外れたら撲殺
聖女クリスラ。
彼女が聖女であった時、確かに人々に慕われ、また、その権威はデュランの都市中に満ちていました。
でも、引退してから2年間でその威厳はすっかり失われました。明らかに変な髪型と服装になって街を闊歩していたからです。ショーメ先生だとかパットさんだとか変わらぬ信仰を示す人たちはいましたが、かなりの少数派だったはずです。
なのに、今日の式では大勢の人々が集まっています。イルゼさんが張り切ってデュランから人を集めたのだと推測しています。
聖女としては優秀だったクリスラさんの結婚式となると、幻滅したとしても見てみたいものでしょうから。
声楽隊の澄んだコーラスが始まります。
聖竜様を崇めるシャールの地で、異教の歌が流れるのはどうかと思いますが、綺麗な歌声は素晴らしくて、そんな些細なことで止めるのは大変に惜しいものでした。
クリスラさんは所謂、お姫様ダッコという状態でガルディスと共に登場します。彼女の歳を考えるとかなり無理のある演出ですが、それを指摘する者はおりませんでした。白いドレスにくるまれたクリスラさんと、同じく白いスーツに身を包んだガルディスは笑顔でした。
「ラブラブで御座いますね……。ちょっと1歩退きたくなるくらい」
「私もドン引きですよ」
珍しくアデリーナ様と意見が一致しました。
「そもそも、あの男はスラムにいた男本人なので御座いますか?」
筋肉質に変貌したガルディスにアデリーナ様は疑いの目を向けていました。
「そうだと言うので信じるしかないです。マジであの異空間ってヤツは危険ですね。行かなかった人間は置いてけぼりにされます」
クリスラさんを両腕で運ぶガルディスは左右の参列の間を通り、祭壇の前で足を止めます。
そこにいたのは聖女イルゼ。イルゼさんの次の聖女を考える程に彼女への評価が低くなっているクリスラさん的にそれは良いのでしょうか。いえ、和解して頂けたのなら私も一安心です。
聖女を引退したイルゼさんって、もう価値がなくて、本人もそれを理解していて自死しそうだから。
イルゼさんが消える。転移かなと思ったけど、ずっと消えたまま。
観衆がザワザワとし出しますが、新郎新婦は微動だにしなかったので、彼らの動揺もやがて収まります。ただ、彼らの神であるマイアさんを讃える歌だけが響きます。
「逃げました?」
「そうは思いません。イルゼは結構図太いので御座いますよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。落ち込みはしますが、立ち直りも早い」
確かにそうかも。あれだけお母さんにやられたのに、メリナ正教会の立て直しを諦めてなかったもんなぁ。
アデリーナ様の予想通り、イルゼさんは戻ってきました。
マイアさんを連れて。
きょろきょろしているマイアさんは、とても庶民的に見えました。イルゼさん、ちゃんと状況を説明しているのかな。心配です。
なお、クリスラさんは慌ててガルディスから下りまして、平伏しております。ドレスが汚れるのも気にしていない様子。ガルディスも愛しの新婦に従って両膝と両腕を付いて同じ体勢になっています。
「えーと。ご結婚おめでとうございます」
「勿体無いお言葉……」
頭を下げたままのクリスラさんの声が聞こえました。
「ずっと仲睦まじくお過ごしください。2人に祝福を。で、クリスラさん?」
「はい」
「あなた、筋肉が好きなの?」
「……はい」
……そうだったんだ、クリスラさん……。
「あれ、誰?」
「あのクリスラ様が跪いているんだから、王族じゃないか?」
囁き合う参列者の人達。落ち着かない彼らにイルゼさんが近寄ってきて伝えます。
「偉大なる聖女クリスラ様を祝うため、マイア様が顕現なされています。さぁ、皆様、大魔法使いマイア様に頭を下げ、マイア様とともに2人の門出に祝福を」
「えっ、本当……?」
「あのクリスラ様が従っているんだから……」
「全ての叡知を司るマイア様……。本当に?」
最初は戸惑いでした。でも、1人2人と地面に頭を擦り付けるくらいに伏していくと、あとは雪崩を打ったかのように全員が続いたのでした。
なお、ショーメ先生だけは立ったままでした。この人はぶれない。デュランの民としてはどうなんだと思わなくもないですが。
「あら、メリナ様。こうも皆が頭を下げると自分が偉くなった気分になりますね」
ショーメ先生がこちらに気付いて歩み寄って来ました。
「いや、頭を下げててもショーメ先生の所からだとお尻を向けられてたじゃないですか」
参列者の最後尾にショーメ先生は位置していたので。ほら、今の発言だってそこにいる貴族風の人達に聞こえますよ。ショーメ先生は結構な自由人です。従順そうなメイド服は形だけですね。
「うふふ。それはさておき、クリスラ様がお幸せそうで良かったです」
「それは、まぁ、そうですね」
「あら?」
ショーメ先生の視線が私から外されます。
「どうしましたか、フェリス?」
アデリーナ様も訝しみます。
「いえ、パットさんの背中が見えまして」
「次の結婚式会場に向かったのでは?」
「お忙しいのですね。マイア様を崇めることもせずに」
お前も立場上崇めなさいよとは思いましたが、指摘は尤もです。
パットさんはメリナ正教会には入会しておらず、マイア教のままだったはず。以前にマイアさんの所を訪問した時も、頭を地面に擦り付けるくらいに敬虔な信者でした。
そんな彼が仕事を優先する? マイアさんに背を向ける不敬を犯す?
極めて不審です。
アデリーナ様もそう思ったのでしょう。光の矢を射とうと構えます。
「メリナさん、直撃したら回復魔法。外れたら撲殺。分かりましたか?」
自分の狙いはそうそう外れないという絶対的な自信に溢れたセリフでした。
「了解です」
私の返事を受けて、アデリーナ様の矢が放出されます。物凄い勢いで風を切りながらパットさんの背骨のど真ん中に向かっていまして、当たったら回復魔法は間に合わずに即死じゃないのかと私は思います。
つまり、アデリーナ様は果てしなく黒だと判断したのか。
矢は当たらず。しかし、私は判断に迷う。
なぜなら、アデリーナ様の魔法の矢は第3者に邪魔されて方向がずれたから。
「アデリーナっ! 流れ矢は危険だぞっ!」
アシュリンさんです。ピチピチの巫女服を着ている彼女が拳から出した衝撃波でアデリーナ様の矢を途中で吹き飛ばしたのです。
「どうします?」
「機会は今後もあるでしょう」
私達がそう会話している間にアシュリンさんが勢い良く詰めてきました。
「ったく、メリナ、矢は避けずに当たるんだっ! 他の者が危ないだろ!」
どうやらさっきの矢は私に向けられたものだと勘違いしているようです。また、私は矢に当たって平気だとも勘違いしているみたいです。異常です。
「私に死ねって言ってるんですか。完全にパワハラです。巫女さん相談室にチクってやりますからね」
「ふん! 既に引退する身だっ! 引退しなくても相談室の苦言など関係ないが、更に関係なくなるな!」
は?
「なら、その遵法精神の無さを反省してもらう為に、私、メリナが鉄拳をお見舞いしましょう」
「ほう? できるのならやってみろっ!」
「はぁ? アシュリンさんのくせに生意気っ」
私達は睨み合います。背丈の差があって上からの見下ろしが傲慢に過ぎるのですが、負けずに私は顔を斜めにして威圧を掛けます。
唾でも顔に吹き掛けて差し上げようかしら。
「お二人ともお止めなさい。今はその時では御座いません」
「そうですよ。クリスラ様の結婚式の邪魔になりますので」
残念なことにパットさんはこの隙にもう見えなくなっていました。
「それじゃ、結婚式の定番、熱い口付けを見せて頂きましょうか」
マイアさんの楽しそうな声が聞こえてきまして、悍ましくて見たくないこともあって、私達はパットさんを追うことにしました。




