それぞれの思惑
「何のマネですか、メリナさん?」
事態に気付いたクリスラさんが私に近寄って来ます。彼女の傍らにはショーメ先生が控えており、先生がゾビアス商店から持ってきたのであろうドレスをクリスラさんは身に付けておりました。
つまり、クリスラさんは結婚式に向けて完全装備状態です。服以外にも髪飾り、靴、胸のブローチなど新婦に相応しいお上品な装いでして、第三の目を隠すための額のアクセサリーも良い感じのアクセントに見えました。
惜しむらくは、アバズレの時に入れた刺青が見え隠れしていることですかね。
「見ての通りです。私はフェドル・クリエールさんの代理で決闘を挑んだのです」
クリスラさんはゆっくりと私に近付いて来ます。その表情からは敵意を感じない。
「フェドルの本質は柔弱。地位と妻への恐れが彼を立たせているだけ。弱気になった彼に甘言を弄してメリナさんを頼らせ、そして、メリナ正教会側に転じたのかと周囲を失望させた訳ですね。決闘に対する無作法な振る舞いも見事でした。よくやりました」
耳許で小難しいことを伝えて来ました。
「コリーさんの結婚式に何としても出席して貰わないといけませんので」
私も囁き声で返します。
「えぇ。その通り」
「……クリスラさんは、どうしてクリエールの家名をガルディスに?」
「クリエールの地位を下げるため。リンシャル様や暗部の奇跡が起こらない今後においては、政略で選んだ能力の低い聖女ではマイア教の未来はありません。伝統を破壊する必要があると私は考えているのです」
「イルゼさんではなく……?」
「イルゼの次の者ですよ」
……クリスラさん、もうイルゼさんをやっぱり見限っているのか。寂しいなぁ。
さて、回復魔法で復活したガルディスとともにクリスラさんはどこかに去っていきました。時間的にそろそろ式が始まるのかもしれません。
フェルドさんが遅れてやってきた時は既に結婚式を控える2人は去った後で、状況が分からないでしょうので私は勝利したことを伝えます。
周囲の方々もフェルドさんに声を掛けて勝利を祝福しますが、どこか余所余所しい感じでして、クリスラさんの読み通りにフェルドさんはメリナ正教会側に立ったと思われているのかもしれません。
やがて鐘が数回鳴らされました。これは結婚式がもうすぐ始まるよっていう予鈴でしょう。
皆さんもそれが分かっているのか、いそいそと自分達が祝いたい方々の式場へと向かっていきます。手元に紙片を持っていて、そこに書かれているんでしょうね。
さてさて、私はどこに行きましょうか。
「化け物、きょろきょろしてんじゃないわよ」
またもやフロンです。
「あん? お前に言われる筋合いはありませんよ」
「うちらは警備するんだってさ。これだけ人が多けりゃ悪さをする人間もいるだろうって」
「聞いてないですよ」
「そりゃ、朝のミーティングで部長が決めたんだもん。あんた、サボってたじゃん」
「いやいや、ミーティングってそんなものを急にやられても困ります。いや、出たくもないから丁度良かったのか……」
「何をごちゃごちゃ言ってんのよ。ルッカは空から、部長は地中から見張ってる。残りの私らは見廻りよ」
お城の衛兵もいるのに、竜神殿がしゃしゃり出る必要はあるのかな。あと、別の疑問もありました。
「正直、猛者だらけのこの会場を襲うバカはいるのでしょうか?」
「警護の提案は部長から。何か凄い魔力の出現と消失を感知したって、あの部長が言ってんだから、凄いんでしょ」
もしかして神か……。
私はフロンを人のいない場所へと案内し、その考えを伝える。なお、ルッカさんが私達を監視している可能性を考えて、小声で話します。
「神? そんなのがここに? 根拠あんの?」
「邪神がそう言ってました」
「あいつの言うことを信じるなら、あんたの頭はお花畑ね。他の根拠は?」
「有ります。アデリーナ様のご意見ですが……」
「言ってみなよ。それは絶対的に信頼性が高いから」
「邪神が剣王に恋をした」
「は?」
「しかも妊娠中」
「は? やっば。あの男、幼児趣味だったんだ……。変態じゃん。レベルたっか」
やはり私と同じ反応になりましたね。レベルとか意味は分かりたくありませんが。
「その原因として、アデリーナ様は神の仕業を挙げました」
「そう。アディちゃんが言うなら信じるわ」
ふぅ、どうやら味方にすることに成功したみたいです。
こいつは不死に近いので肉の盾になりますし、魔力感知も私より精密で広範囲です。利用させてもらいましょう。
「邪神曰く、神は既にシャールに入り、人の姿であるそうです。見つけ次第、教えなさい」
「即殺じゃないんだ?」
「帝国領で殺します」
「ふーん、よく分からないけど、それもアディちゃんの作戦ね。分かったわ」
「では、気を引き締めて頑張りましょう」
フロンと別れ、私はお城の庭を歩きます。
噴水の先にバラの庭園があり、そこに人集りが出来ていました。
「メリナ! メリナ、また出会ったね。ほら、アンリファ、メリナよ!」
「ほんと! エナリース、メリナね! あー、1年ぶりくらいかしら。元気にしていた?」
貴族学院の美術部の先輩面2人が華やかに着飾った格好で私を迎えてくれました。
ここはサルヴァと副学長の結婚式が開かれる場所なのでしょう。
名前を忘れましたが、サルヴァの友人っぽいポジションになっていた男3人組もいました。
その向こうに私は見たのです。青いドレスを着て、サルヴァの兄と親しそうに喋る我が国の女王を。
「ねぇ、メリナ。聞いてるの?」
「ほら、再会にビックリし過ぎて声が出ないのよ」
私は黒い白薔薇という2つ名を持つ鬼を凝視していました。
「違うわ。エナリース」
「えぇ、アンリファ。私も分かったわ」
「アデリーナ陛下とメンディス殿下のラブラブなお姿に見とれているのよ!」
「いいえ。メリナはブラナン王国と諸国連邦の永遠の絆に思いを馳せているのよ」
私は神殺しを互いに誓ったはずの獣の王を見詰めていました。




