神について
さてと、アデリーナ様も私と同じ衝撃を味わってもらって満足したので、次に行きましょうかね。
「じゃ、ちょっと邪神と話をして来ますね」
アデリーナ様は無言で頷きまして、うふふ、それなりのショックを受けているようですね。
人手は着々と増えています。城門から入ってくる人も多いですが、イルゼさんがすたすら転移で移動させている方々も揃い始めていて、諸国連邦で見覚えのある顔もチラホラしていました。
「おぉ、巫女よ。聖女から聞いたぞ。俺とサンドラの為の祝いの席を用意してくれたとのこと、心から感謝する」
サルヴァです。
「急な話になってすみませんね」
「ガハハ。賑やかな方が俺たちの門出に相応しい。先程、進行係から説明を受けた。サンドラも満足していたぞ」
進行係? あっ、パットさんかな。デュランから無理やり連れてきたキリで全然出会ってないや。
「それは何よりです。ところで、女の子を肩車した片目に傷がある男を見ませんでしたか?」
「うむぅ、この混雑であるからな……。巫女の力になりたいところであるが――おぉ、アレではなかろうか?」
背が私より高いサルヴァですので、見通しが良いのでしょう。遠くに剣王を発見したみたいです。
「ちょうど進行係と話をしておるぞ」
「でかしました。褒めてやります」
「おうよ!」
サルヴァから教えられた場所へと私は人を掻き分けながら進みます。
「あっ、メリナ」
近付いた私に大人ソニアちゃんが気付き、振り向いて声を掛けてくれました。彼女の息子も同じく私を見上げます。つぶらな瞳が可愛いですが、ここは我慢して用件を。
「ミミちゃんを少し借りたいんだけど、良いかな?」
「ミミを? その前にこの人を説得して」
ソニアちゃんから体をずらすと、そこにはパットさんが剣王と話をしているのが見えました。邪神は剣王の短い髪を握り締める形でまだ肩の上です。
どうやら言い合いになっているようですね。体は歴戦の勇士みたいに鍛えられても、精神は未熟なのでしょう。
「どうしました?」
「あっ、メリナ様。聞いてください。この男が自分たちの結婚式もしろって言うんです」
「パットさん、すみません、その男も祝ってやろうと思います。ほら、賑やかな方が楽しいでしょ。今からプランの変更は可能ですか?」
安易な妥協ではありません。
邪神の機嫌を損ねた場合、結婚式自体を破壊してくる可能性も考慮したのです。
そうなれば、お母さんは私の不手際を責めてきて……華燭の典が公開処刑に様変わりしてしまいます。うー、想像したくない。
「えっ。まぁ、構いませんけど」
「いつも悪いな。返せる当てはないが、いつか借りを返したい」
「メリナ、ありがとう。貴女は私達の神様。ジトジールも礼をしなさい」
「ありがと」
「みじゅ、のみゅ?」
「はいはい。それじゃ、ミミちゃん、こっちに来なさい」
私は差し出された水を飲んでから、建物の後ろへ邪神と向かいます。
「お前、どういうつもりです?」
2人きりになって早速の詰問です。
「みじゅ、のみゅ?」
「飲みません! 飲みたいけど、飲みません!」
「めりゅな、きょわい」
「お前を孕ました剣王の方が怖いです!」
「めりゅなのほうがきょわいー」
まぁ、良いです。それよりも本題に入りましょう。
「神が地に降り立った件について尋ねたいのです。どうやって、それを知った?」
「……びびっときちゃの」
「剣王に靡く前のお前なら信じたでしょう。ちゃんと喋りなさい。お前、もう憎悪を捨てたのでしょ?」
私の言葉に邪神は頷きます。そして、大人の姿へとなります。
「ゾルは傷付きながらも戦い、荒れ狂う私を止めて受け入れた。世界も私を受け入れてくると思うのぉ」
腑抜けがッ!
「騙されてはいけませんよ。お前は精霊で、剣王は人間。100年も経てば、お前はまた独りぼっちです。世界はお前みたいな邪悪なヤツを受け入れません。断言しましょう」
「だから、この子がいるのよぉ」
邪神はお腹を撫でる。
「ゾルと私の子。その子がまた子を産んで、私は囲まれる。そんな世界が待っているし、守りたいのぉ」
「それと神殺しは別ですよ?」
「世界を守るのが神。ならば、私も神に付くのが正解ぃ」
「なら、こうしましょう。神は殺す。その上で私が神になる。だから、私に協力しなさい」
「どうやって神になるのぉ?」
「……分かりません。が、神を殺す前に尋ねます」
「ふーん。じゃあ、ヒントぉ。神はシャールにいる。人に化けているのぉ」
っ!?
もう、そんな距離に……?
「具体的にはどいつ? 今から殺しに行きます」
「言わないわぁ。それにさえ気付けないなら、やっぱり貴女は神未満の存在ってことでしょぉ? どちらが上かは私抜きで殺し合って決めてぇ」
……その後にお前も殺して欲しいのかしら?
「水、飲む?」
「頂きます。ってか、本当にこの水配布への拘りは何なのですか?」
「私は貴女の守護精霊なのよぉ。お世話するのは当然じゃないのぉ」
いや、信じない。だって、邪神は私以外にも配布していたし、帝国の敗残兵向けには池と呼んでも良いくらいの規模で用意していました。
「勝手に守護精霊を名乗るんじゃありません。私にはガランガドーという立派な――立派じゃないかもしれませんが、別の守護精霊もいるのです」
「うふふ。頼りにしても良いわよぉ、神との戦い以外では」
「……お前、その腑抜けた考えが神の仕業だとしたら情けない限りですよ」
却下したばかりのアデリーナ様のアイデアですが、邪神を焚き付ける為に利用しましょう。
「それなら、神は偉大ってことよぉ」
邪神は腹をゆっくりと撫でながら、私の言葉を拒絶するのでした。
「分かりました。私の邪魔はしないように」
「えぇ」
言い終えた邪神は幼児体型に戻り、私の手を取って帰ろうとします。戦いを無理強いしたところで、この状態では戦力には数えられないと判断した私は、それに従い、剣王に預けてから、アデリーナ様のベンチに戻ります。
途中、打撃音やガルディスの気合い、歓声が聞こえたりして、決闘なるものが行われているのかなと思いましたが、特に興味はないので素通りしました。
「アデリーナ様、邪神に聞いて参りました」
この国の女王はまだ独りでベンチに座っていました。こんなに人通りが多いのに誰も声を掛けないとは、本当に人望がない。大丈夫なのでしょうか、この人は。
「ご苦労様です。で?」
あん? それが他人から情報を貰う態度なのかと思いましたが、こいつは昔からこうですね。心の病気でしょう。
「既にシャールに入り、人に化けているそうです」
「ほう」
「ただ根拠がビビって来たからっていう、とても曖昧なものでした」
「ふむ。それは仕方ありませんね。では、人に化ける必要は一体何なのでしょう?」
「さぁ、元の姿は人間ではないとか? 魔物の姿をしているなら街では目立ちますし」
「昔話を信じるなら聖竜様の騎士だったとのこと。即ち、人間の形をした神でしょうよ。その姿で来なかった、今の人間はその姿を知らない。なのに、他人に化けたというのなら、ルッカや聖竜様に来たことを察知されたくないのでは?」
「……ふぅむ。そうかもしれません」
お忍びで来たってことか。でも、それこそ目的が分かりませんね。
「あー、メリナ様。こんな所に居たんですね。探しましたよ」
パットさんです。彼が駆けながらやって来ました。
「どうしました?」
「今日の流れについて説明したいと思ってました。進行を頼まれたのに、確認もしないなんて酷すぎますよ」
「全部お任せしたいんですけど」
「いえいえ、聞いてくださいよ。こんなに人の出も多いし、何か不都合があったら、私だけで責任取れないですよ。はい、これが式次第です」
一枚の自筆の紙には何だかいっぱい文字が書いてありました。
「じゃぁ、これでオッケーです。よろしくお願いしますね、パットさん」
「ちょっと! ちゃんと読んで下さいよぉ」
「メンドーですね。えーと、どれどれ……」
私は仕方なく紙に目を遣ります。横からアデリーナ様も覗いて来ました。




