皆の動揺と怒り
パットさんの消えた先へと足を運んでいます。姿が見えなくなったといえど、彼の行き先は次の式場と思われますので、私達は悠々と歩いております。
「パットさんが例の敵でしたか?」
「さぁ。しかし、怪しい点が御座いましたからね。ほら、今日の進行表を確認した際に天気の話になりましたよね。その時、彼は『神様のお陰ですかね』と発言を致しました。マイア教では通常、マイアを神と表現しない」
「へぇ。でも、どうして結婚式を取り仕切ってるんですか? 神様なら私のお願いを聞く必要がないですよね」
「……何故でしょう」
お前……パットさんが神じゃなかったら、勘違いで殺しているところだったんですよ!
「ほう。あの男は敵であったか?」
また面倒なヤツが絡んで来ましたね。アシュリンです。
「いや、まだ決まった訳じゃないです」
「オロ部長が気にされる程の魔力の持ち主だ。メリナ、十分に気を付けて行けっ」
「はぁ」
こいつ、何故に偉そうなんだろう。私に優れている点は先に竜の巫女になっていたくらいしかないのに。
「頼りのない返事だなっ! ヨシッ! 私も援護してやろう!」
「えー……別に要らないんですけど……。アシュリンさんはその辺で旦那さんと乳繰りあっていーー痛っ!!」
久々に拳骨を貰いました。
進んだ先は兵隊さんの訓練場でした。また、その奥は柵を挟んで果樹園になっていまして、周囲に甘い匂いを漂わせています。
普段は兵の汗を吸うグラウンドに大きな舞台が設けられ、そこが式の場なのでしょう。両脇には楽団まで用意されています。
魔力感知的に、ここは剣王とソニアちゃん、邪神の結婚を祝うのだと私は分かっております。
「よぉ、アシュリン。奇遇だな」
「パウス? 私は見廻りだ。お前はどうした?」
はい。元祖意外な組み合わせ夫妻が顔を合わせました。
「あぁ、ゾルの結婚式だ。あのミミとかいう娘に招待された。しかし、あの幼さで見事な転移魔法だったぜ。魔族ってのはやはり危険だな」
魔族どころか、魔力の塊の精霊ですからね。通称も邪神だし。
「メリナお姉ちゃん。ミーナも来たよ」
横から現れたのは背中で大剣を運ぶ少女。お城の敷地内なのに武器帯同ってのは良いのでしょうか。
「ミミちゃんから聞いたの?」
「うん。あの小さな女の子から楽しいことあるから来てって言われたの。ゾルさんの結婚式なんだね」
「ビックリするかもよ……」
含みを持たせて答えます。
「ゾル君も結婚するのねぇ。感慨深いわ」
私のお母さんも背後にいました。コリーさんの結婚式に行ったと思うのに、まさかこちらにも来るとは……。
「メリナももう少ししたら結婚しちゃうのね。子供の成長って早いわ」
「あはは。ナタリアも大きくなってたしね」
自分の話題から逸らすため、ナタリアを話のネタに使わせて貰います。
「そうそう。ナタリアも大きくなってきて。メリナ、来年にナタリアとレオン君をシャールの学校に入れるから面倒を見てあげてね」
「もちろん。任せてよ」
「メリナ正教会の人と付き合っちゃダメよ」
「あはは、心配しすぎー」
冗談ぽく言われたのに背筋が凍るような感覚を覚えました。しかし、それを一切表情や仕草に出さなかった私は凄い。数々の修羅場を生き残ってきた為に胆力も向上しているのでしょう。
だから、果樹園の木の影に隠れているサブリナを見ても動じませんでした。その手にはナイフが握られていた気もしますが、幻覚でしょう。
集まっている方は冒険者の人達が多いかな。冒険者ギルドの偉い人であるガインさんも見えます。
あと、ちらほらと諸国連邦の人達もいました。彼らはシャールの人達と比較すると服装が洗練されていないので、何となく区別できるんですよね。
さて、私の狙いであるパットさんは舞台袖にいました。
「それでは登壇です!」
軽やかに宣言して、小太鼓が鳴らされます。パットさんの声はよく響いて、これは拡声魔法かな。彼が魔法を使えたのかは不明ですが、やはり別人ではと感じました。
舞台の床が開いて、そこから剣王が機械装置に乗って浮き出てきました。
少し恥ずかしそうなのは、以前の彼と同じっぽく見えます。が、やはり、体格は変わり過ぎ。胸ポケットに白いバラを挿した黒基調の正装の上からも分かります。
筋肉お化けになったガルディスと異なり、無駄がなく付くべきところに付いた筋肉。魔力の質は変わらないけど、その量は遥かに増大しているのがはっきりと分かります。
「あれがゾルか……?」
「パウス君と同じ感想だわ。3日前とは大違い」
「強そう」
剣王をよく知る2人が違和感を確認し合い、ミーナちゃんが溢れる戦闘意欲を表に出します。
舞台の床、向かって左が開きます。出てきたのは成長したソニアちゃん。桃色のドレスに白銀の髪飾りという出立ちでして、出てきた途端に剣王の腕を取ります。
「誰だ? 俺はゾルからあの女を紹介されていない」
「私もよ。ゾル君、私に無断でお付き合いしていたのかしら」
「女の人の方も強そう。勝てるかな」
あなた方の許可は要らないでしょうにと思う私の横で、ミーナちゃんは不敵な笑みを浮かべて楽しそうでした。
なお、果樹園で震えるサブリナが見えました。私は目を逸らして気のせいだと思うことにしました。
遅れて、剣王とソニアちゃんの息子が床から出てきました。
「あんな子供もいるのか?」
「連れ子かな。ゾル君にそんな甲斐性があるのかしら」
「あれは弱いね」
剣王は子供の頭を撫でてから、咳払いをして喋る。
「照れ臭いが紹介したい。第一の妻、ソニア。こちらは俺たちの子供、ジトジール。皆、これからもよろしく頼む」
知らない人達から歓声が上がります。
しかし、私の回りの剣王と仲が良かった人間達は唖然とするしかありません。
「えっ? マジかよ。あいつ、あんな大きい子供がいたのか? ってか、あいつ、やっぱり俺の知ってるゾルザックとは別人じゃないか」
「カッヘル君の子供より大きいじゃないの。ゾル君、一言もそんなことを触れたことはなかったわよ」
動揺する2人。
「あっ、メリナお姉ちゃん。分かる? 果樹園に凄い顔の人がいるよ」
分かる。分かるからミーナちゃん、それは黙っておこうね。
「ルーさん、さっき、あいつは第一の妻とか言ったよな?」
「えぇ。パウス君もそう聞こえた?」
「あいつ、剣に生きるとか息巻いていたのは全て嘘だったのか……」
「重婚は許せても、生き様を騙っていたのはどうかと思うわね」
あっ、気付きましたか。そして、ふつふつと動揺が怒りに変わっていくのが分かります。
「メリナお姉ちゃん。あの隠れている人、ナイフを持ってるね。どうして刃に葉を擦り付けてるんだろう?」
それはね、ミーナちゃん、きっと毒を準備しているんだよ。
続いて、ソニアちゃんとは反対側の床が開き、邪神が登場します。今回も幼女の姿ですね。
「まだ子供がいたのか?」
「ゾル君のお嫁さん、メリナと同じくらいの歳なのに、もう2人も産んでいるのね。それは大したものよ」
邪神は剣王の足に抱き付いて、剣王はそれを剥がして片手で胸の前に抱く。
「こっちは第2の妻、ミミだ。皆、集まってくれて感謝する。結婚して何が変わるってこともねーんだが、俺はこいつらを幸せにするために努力する。あらためて、よろしくな」
会場は静かになりました。パットさんの乾いた拍手だけが拡声魔法に乗って響きます。
どう見てもミミちゃん、つまり、邪神は幼女でして、それを妻にって言うのは、荒くれ者の集団である冒険者達にも、異文化の諸国連邦の人達にも常識外れで許容できるものではなかったのです。
「ルーさん、俺はぶちギレそうだぜ」
「奇遇ね」
「あぁ、私もあの男には幻滅したっ!」
私の周辺はアシュリンさんまで加わって大変な事態になりそうな雰囲気です。
「あっ、戦うなら私も参加するよ」
ミーナちゃんはウキウキです。私、実はこのミーナちゃんが一番危ないんじゃないかなって思ってます。
「メリナさん、確か、あのミミは妊娠しているとか?」
「真偽は不明です。でも、本人達はそういうんですよね」
私はアデリーナ様の言葉に答えただけです。
しかし、それによって空気は更に重くなります。
「ゾル……完全に見損なったぞ」
「そういった行為をあの子供にしたってことよね? ふーん、最悪。人類の敵」
「パウス、この式は破壊すべきだろうっ!」
結婚式はこれ以上になく悪い方向へと導かれて行っていますが、私としてはどうでも良い。むしろ、お母さんが潰す意向ですので、それに従わせて頂きますよ。
ここは点数を稼ぐチャンスと見ました。
「ミーナちゃん、やっちゃいなさい」
「えっ、良いの?」
「良いですよ。あっ、そうだ」
「何だろ?」
「あそこに見える司会の人からやりましょう」
パットさんです。
「うん、分かった」
ミーナちゃんは背中の剣を抜きました。いえ、シャールの街中で一般の方が武具を抜くのは違法行為でして、それを知っていたのか、ミーナちゃんが手にしているのは鞘に入ったままの大剣です。
「ゾル! いや、ゾルの名を騙るクズッ!!」
パウスさんが叫びます。
と、同時にミーナちゃんが突進!!
真っ直ぐに滑空するかの如くスムーズで且つ素早い足捌きはミーナちゃんの戦闘能力が更に向上していることを示しています。
虚は突けた。
背が高くて目立つパウスさんの強烈な殺意。それに注目している最中に、小さなミーナちゃんが低姿勢で突っ込んでいるのです。
パットさんは一撃で果樹園の樹まで吹き飛ばされます。
「続くぞ、パウス!」
「あぁ! ルーさんも!」
「ゾル君が反省するまで殴り続けるわ!!」
血気盛んな方々も剣王を狙って前進を始めました。
「さて、パットさんはどうですかね、アデリーナ様? あっさり倒されましたよ」
「演技かもしれません。負傷の程度を確認しましょう」
「了解です」
舞台周辺は大乱戦となっていたので、それを避けながら、私達は果樹園と向かいます。まだそこにいたサブリナと目が合って、私はブルッと体を震わすのでした。




