魔王同士で語る日記
アデリーナ様はすぐに見つかりました。
お城の中庭の白く塗られたベンチに1人寂しく座っていたから。到底、この国の女王とは思えぬ侘しさです。ご友人がいらっしゃらないのでしょう。
近くの地面を鳥が啄みながら歩いていて、アデリーナ様がその鳥に向けて呟いている姿に至っては見てはならないものを見た気分になりました。
「あら、メリナさん? 何かご用ですか?」
「面白い話を教えて差し上げますっ! 抱腹絶倒ですよ!」
小鳥の件に触れてあげない私は優しい。
「……その妙な気合いの入り方はまた何かを企んでおりますね。首を刎ねられる前に去ってはいかが?」
「えー、絶対に面白いから聞いてくださいよぉ」
と言いながら、私はアデリーナ様の横に座る。
「ったく、何で御座いますか」
こっちこそ、何で御座いますか、ですよ。聞く気マンマンじゃないですか。
「まずは日記帳からです」
私は脇に抱えていた冊子を手渡します。
「うわぁ、生温かい……。これ、メリナさんの脇で温められているじゃないですか……。とても気持ち悪いで御座います。臭いとか大丈夫で御座いましょうか」
「失礼です! 今のとっても失礼な発言の撤回を求めます!!」
「こちらこそ傷害罪で裁きますよ」
「何も傷付けてないもん!」
「精神的ダメージが激しいので御座いますよ。手が腐るかもって」
そう言って、アデリーナ様はベンチに手をゴシゴシと擦り付けていました。
歯を食い縛って、私は屈辱に耐えます。我慢です。愉快な気分になるために、ここは我慢なのです。
まるで汚い物が付いているかのように深く息を吐き掛けてから、アデリーナ様は日記帳を開きました。
我慢です。ここは我慢です。
「何がそんなに楽しみなのかしらね」
「……さぁ、ふふふ」
「気持ち悪い笑みで御座いますね」
我慢なのです。
◯メリナ観察日記30(ソニアちゃん)
ゾルが喧嘩しそうになったけど、食堂のお姉さんが取りなしてくれて、相手と和解できた。良かった。でも、メリナとミミちゃんが残念な顔をした意味が分からなかった。
喧嘩相手は結婚式を計画しているらしい。私も参考に話を聞きたい。
「あら? 少しは大人になったと思っていましたが、剣王は気が荒くなる時もあるのですね。相手はどなたでしたか?」
「アントンですね。邪神が街中で魔法を使ったとかで絡んできました」
「アントン卿で御座いましたか。あの無遠慮な性格を直せば、大変に有能な文官なのですけどねぇ。しかし、剣王とアントン卿の喧嘩とならば、コリーが黙っていないでしょ」
「ご明察。この時も剣王対コリーさんを観れると思ってワクワクしたんですよ!」
「あー、だから、残念な顔をしたと書かれた訳で御座いますね。で、メリナさん、実際に戦ったら、どちらが勝つのかしら?」
「どちらも本気という条件なら――」
「条件なら?」
「コリーさん。魔法で筋肉増強したコリーさんは、剣王よりも素早くパワフルなので圧倒したでしょう」
「戦闘のプロフェッショナルが言うならそれが真実なのでしょう」
「は? また変な蔑称で私を侮辱しましたか?」
「アマチュアではないでしょうに。この国に貴女程の猛者はおりませんよ」
「だから、そういう決め付けが良くないんです! 猛者っぷりなら、アシュリンさんとか部長とかいるじゃないですか!」
「どっちにも勝ってるじゃありませんか」
「ぐぬぬぬ。……負けるが勝ちとはこういう事なのですか……」
「それにしてもフェリスは優秀ね。よく仲介できたわね」
「あっ、ショーメ先生を忘れてました! あいつ、絶対に私より強いですよ! あいつこそ、猛者です! キングオブ猛者っ!」
「どちらかっていうと、フェリスは猛者と言うよりは曲者って感じですよね。メリナさん、逃れられませんよ」
「くぅぅぅ」
「で、ソニアさんは何の参考にするためにアントン卿から話を聞きたいのです?」
「剣王と結婚したいんだそうです」
「まぁ……年上に憧れて可愛らしいと言うか、マセガキが色気付くなんて碌でもないと表現するか難しいところで御座いますね」
「…………」
「……ちょっ、メリナさん。そこで黙られると困るのですが。私は意図的に厳しい発言をしたので、ちゃんと突っ込んでもらわないと」
「…………」
「メリナさん、聞こえてます? 『まだ1人で寝ることもできないガキが色恋沙汰を語るな、ボケ』って私は言ったんですよ」
「……ふぅ、碌でもないですよねぇ……」
「……えっ、そっち……?」
「えぇ、碌でもないです。アデリーナ様が」
「メリナさん、口を慎みなさい!」
「……このタイミングで嬉しそうな顔をするアデリーナ様に心底ドン引きです」
◯メリナ観察日記31 (悪夢のルーフィリア)
ゾル君達と話しているのが聞こえてきたけど、頑張っているようね、メリナ。
貴女ならできると思っていたわ。さすが私の自慢の娘。双子ちゃん達もメリナみたいに育って欲しいわ。
イルゼさん達は大丈夫。邪魔が入って手間取ってるのだけど、もうすぐで正気に戻ると思うから、明日には終わるかな。
もう一息ね。期待してるわ、メリナ。
「イルゼはどうなりましたか?」
「生きております」
「正気は保っておりますか?」
「……微妙ですね。ってか、あいつ、聖女になってから正気だった時があるんですか?」
「それはメリナさんが正気だった時があるのか、と尋ねられるとの同等程度に難しい問題で御座います」
「私は常に正気なんですけど?」
「恐ろしいことに、ずっと狂気の状態が続いていると、それが正常に思えてしまうので御座います」
「……アデリーナ様ご自身のことだと思いますが、御愁傷様です。来世ではより良くお過ごしくださいね。心から祈っております」
「減らず口は悪い癖ですよ。治しなさい」
「それよりも、見て下さい。私、お母さんに褒められてるんです!」
「その内容よりも血文字で書かれたオドロオドロしさを指摘しなかった私を褒めなさい」
◯メリナ観察日記32
我が依代は気付いておらぬため記す。
憎き神が地に降り立った。
積年の怨みを晴らす。
世界を私で満たすの。
「……面白い話で御座いますね」
「でしょ、でしょ!」
「しかし、これで抱腹絶倒はできないでしょうに。メリナさんの明らかな異常性に背筋がゾッとしました」
「それでどうしましょうか?」
「ん? 腹を抱えて笑うよりは、私のように不敵な笑みくらいの塩梅が宜しいかと思いますが」
「何の話ですか? 自分で不敵な笑いとか自覚があったことに驚きです。よく見て下さい。神がノコノコとやって来たんです! さぁ、どうしましょう!? 私にご指示を!」
「自分で考えなさい。と言いたいところですが、後先考えずに抜け駆けしなかったところは成長で御座いますね。まずは真偽の確認。邪神が何故そう思ったのかを調べなさい。真であるなら、次に、そいつの目的。何をしに来たのかを知る必要があります。メリナさんはルッカから天使に推挙されたようですから、それかもしれませんね。であれば、神とやらはメリナさんの前に自然と現れるのでは?」
「ほほう、なるほど。素晴らしい。神がどのように現れるか分かりませんが、邪神に察知させ、私とアデリーナ様と邪神で袋叩きにする訳ですね」
しかし、これは口先で褒めただけ。それくらい私にも分かります。
「そうですね。あと、念のためですが、戦う必要があるのなら、帝国領に致しましょう」
「何故?」
「聖竜様は神様側でしょうから。先日の精霊ベーデネールについて話した際、帝国領を『縄張りの端っこ』と表現しておりました。その外に出れば、聖竜様に気付かれることなく……神を殺せます」
「賢っ! アデリーナ様に相談して良かったです! なるほど!」
「うふふ、褒めても何も出ませんよ」
「しかし、『世界を私で埋めるの』って邪神の言葉ですが、メリナさんも以前に『聖竜様との子で世界を埋め尽くしたい』って言ってましたよね。あの頃はバカの放言と思っておりましたが、邪神と同じとなると邪悪にも思えますね」
「私の意識が邪神の影響を受けていると?」
「はい。やはり精霊と言うものは危険な存在かもしれません」
その時です。目の前を剣王一行が通り過ぎます。邪神は幼児体型で肩車されていました。
「よぉ、メリナ。早いな」
「え、えぇ……」
彼らはそのまま結婚式会場へと向かっていきます。
「今の4人家族はお知り合い? 邪神が取り憑いている感じでしたが」
「アデリーナ様、驚かないでください」
「どうしました?」
「邪神のお腹の中に子供がいるそうです……」
「は?」
「本当なんですって! で、その父親が肩車をしていた人です……」
「……邪神は仮の姿と言えど、完全なる幼児。それを孕まそうとする時点で極悪の変態で御座いますね。メリナさん、仲良くするのは止めなさい。と言うか、殺しなさい。さすがに看過できません」
「それから、ですね。ソニアちゃんもあいつに孕まされたんです……」
「……ソニアを傀儡に帝国を抑えようとした計画を邪魔された訳で御座いますか……。剣王め、護衛もできぬ、役立たずだったということで御座いますね」
しかし、アデリーナ様はここで笑います。
「メリナさん、嘘を仰ってはなりませんよ。妊娠したかどうかなど、数ヶ月しなければ分からぬのです。メリナさんの様なお子さまには難しいかもしれませんがね」
「あいつら、異空間で10年近く過ごしたんですよ……。その中で愛を育んでいやがりました」
「ん?」
「あの男、剣王です。昨日から10年経ってクズ男になった剣王です!」
「信じる訳ないでしょ」
しかし、私は次に現れた2人を指差します。パン屋の方々を引き連れてます。
「クリスラさん」
「……少しだけ老けてますね」
「ガルディス」
「ちょっ! デブからキン肉バカに変身してるじゃありませんか!?」
「なお、あの2人も愛し合ってます……」
「……本当で御座いますか……。かなりの異常事態……」
アデリーナ様が一瞬呆然として、私はその横顔を見ながら「言って良かった。貴重な間抜け顔を拝見できた」と喜ぶのでした。
「これ、神ってヤツの仕業では御座いませんか?」
「……無意味過ぎるでしょ……」
私はあっさりとその案を却下しました。




