーナ様。私、聖竜様を譲って頂けるそうなので、あの人を殺す必要はなくなったんですよ。止めはしませんが、お一人でお願いします」
「チッ」
まぁ、女王様の癖にど汚ない舌打ちですのと。
サブリナは泣き疲れて、そのまま眠ってしまい、フォビが出した布を掛けられて隅っこに転がっております。
「フォビ、ナイフを抜いたらどう?」
「ダメだ。これはあの女の願い。我は女の願いを叶える者だから、このままが良いのである」
「は? 相変わらず頭がおかしいわね。あと、あんたが『我』とか言っちゃうと笑いが出そうなんだけど」
「……いや、それはだな。我も『俺』で行きたいんだが、この場には初対面の女もいて威厳を保ちたいっていうバランスもあったりしてだな……。あー、最後にブラナンと話した時は俺が突っ込んだ側だったのに何やってんだかなぁ」
こいつ、ダメそうなヤツですね。
到底、神様だなんて思えない。
ハッ! 思い出した!
こいつはルッカさんの父親だ!!
えー、マジですか。ルッカさんのお父さん、頭が悪そうなヤツなんだけど。ルッカさん、とても可哀想。
「さて、竜の巫女メリナよ」
「へ? あっ、はい?」
「我は聖竜スードワットとの繋がりを秘かに切る。しばらくは影響が残るが、あとは宜しく頼む」
意味が分からんです。繋がり?
まぁ、良いか。それよりも、はっきり言っておかないといけない事があります。
「うーん。はいと言いたいところですが、秘かにではなく、聖竜様に直接お伝えください。ショックを受けた聖竜様を慰め、慰めまくって、私の虜とします」
「竜の巫女メリナよ、頭がおかしいってよく言われるだろ?」
「いいえ。そんな経験はゼロです」
ったく、純情な乙女の気持ちになんて言い種でしょうか。
「やり口がフォビと同じじゃない?」
「うん? マイアの誤解が酷いなぁ。我はそんな人間じゃない。とっくの昔に人間じゃなくなってるけどな、ワハハ。まぁ、良い。それじゃ、結婚式に戻るか」
「お待ちなさい」
制止したのはアデリーナ様です。
「私に教えると仰った、神への道は?」
「あー、そうだったな。ブラナンの意思を継ぐ者よ、まずはお前が強いことを見せてくれ」
「どうやってで御座いましょう?」
「ふむ。我はお前の願いを聞き入れようぞ」
「……読心術とは失礼でしょうに」
「すまんな。手っ取り早く話が終わるものでな。嫌なら対策を考えることだ」
男の顔や体がぐにゃりと変形していき、パットさんの顔になります。
「さぁ、結婚式の続きですよ」
陽気な声なパットさんとそっくりです。
そして、その掛け声が終わった頃には、既にシャールのお城の敷地内に戻っていました。
これが神と自称する男の魔法技術。とても鮮やか。私の動きを止めた謎の技と言い、敵対すると非常に厄介なヤツです。
どうすれば勝てるのか……。この先、どう転ぶか分からないので、よくよく考えておかなければなりませんね。
さて、剣王が結婚を宣言した舞台の上はまだ大乱戦でして、凄まじい喧騒です。関係のない冒険者も騒ぎに乗じて暴れていたようで、大勢が弾き飛ばされて倒れていました。
驚いたことに剣王はまだ立っている。
お母さんの猛攻を耐えきっていたのです!
「ぬっ! お前達、サブリナに何をした!?」
しかも、こちらを見る余裕まである始末。
この混乱の中で、ヤツが静かに眠っているサブリナに気付くとは。やはり多少は強くなっている……。
「何もしてませんよ」
「そんな事ねーだろ! おい! そこの男の頭にナイフが刺さってるぞ! それはサブリナのナイフだろ! ってか、その男はどうやって生きてんだよ!」
うるさいヤツです。
「あらあら、人の心配より自分よ。明日から胸を張って生きていけるの?」
その大きな隙をお母さんが見逃すはずもなく、剣王は腹を殴られて沈みます。
「お母さん、そろそろコリーさんの結婚式が始まるよ」
「そう? じゃあ、パウスさん、アシュリンさん、後はよろしく。ゾル君、全然反省しないから」
倒れた剣王の頭を踏みにじりながら、お母さんは言いました。
「任せてくれ。ゾルが二度真っ当な人の道を歩むようにアシュリンと共に教育してやる」
拳をぼきぼき鳴らしながら、武闘派夫婦が受けます。
私達はパットさんを先頭に石で舗装された道を進みました。馬車の轍があるので、引っ掛からないように気をつけて歩きます。
向かう先にダンスホールが見えてきました。
その近くにはコリーさんとアントンを祝う為の人が集まっていて、自分達の式を終えたクリスラさんも素晴らしい笑顔で私達を向かえてくれるのでした。




