比較的小さい驚き
朝となり、ダンスホールの外階段の手摺や壁にいっぱいの花が飾り付けている作業を見守っていると、後ろからアデリーナ様に話し掛けられました。
なお、ショーメ先生は飽きたのか、もう帰宅しています。
「会場設営は間に合いそうで御座いますね」
「はい。ありがとうございます」
「ところで、パーティー会場はここでしょうが、式自体はどこで?」
「ん?」
質問の意味が分かりませんでした。
「普通、式は教会なり神殿なりで行って、パーティーは別会場で御座いましょ? えっ、もしかして存じ上げなかった?」
「……村では『結婚します』『おめでとう』で終わって、その後、食事会でした。ずっと広場でやるんですけど……。いえ、本で知ってましたよ、愛を誓う儀式があるってのは……」
「まぁ、そんな感じで良いでしょうかね。アントン卿は堅苦しいことを嫌うでしょうし」
……コリーさんは堅苦しいのを好みそう。
しかし、今から用意するのは厳しいかな。花を飾り付けている人達も夜を徹していますから、更に追加の作業だなんて言い難い。私は鬼じゃない。
「そうですね。じゃあ、私、今から宿に帰って指輪を取って来ます」
「開始は昼からで宜しかったですか? 巫女長に訊かれたので、そう答えたのですが」
……はァ!?
「……それ一番誘っちゃダメなヤツじゃないですか……? 信じられないです」
「竜神殿の神殿長はシャール伯爵。私から話を聞いた彼が気を遣って、神殿に通知したようで御座います」
「……どんな気の遣い方ですか……。強い殺意を抱くほどのお節介ですよ。お節介屋フローレンスが霞み消える程のッ!」
私の怒りとは関係なく、大小の花で彩られた馬車が白馬に牽かれて出発したのが見えました。今日の主役を迎えに行くのでしょう。
時間的に少し早いのは、あっちで待機するつもりなのだと信じてます。
「うー! 参列者たちを用意してきます!」
「えぇ、行ってらっしゃい。実は楽しみにしております。結婚式って初めてお呼ばれしたので御座いますよ」
「とてつもなく偉い人の言葉とは思えなくて、哀れみと悲しみで胸が締め付けられました。凄いです。すんごい憐憫の情で溢れてます、今の私」
「失敬な。では、何かあっても高みからの見物ってヤツに徹してやりますね。メリナさんがズタボロになったりして、うふふ」
「死ねっ!」
捨てゼリフを吐いて、私は疾風の如く宿屋へと急ぎます。
宿屋の前には荷車に野菜や肉などの商品を満載にした商人達が列を作って待っておりました。そして、その荷車がドンドンと消えていきます。たまに、ゴミが積まれた荷車も纏めて出現していて、商人たちは次々とそれを持って去っていきます。
「おい、前に詰めろ!」
「代金、どこだよ!」
「荷台に入ってるって言ったろ! どけ!」
彼らはとても殺気立っています。
「……何の騒ぎですか?」
恐る恐る尋ねます。
「あ? あっ、巫女様……。いえ、スッゴい上客ができたんですよ!」
目を凝らして見ると、イルゼさんが猛スピードの転移で行ったり戻ったりしていまして、姿が点滅していました。
1万倍くらい時間の流れが速い向こうの空間では、1日もこちらの1万分の1日なんでしょう。だから、こちらの時間の感覚では食料の補給ピッチもこんな感じになるんですね。
人集りを避けて、私は扉を開けます。パンの良い匂いがしました。
「あっ、ショーメ先生。お疲れ様です」
「はい。疲れておりますよ」
「またまた嘘ばっかり。私、指輪を取りに部屋に行きます。ドレスは出来ておりますか?」
「はい。ゾビアス商店に連絡して、結婚する御二人へ運んでもらいましたよ」
「ありがとうございます!」
私は階段を駆け上がりロクサーナさんから頂いた指輪の入った小箱を持って、自室からまた下へと戻ります。
テーブルの上に日記が見え、昨日の分がまだだと思い出して、後でソニアちゃんに書いてもらおうと、それも脇に抱えております。
「パン屋の方々は?」
「食堂で休憩中ですよ」
「そっか。うん、じゃあ、作業は終わりですね。イルゼさんにストップって伝えてください」
「それがですね。今、中に入っている方々が拒否されるそうなんです」
「拒否? 理由は?」
「剣の修行なんだと思いますよ。私はイルゼさんと親しくないので深くは尋ねませんでした。なので詳しくは知りません」
……ショーメ先生はイルゼさんをよく思ってないんですね。先生はマイア教信者って感じはしないから意外でした。
「先生はあっちに行かなかったんですか?」
「はい。話を聞くに、イルゼさんが何かのトラブルで転移ができなくなったら餓死する環境なんですよね。自分の命を他人に委ねるのはちょっと、と思いまして」
あらあら、他人を信じてはならず、たまには裏切りもする諜報関係の仕事をしていたショーメ先生らしい考え方ですね。
「そうですか。では、パン屋の方々を慰労します」
食堂へと進む。パンが詰められた箱が部屋にぎっしりと山積みになって並んでおりました。素晴らしい。
一目で分かるくらい、種類も豊富です。
「ボス、頑張りましたぜ」
ひげ面のデニスが自信満々に行ってきました。
「よくやりました。純粋に褒めます」
「メリナ様、聖女様ってのは凄いんですね! あっちで何日も居たのに、戻ってきたらまだ真夜中でビックリしました! あれが神様の奇跡なんですか!?」
「ハンナさん、神とは聖竜様だけです。異空間への転移なら私もできますよ」
一度だけの経験ですが。
「マジかよ、メリナさんはスゲーな。幾らでも二度寝ができるじゃねーか」
フェリクスの軽口はやはり心地よい。悪意を感じないからかな。
「私の行った異空間は逆に時間の進みが遅くて、ちょっと居ただけなのに戻ってきたら1ヶ月後でした」
「……それは何かこえーな」
「シャプラさんは?」
「ペーターを見てくれてます。ね、モーリッツ?」
「……もう少し寝かせていて欲しい……。シャプラもまだ子供だ。昨日は寝るのが遅かった」
おぉ、モーリッツの声を聞いたのは2年ぶりくらいかもしれませんね。
「分かりました。ビーチャは?」
「あいつはまだあっちにいます。たまに戻って来ますが、作りたいパンがあるって言うんですわ。ボス、怒らねーでやって下さい。あいつもあいつなりに、ボスの為にやってるんでさ」
「怒りませんよ。結婚式の為のパンを作ってるんでしょ?」
「うーん、一応『はい』でいーんだよな?」
「そうだな」
む。怪しげですね。
「メリナ様、私は止めたんです。でも、ビーチャのヤツ、一度決めたら梃子でも動かないから」
「了解しました。まぁ、これだけパンがあるんです。あいつが何をしていようが許しましょう」
「ボス、ありがとうございます」
待つこと暫し、食堂の空きスペースでベセリン爺の用意した朝食も取り終えました。爺と爺の連れてきた女中さん2人には今日の会場での手伝いをお願い致しました。彼らはとても頼りになる方々ですから。
また、ソニアちゃんと遊んでやろうとも思ったのですが、あの部屋からは誰の魔力も感知しない。剣王は修行を続けているにしろ、ソニアちゃんは邪神と朝っぱらから散歩でしょうかね。
「遂に出来たぜ!」
威勢よく入ってきたのは、ビーチャでした。どでかい布袋を背中に担いでいます。
「って! えぇ!? ボス、居たんですか!?」
「居ましたよ。そして、お前が何かを企んでいることも聞きました」
「えぇ、そんなぁ……」
ん? すごくしょげた顔をしましたね。
「安心しろ、ビーチャ。ボスには伝えていない」
「そうなのか、デニス。恩に着るぜ。ホッとした。ボス、秘密ですから。結婚式でお披露目するまで楽しみにしていて下さい」
サプライズ系の何かですね。宜しい。私の度量に免じて今は詰問するのを待ってやりましよう。
「ガルディス、少しは形になりました。本日の決闘、結果はどうであれ、全力を尽くしなさい」
あっ、クリスラさんの声がした。彼女も斎戒の間に行っていたのでしょう。突然に現れた感じです。
話からすると、ガルディスを鍛えていたのでしょうかね。
「ガハハ、クリスラ、任せな」
あれ? 姉御呼ばわりじゃなくて呼び捨てですか……。少々ばかり強くなったことを自覚して、その為に気が大きくなっているのだとしたら、それは自惚れでしかありません。
そんな物は私が叩き潰してやりましょう。
溜め息を吐きながら私がロビーに出ましたら、やはりクリスラさんと大男がいました。が、私の知っているガルディスと異なり、全身筋肉質の大男。一切の贅肉がなくなり、様々な部位が隆々と盛り上がっています。
「……クリスラさん?」
「あぁ、メリナさん。お久しぶり。貴女は変わらないですね」
クリスラさんはお顔の小皺が増えている気がしましたが、口に出せません。
「えぇ……はい。そちらは、あのガルディス……さんでしょうかね……?」
「おう、ボス! どうだ、生まれ変わった俺はッ!」
そう言うと、彼は足を横に向けて広げ尻を落としつつ、水平に伸ばした片腕を肘で鋭く曲げます。
腕と太股の筋肉を強調してんのか? あと、ニカッて歯を出して笑うな。
「頭が悪いままですよ」
「ガハハ、ボスは変わらねーな! なぁ、クリスラ!」
「そうですね、ガルディス」
「なぁ!」
えっ、ガルディスがクリスラさんの肩に手を回した……。師弟関係にしては距離が近過ぎませんかね……?
「えーと……もしかして……そういった関係ですか……?」
「ガハハ! ボス、何を言ってんだ?」
「そうですよ、メリナさん」
クリスラさんが肩に乗せられたガルディスの分厚い手を静かに払います。
「そうですよね、あはは……」
私の乾いた笑いを見て、彼らも微笑みます。そして、交互に「俺たち」「私たちは」と言ってから、
「「愛を誓った関係です」」
と宣ったのでした。
おいっ!!! そういう関係だったじゃないですか!? 頭おかしいんじゃないですか!?
しかし、まだこの時、私は本当の驚愕というものを知らなかったのです。こんなものはお遊戯でした。




