驚きの連続
「ショーメ先生、大変です!」
私はお外に行ってしまっていたショーメ先生をお呼びします。先生はこの事態を知っているのでしょうか。貴女の元主人が野蛮な男を愛してしまっていることを。
少なくとも扉を開けて入ってきた先生の表情はいつも通りの澄まし顔でして、その落ち着きは見習いたいと思いました。
「どうしましたか?」
「クリスラさんとガルディスが好き合っているって言うんです!」
距離感が恋人同士のそれの2人を一瞥して、ショーメ先生が答えます。
「クリスラ様、おめでとうございます」
「えぇ、フェリス。貴女にもマイア様のお導きがありますように」
「お気持ちはありがたく思います。でも、お言葉ですが、こんな感じなら私は遠慮させて頂きたいので……」
あぁ、いつものショーメ先生だ。こんな時でも正直者です。
「フェリス。貴女にも素敵な人が見つかるでしょう」
「いえ、そういうのは結構です」
ショーメ先生は動じないなぁ。凄い。
「で、ガルディス、説明なさい」
「ボスがどーしても知りてーんだったら教えてやっていーぜ」
「は? 今すぐ墓場まで話を持って行ってもらって良いんですよ。……教育不足でしたかね」
全く……増長だけは1人前になってますね。
私の教育方針を思い出したのか、ガルディスは少しだけ震えました。
「メリナさん、簡単な話です」
タイミングよくクリスラさんの助けが入ります。
「決闘に向けて努力する弟子への信頼、それがやがて愛に変わったのです」
「そして、見捨てず厳しくも温かく指導してくれた師匠に俺が愛を抱かないはずもねー。なぁ、クリスラ?」
「えぇ、ガルディス」
こらこら、見つめ合うな。茶番劇はお腹いっぱいです。
「ショーメ先生、良いのですか?」
「良いも何もクリスラ様がお幸せなら何よりです。コリーさんにもサプライズプレゼントになって良いのでは?」
「……サプライズには間違いないですが、贈り物になるのかな……?」
「なるんじゃないですか。ほら、今のガルディスさんを見て『あっ、クリスラ様のご趣味って筋肉質な人だったんだ。私も筋肉増強魔法が奥の手だからお気に入りだったんだわ。嬉しい。うるる』ってなるかもですね」
コリーさんの筋肉増強魔法? あぁ、聖女決定戦で戦った時の大猿みたいな姿に変身する魔法か……。確かに筋肉のムキムキ具合が凄かった。
「ならんでしょ。ショーメ先生はいつも適当で羨ましいです」
「そうですよ、フェリス。適当過ぎます。貴女も良い年頃です。そろそろ落ち着きなさい。ほら、諸国連邦の教師が貴女にご執心だったでしょ。彼なんかどうですか?」
レジス教官か……。よく覚えていましたね。
「興味ないですので」
うん、ショーメ先生は確固とした自分をお持ちなので安心できます。
「それよりも、メリナ様、お外も大変なんですよ」
「外?」
ショーメ先生の言葉を受けて、扉を見ます。
ちょうどイルゼさんが入ってきました。
「メリナ様、戻られていたのですね。もう結婚式の準備は整いましたか?」
魔力的にはイルゼさんです。そこは変化無いです。でも、雰囲気、特に顔立ちが大人になっていました。そう、アデリーナ様よりも年上な感じ。
ただ、時間が惜しいこともあって、先にお仕事を伝えます。
「まだやって欲しいことがあります。諸国連邦の王子サルヴァ夫婦とその結婚式の参列者、デュランのアントンの両親達をシャール伯爵のお城に運んで欲しいです。でも、イルゼさん、少し変わりました?」
「変わった? うふふ、斎戒の間で何年も過ごしましたから成長したのかもしれません」
「イルゼは暇さえあれば瞑想をしておりました」
クリスラさんの言葉です。
そっか。イルゼさんは物凄い速度で転移を繰り返しているのかと思っていましたが、実は斎戒の間で多くの時間を過ごしていたのですね。結果、昨晩からすると彼女は数年の時を過ごし終えたのでしょう。昨日よりも歳を取っているのは、そういうことですね。
「メリナ正教会は何故滅んだのか。深く省察することができました。メリナ様にはご迷惑をお掛けしました」
……そんな殊勝な言葉、信じませんよ。
過去にお前は何度もそう言いながら、結局、メリナ正教会の勢力拡大を図ったのです。
「アデリーナ様を巻き込む意味、十分に理解しておりますので」
私だけに聞こえるように伝えられた小声に、私はやはりと思ってしまいました。こいつは、魔力もですが、考えが進化しないですね。また半殺しになる運命を迎えますよ。
「とりあえず、先ほどの参列者の件、お願いしましたよ」
「お任せください」
イルゼは転移しました。その素直さを万事に見せてくれれば良いのに。
「ショーメ先生、今のが大変な事ですか?」
「いいえ」
ですよね。私はもう一度扉を見ます。そして、その向こうで何が起きているのか魔力感知を使おうとした時でした。
またもや扉が開かれます。
「くりしゅらしゃま!」
あら、可愛らしい男の子ですね。うふふ。
邪神が人に化けている姿と同じ年頃でしょうか。
「ジトジール、お父様とお母様は?」
「あっち」
クリスラさんの知り合いの子供か。
「先生、これが大変な事ですか?」
「大変な事の一部ですが、些細な方です」
「ふーん。ややこしい言い方ですね」
続いて、剣王が入ってきました。
こいつもイルゼさんと同じく老けております。年齢的には彼の師匠格であるパウスさんを追い抜いたのではとさえ思うくらいです。
目蓋から頬へ片眼を通って走る傷跡が彼を精悍に見せていました。また、筋肉で膨れて肩幅が大きく、足腰も太くなっていて、私の印象としては彼の特長だった瞬発力が落ちて、前より弱くなったのではと感じてしまいました。
「メリナ、お前の教えに従い、俺は剣の真理に辿り着いた。礼を言う。そして、誠に申し訳ないが、今から立ち会いを願いたい」
武の探求という欲求は変わっていないようで安心です。ただ、剣王は一晩ずっと剣を振るい続けていたのか……。そんなつもりはなかったので驚いています。
「良いですが、結婚式が終わってからですよ」
「分かった。感謝する」
言葉遣いも変わってますね。ガルディスと違い、精神的な面でも強くなったのだと私は感心しました。
「おとうしゃん」
「どうした、ジール?」
……ん? 剣王が幼児の頭を撫でた。
聞き間違いか?
「ショーメ先生、これが大変な事ですか?」
「はい。大変な事の1部です。でも、些細な方の1つです」
いや、些細ではないでしょ……。剣王に子供が出来ている? なんだ? 養子でもいたのか? いや、ヤツからそんな事を聞いたことはない。となると、異空間で出会いがあったと言うことか。そんな相手がいたのか?
パン屋? いや、ハンナさんは年を取っていなかったからか違うか。となると、ゾビアス商店の裁縫職人の誰かに手を出したということになります。これが正しそうです。
失恋したソニアちゃんを慰めるのが大変だなぁ。それから、兄への病的な憧れを隠していたサブリナが激キレしないか心配です。
「ジール、勝手に行っちゃダメ」
新たな人物がロビーに入ってきました。
この人は見覚えがない。私と同い年か、ちょっと年上の髪が長い美人です。
「メリナ、久しぶり。会えて良かった」
「へ? えっ、う、うん、そうですね」
えー、知り合い? 戸惑う私に彼女はふんわりと微笑みながら歩み近付きます。
「メリナ、私を忘れてる」
「そんなことないよ。うん、そんなことない」
「ソニア。私はソニア」
「は?」
「もう一度言う。私はソニア。ゾルの嫁にして、そこのジトジールの母親」
「はぁ!?」
マジかよ! 確かにあの空間は1万倍のスピードで時間が進む場所ですが、それにしても話が急展開過ぎる!!
「剣王、お前、そこに正座! あと、首を出しなさい! 足蹴にして折ってやる!!」
「待って、メリナ。何を怒ってるの?」
は? ……お前は何故に平気な顔をしてるッ!? 無知を利用されて子供まで作らされたんですよ!
って、いや、そうか……。ソニアちゃんは剣王と結婚したいと言っていたから、希望通りなのか。
「ありがとう、メリナ。私の願いを叶えてくれて。やっと言えた、長かった」
「え……はい。ちょっと待ってくださいね」
私は急に現れた親子3人組を一旦、外に戻します。
そして、訊くのです。
「クリスラさん、ガルディス、あいつらに子供が出来ているのを知っていたんですか?」
「あぁ、最初は驚いたもんだぜ」
「私とガルディスが修行に入った時点で、既に生まれていました。驚きました。突然の事でメリナさんも驚かれたと思いますが、慣れますよ」
……そういうものなのでしょうか。
「ショーメ先生、これが大変な事ですか?」
「大変な事の1部で、しかし、まだ大したことのない話です」
……えぇ、まだあるの……?
今日は結婚式でまだまだやることはあるのに、まだ私は衝撃を受けないといけないのでしょうか。
ってか、剣王とソニアちゃんに子供が出来ているインパクトを越えるものなんてそうそう有るものじゃないです。
緊張で唾を飲み込む。うー、まだまだ喉がカラカラです。潤したい。水が欲しい。
「めりゅな、みじゅ、どーじょ」
背後からの声は邪神のものでして、転移してきたのでしょう。その前兆の無さは転移の腕輪よりも優れていて、こいつが並々ならない力量を持っていることが窺い知れます。
「ありがとう」
いつも通りに、私はゴクゴクと頂きます。やっぱり邪神の水は美味しい。秘訣はその時々に合わせた温度管理なのでしょうか。
「おっ、ミミ。いつもの姿じゃねーのか」
ガルディスの言葉に私は疑問を持ち、同時に表現し難い危機感が浮上します。
「……いつもの、とは?」
「こんにゃにょ」
目の前にいた邪神の背が伸び、私よりちょい大きいくらいになって、それに合わせて顔立ちも成人のそれに変わりました。服は魔力で作っているのでしょう。ルッカさん程ではありませんがセクシャルな感じ。品がある生地なのに短いスカートとか、サイズが小さめで胸の膨らみを強調した白い無地のボタンシャツとか、清楚に見せての性的アピールが教師時代のショーメ先生を思い出させます。
「ショーメ先生、これくらいじゃ私は驚きませんよ」
「それは良かったです。さすがメリナ様。鋼の心を持つ方です」
あからさまに褒め過ぎている言いっぷりからすると、隠された何かがあるってことですね……。
その時、またもや扉が開きます。先ほどの剣王とソニアちゃんの息子ジトジール君でした。
「ままー」
そう言って邪神に抱きつきます。聞き間違いでしょう。
しかし、その頭を優しく撫でる邪神は幸せそうで、こいつは何を企んでいるのかと私は邪推さぜるを得ませんでした。
「ジール、ダメ。メリナは忙しい」
大人になったソニアちゃんも入ってきました。
「おかあしゃん、きらい」
「嫌いって言われても許さない。ミミも迷惑」
「まま、しゅき」
また「まま」だと……?
ソニアちゃんが「おかあしゃん」で、邪神が「まま」。
まさかとは思いますが、剣王……お前、邪神にも手を出しているのか……。重婚ですか……。
「剣王ッ!! 入ってこいっ!!」
「なんだよ?」
平気な顔で宿屋のロビーに踏み入ったヤツを睨み付けます。
「あ!? 悪びれもせずに入って来やがりましたね! 殺すぞッ!! 邪神との関係を答えなさい!!」
「あー、言いづらいがミミも妻だ」
「はぁ!? 死ねっ!」
「メリナ、怒らないで。いろいろ有ったの」
「そう。世界を憎む私をゾルは打ち倒し、受け入れ、そして、私は愛を知った……。喉が渇いていそうね。水、飲む?」
私はおでこに指を当てて状況の整理を始めるのでした。情報量が多すぎて処理落ちしているのです。
「ミミのお腹、新しい命が宿っている。メリナ、ミミは殴っちゃダメ」
ソニアちゃん、お願いだから黙って。私、貴女達に追い付けてないから。




