トラブルの種
式次第をサラッと読みました。大まかには結婚式をして、その披露宴があって、ダンスパーティーに流れ込むというものでした。
私の村でも結婚の宣誓をしたら、そのままお食事会と酔っ払いどもの踊りでしたので、シャールでも同じなのですね。
パットさん作成の紙には他にも細かいものが記載されておりました。
ちゃんと読んだと装うため、幾つか質問をして誤魔化しましょう。
「あれ? 式はバラバラなんですね?」
「えぇ。会場は1つしかありませんでしたので、戸外でやるしかなくて。今日が快晴で良かったですよ。神様のお蔭ですかね」
「ふーん」
「それに、結婚式って人生の一大イベントですから一纏めに行うのも失礼だと思っての配慮なんです」
「なるほどねぇ」
コリーさんとアントンは特に要請がなかったので、シャールの方式に則り竜前式です。神殿の礼拝部とかが色々取り仕切るみたいですね。剣王とソニアちゃんと邪神もそうですね。
サルヴァと副学長は諸国連邦の人ですので、間接支配をしていたデュランの影響が強くてマイア教による神前式。
「ん? クリスラさん?」
「えぇ。クリスラ様からも結婚式をお願いされていたので準備しましたよ。やはり、ここは伝統のマイア教です。困ったのは、こっちのサルヴァって人でして、マイア教なんですけど、メリナ派だって言うものですから、細かい作法を尋ねましたよ」
「メリナ派は良くないですねぇ……」
脳裏にお母さんの包丁が浮かびました。
「ははは。ご自分のことですから恥ずかしいですか?」
「はい」
「メリナ様が何かをする必要はありませんよ。もう大きな木像が設置されてますから、それに祈るだけです」
「……へぇ」
お母さんの目に触れないように気を付ける必要がありますね。その周辺にいる方々が邪教徒と見なされて帝国領での悲劇が繰り返されてしまいます。
「披露宴会場に全員を収納できますか?」
「うーん、できない可能性もあって、お外での立食も用意致します。幸い、お食事の提供はふんだんですので」
「それは良かったです」
披露宴の流れは、新郎新婦入場、乾杯、祝辞、お食事、有志による出し物、新郎新婦からの謝辞、閉会です。
「いっぱい食べられて良かったですね、アデリーナ様」
「メリナさん、他人が自分と同じ考えだと思わないように」
披露宴が終わったら、そのままダンスパーティーに突入。花火も上がるらしいです。
「花火って絵本でしか見たことなかったので楽しみです」
「貴重な火薬を使用しますからね。最近は様々な色が楽しめるそうで御座いますよ」
「へぇ」
「メリナさん、これはマリールの研究の成果だと聞いてます。燃えると炎の色を変える物は知られていましたが、効率的に見つけることができるようになったとか」
「へぇ」
「……メリナさん、興味ないでしょ?」
「いえ、興味は有りますよ。まぁ、どちらかと言うと右から左へ聞き流したい類いであるのは間違いないです」
さてと、十分に式次第は確認できました。そう思って頂けるだけの時間は取りました。
「では、パットさん、これでお願いします」
「分かりました。変更がなくて良かったです」
パットさんは笑顔です。私もほぼやることが終わって、ホッとしました。しかし、私はここで背筋を凍らせることになります。
「メリナ、順調?」
突如、お母さんが現れたのです。いえ、前方から近付いていたのでしょうが、紙に目が行っていて気付かなかったのです。
「うん! とても順調!」
「コリーさんの親族とかも招待した?」
「あー、コリーさんは孤児なんで家族はいないみたい。でも、その代わり、デンジャラスさんがアバズレの格好を止めて出席するよ」
「あら、そうだったの……。ごめんね、メリナ。コリーさんにそんな可哀想な事情があったなんて……。旦那さんも孤児なのかしら?」
「ううん。そっちはデュランの貴族だよ。ご両親が出席してくれるって」
「そう。楽しみにしてるわ。頑張ったね、メリナ」
「うん。あっ、パットさん! コリーさんの結婚式会場はどちらかな? お母さんを案内して欲しいな」
「メリナ様の像も――」
まずいっ! 私が仕切る結婚式で私の像が飾ってあるなんて、まるで私が首謀者みたいに誤解されちゃう!!
「コリーさんとアントンの式場にだけお願いしますね」
努めて冷静に。微笑みも忘れません。
像の話がお母さんに聞こえてないかな……。血祭り会場になってしまいます。ってか、イルゼさんがお母さんを運んだのでしょうが、彼女は無事なのか。
恐る恐る、顔を上げてお母さんの様子を確認します。
優しそうな眼の奥にギラツキを見ました……。
「メリナ。コリーさんの旦那さんなんだから年上でしょ! 目上の人を呼び捨てなんて、私は恥ずかしいわ」
「ごめん、ごめん。うっかり。あはは。パットさん、そういうことだから、アントン様とコリー様の所によろしく」
「は、はぁ」
何とか私はこの危機を乗りきりました。
じんわりと浮かんでいた額の汗を拭います。
「アデリーナ様、メリナ。今日は良い天気ですね」
安心したのも束の間、またもや誰かに声を掛けられる。
アデリーナ様1人なら寂しそうに佇むだけだったというのに、これは私の人望がなせる業、人徳ってものでしょうが、こうも立て続けだと疲れてしまいます。
「サブリナさんで御座いますね。お久しぶりです」
あー、諸国連邦での私の親友。
今日は水色の長い髪に合わせて、ドレスも同色でコーディネートされています。
「アデリーナ様もご壮健な様子で嬉しく思います。本日はサルヴァ殿下の結婚式を皆様で祝って頂けるのですね」
「はい。サブリナもクラスメートの誼で?」
「そうだよ、メリナ。突然、聖女様に連れて来られてビックリしたけど。学院の人達も多く招待されているから後で久々に話しません? あっ、アデリーナ様、メンディス殿下も来られてますよ」
メンディス殿下はサルヴァの兄。そして、アデリーナ様の元婚約者にして去年も求婚した、自らを死地に導く運命を好む奇特な方です。
「あら、うふふ、困りますね。また困っちゃうわ。メリナさん、どうしよう。また困っちゃうわ」
「アデリーナ様、ウザいし、キャラじゃないし、キモいんで、そういうマウントの取り方は止めて下さい」
折角の私の忠告でしたが、アデリーナ様は気持ち悪い笑い方を続けました。
「2人は本当に仲が良いのね。姉妹みたい」
は?
「サブリナさん、誤解で御座いますよ。メリナさんは人でさえないと言われ始めていますし」
は?
「サブリナ、よく聞いてください。こいつは女王とは別に獣の王なんですよ。危険なので接近しない方が良いです。私とはレベルが違う感じで、あっち側の人なんですよ。姉妹なんて言われたら屈辱です」
「メリナさん、メリナ像を是非お母様にご覧になって頂きましょうか」
「……すみません。私はアデリーナ様の足元にも及ばない平民で御座います。そう言いたかったのです」
「獣の王を否定しなさい」
「本当に仲が良いのですね」
……お前の目と耳は腐っているのか。
「よぉ、サブリナ。学院でちゃんと勉強しているか?」
本当に人が寄ってきます。何なんですか、これは。
サブリナの頭の上に軽く手が置かれていました。不躾な男だとサブリナも思ったのでしょう。静かにそれを払い、振り返ります。
「……どちら様ですか? えっ、お兄様?」
おぉ、さすがはサブリナさん。
彼女が知っている兄の姿からはかなり変わっているのに、すぐに気付くのですね。
「元気そうだな。お前も良縁に恵まれると嬉しい」
サブリナは無言の笑顔で返します。
私は知っています。彼女が兄に執着していることを。学院でショーメ先生のハニートラップに嵌まった剣王を見たサブリナの狂気に染まった表情を……。
ここは穏便に済ませて欲しい。遅かれ早かれ剣王の結婚及び長子誕生がバレるにしろ、私の面前ではお断りです。
「俺のようにな」
バカヤローッ!!
「……えっ」
「ゾルの妹? 初めまして、私は妻のソニア。こっちは私達の息子のジトジール」
その言葉を聞いたサブリナはしばらく動けず、辛うじて頭を下げての挨拶をしたのみでした。
やがて剣王達は去ります。奴らは嵐を呼んだだけで去りやがったのです。
「サ、サブリナ……?」
「大丈夫、メリナ。えぇ、大丈夫。すみません。私はやることが出来たので少し準備してきます」
うん、笑顔でした。でも、笑顔なんです。
私は大変に心配です。だって、竜の巫女ケイトさん程ではないにしろ、サブリナは毒物の専門家だから。
トラブルを引き起こさないように彼女を留めるべく説得する私を振り切って、サブリナは道行く人々の中に消えてしまいました。
「どうします、アデリーナ様?」
「メリナさんと違ってサブリナは賢い人間ですから放っておきなさい」
「クラスメイトに毒を盛ったりして、目的があれば結構容赦ないですよ?」
「今回の件は毒を盛っても解決しないことを分かっているでしょうよ。それよりも、どいつが神が化けたヤツなのかで御座いますよ」
「えー、大丈夫かなぁ」
とは言うものの、私はベンチに座ったままでした。
「しかし、訪問者が多いですね」
「えぇ、伯爵が気を遣って、祝福の為に今日はお城を一般平民にも解放しているみたいで御座います」
「アデリーナ様に恐れをなしているのが理解できます」
「ふふふ、そうかもしれませんが、メリナさんに気を遣っているのですよ」
「へぇ。実は良い人だったんですね」
見習いの頃、謁見式の1人練習でエロ親父キャラに設定したことを反省します。
「あっ!」
「どうしましたか?」
「アントンの父親が走ってた!」
「それが?」
「皆と逆方向なんですよ! もしかしたら、決闘に負けたから逃げてるのかも! 行ってきます!」
立ち上がった私はすぐに追い付き、襟首を持って、お城の隅っこ、誰もいない場所で話を聞くことにしました。




