結婚式始まる
係の人が篭に山盛りの花びらを皆に配っています。余りの出来事に立ち尽くす私にも赤や黄の花が手渡されました。
人々は左右の列に分かれていきまして、その真ん中を新郎新婦が歩むのだろうと想像できます。
「メリナ、この花を放って、花吹雪にするんだよ」
「エナリース、花吹雪じゃ、私達の祝う気持ちに満たないわよ。花大嵐よ」
両横にいる先輩2人が私を挟んで会話するので、大変にうるさい。
私はそれどころではないのです。
もしかすると、アデリーナ様も神の手に落ち、メンディスさんと恋仲になろうとしている可能性があります。
それは絶対に阻止です!
アデリーナ様の最大の欠点にして弱点は友達が誰1人もいないこと。ましてや恋人など本人も想像できない状態でした。
そして、それこそ私がアデリーナ様より人間的に優位に立つポイントでした。
なぜなら、私は親しい友人は多いし、聖竜様と言う世界最高の恋人までいます。恋人ってのは言い過ぎましたが、雄化魔法を習得させるくらいには好かれてます。
「メリナ嬢。ひ、久々だな」
自分の言葉に照れている最中、後ろから学院時代の知り合いと思われる男に声を掛けられました。我に帰ります。助かりました。時間を浪費するところでした。
しかし、彼とこの一大事に挨拶を交わす時間もありません
「失礼あそばせ」
せめての感謝として精一杯に貴族っぽく返礼し、私はアデリーナ様の方へと向かうことにします。
「オリアス、全然ダメだったな」
「……何がだ。メリナ嬢は忙しいお方だからな」
「いい加減諦めろよ。ラインカウみたいに手頃な女――」
「トッド、愛しの方に対しての無礼な言い様は、いくら友人の貴様であっても許さんぞ。しかし、オリアスよ、拳王は止めておいた方がよいのではないか? 理想が高すぎる」
「失礼な。挨拶をしただけだ」
あー、名前を呼びあってくれて良かった。彼らの名前を思い出せました。学院の先輩方ですね。
しかし、それはどうでも良いこと。明日になれば再び忘れてしまうことでしょう。
彼らの会話はまだ耳に入ってきます。
「トッド、サブリナ嬢はいないのか?」
「いねーな。ってか、俺に確認するなよ」
「くくく、トッド。オリアスが気を利かせてくれたのだ。貴様らは最近仲が良いそうだな」
えっ、サブリナ、そうなの? エナリース先輩に書いてもらった日記でもそんなことが書いてあった気がするのですが、えぇ、良い仲の男性ができているんですか。
心から祝福します。
さて、それよりもアデリーナ様です。今まで煮え湯を飲まされ続けてきたこいつに祝福は不要。
いや、祝砲と称して火炎魔法をぶっぱなし、メンディスさんを重体にしてやるか。
本来ならアデリーナを狙いたいところですが、それは後々が恐ろしい……。
「――小麦の品種で取れ高があんなにも変わるのですね」
「えぇ。専門家ではないので私も詳しくは分かりませんが、品種に合った肥料というものもあるそうですよ」
「貴国から派遣された技術者はその辺りのノウハウを伝えてはくれないものでしょうか」
「彼らもその知識で食べているので、まだ無理でしょうね。私が命令したところで、全てを伝授することはないでしょう」
「そうですか。ところで、サルマンジェ峠についてなのですが、出入国手続きで提案があります」
「聞きますよ。了承できるかは別で御座いますが」
こいつら、カッタい話をしていますね。
笑顔でやる話題なのか……。
いえ、これは符牒を用いた恋話の可能性も否定できません。
小麦の品種と肥料ってのは、男女の相性の隠語で、大人の夜のテクニックの伝授について語り合っているのかもしれません。だとすると、サルマンジェ峠は逢い引きの場所か……。
ふん、アデリーナ、見損ないましたよ。
では、喰らうが良い。私の怒りの燃え盛る鉄拳を!! 大勢に囲まれた昼間の野外で淫らな話に花を咲かせる愚かな支配階級に鉄槌です!!
しかし、私は行動に移せませんでした。お母さんの電撃に打たれたようなショックが私の背中を襲ったのです。
なぜなら、見てしまったからです!
結婚する2人を祝うために待機する神官様か司祭様が祭壇の前に立っていました。
彼が背後の布を引くと、私を象った像が現れたのです!
しかも、実物大3倍くらいの!
まずい!! あんなのをお母さんが見たら、数日前のメリナ正教会弾圧事件が再来してしまいます! そして、見過ごした私にも火の粉が飛んでくる!
私は狙いを変えて両の足に力を込め、像に向けて空を舞う。そして、準備万端だった拳を突き立てて像を粉砕、次いで腕に纏う炎で一気に燃え上がらせます。
私の突然の奇行に、多少の悲鳴が聞こえました。
分かっています。今から、サルヴァと副学長の結婚式。彼らの結婚式自体を破壊するのは、無理矢理に巻き込んだ経緯から若干の良心の痛みを感じます。
なので、像の代わりにガランガドーさんの体を構築しました。巫女長の分裂体に襲われて消滅中のガランガドーさんなので、ピクリとも動きませんが、私の代わりにサルヴァ達の愛を誓われる立場となりなさい。
「拳王メリナ様……」
「何故、あの黒竜を……」
ざわめきが起きる中、私は静かに口を開きます。
「私は聖竜様に身を捧げた者です。そんな私よりも、この死を運ぶ者という異名を持つドラゴンに愛を誓うべきでしょう。……えーと……ほら、結婚は人生の墓場とか言いますし」
静寂と皆の視線が居たたまれなくなって、私は参列から離れた所に移動します。
どうやら式は無事に進行されたみたいでして、彩り豊かな花びらが宙を舞うのが見えました。離れている私も一応は祝う気持ちがありますので、届きませんが、手のひらに握った花びらを放りました。
「メリナ様、中々の出し物でしたね。流石です」
本日の進行係であるパットさんが横に来ていました。式の成り行きを確認するために、ここへ来ていたのでしょう。
「いやー、生きている人の偶像崇拝なんてどうかなと思っていたんですよ。いえ、メリナ派にも考えがあってのことでしょうけどね」
「ありがとうございます」
「でも、結婚が人生の墓場だなんて男性みたいな考えもお持ちなんですね」
「そんなことはないんですよ。咄嗟の言い逃れみたいな……。私、結婚には憧れてます」
「ハハハ、メリナ様みたいにお美しい人にそんなことを言われたら、相手の人は一ころですね。あっ、次はあちらで式が行われます。先に行ってますね」
パットさんが駆け足で去っていきました。彼には司会進行を期待していたのだけど、こういうイベントを取り仕切る才能もあったんですね。
私は遠くから新郎新婦の姿を眺めていました。アデリーナ様も飽きたのか、いつの間にか私の所へと来ていまして、晴れやかな顔をしていました。
「もぉ、困っちゃったわ。ほんと困っちゃった。男ってすぐに寄ってくるので御座いますね」
「何言ってるんですか。社交辞令ですよ。アデリーナ様に寄ってくるのは獣だけ」
「あらあら、私の内から輝く美貌に嫉妬かしら」
「アデリーナ様から出ているのはどす黒いオーラですよ」
不愉快だったので、私はパットさんが指した芝生広場へと向かいました。なのに、満足顔のアデリーナ様も付いてきたのでした。




