総仕上げ
早朝なのにお城の廻りを警備の兵隊さんが巡回しており、私は彼らに頭を下げつつ進みます。欠伸一つしない彼らは大変に優秀で真面目で、街の安全をこうして守っているのですね。とても頼りになります。
やがて、立派な門へと辿り着きました。
「おはようございます。竜の巫女のメリナです」
「お疲れ様です」
名前を出すだけで、お城の門を普通に通れました。巫女服を身に付けているので怪しまれることもありません。足早に中へと向かいます。
しかし、思うところがあって、私は引き戻って門番さんに話し掛けます。
「あのぅ、準備って進んでます?」
アデリーナ様の仕事の確認です。
「えぇ。どなたかの結婚式ですよね」
おぉ、末端の兵士にまで周知されているとは素晴らしい。
「メリナ様が来られたと言うことは同じ竜の巫女のシェラ様がご結婚されるのですか?」
「あはは、違いますよ」
安心した私は石畳に沿ってダンスホールに向かいます。走ります。
懐かしい。
まだ見習いの頃、伯爵様と初めて謁見するということで、礼拝部の協力の下、作法の練習をしたのを思い出しました。あの時はシェラに鞭で打たれながら教育されたんだよなぁ。
建物の正面から両外側に曲線を描いて2つの幅広い階段が伸びていまして、2階に当たる部分にダンスホールが位置します。
対して、1階は土台なのかな、壁しかなくて、とても地味です。もしかしたら備品倉庫や使用人の休憩室、調理室なんかが内部に有るのかもです。
窓からは明かりが漏れていますし、人が忙しなく動いているのが影で分かります。
着実に式の準備が進められているみたいです。
階段を登って、静かに扉を開ける。
会場の前半分は無数の丸テーブルが整列しておりました。
残りの半分にはピカピカの床がそのまま見えていて何もありませんが、ここはダンスホールらしく、踊りを舞う場所なのでしょう。
「おはようございます。素晴らしい出来ですね」
「はい? あっ、竜の巫女様……」
床を磨いていた若い男性の使用人を褒めます。
「お料理はどうなっていますか?」
「城の調理場では足りませんので、近くの貴族の家々で手伝って頂いていると聞いております」
ほほぅ、アデリーナ様のアイデアでしょうか? 中々にやりますね。
「ちょっとテーブルを借りますね」
「はい。畏まりました。何か飲み物、今は水くらいしかありませんが、お持ちしましょうか?」
「お願い致します」
丁重に扱われると、私も敬意を持ってお返ししたくなるものです。あー、お金を持っていればチップを渡せたのに。
さて、邪魔にならないように端っこの卓に着席した私は、結婚式についての要望聴取メモを上から順にチェックしていきます。
まずは式を挙げる地域はシャール。これは完璧にクリア。文句は言わせない。
続いて、出席者にアントンの家族と聖女時代の格好をしたデンジャラスさん。アントンの両親ははっきりとした不満を見せてていましたが、出席は叶うでしょう。デンジャラスさんに関しては問題なし。スピーチさえ依頼済みです。
「はい、水で御座います。メリナ様」
あれ? 女性の声? ってか、ショーメ先生。
「どうしました?」
「メリナ様が心配ということで、クリスラ様から依頼されて来ました」
「ご協力、ありがとうございます。頼りにしてます」
「いえいえ。メリナ様がやらかさないか心配って意味だと思いますよ」
「ショーメ先生の解釈は独特ですね」
私はコップの水を飲み干す。
生温くて余り美味しくありません。邪神の水とは大違いです。
「不味いです」
「普通の水ですよ」
邪神の水は常に私を満たしてくれるというのに。
気を取り直して、私は要望リストのチェック作業に戻ります。
盛大なパーティーであること。この広い会場ですから十分でしょう。サルヴァの結婚式を合同で行なうことにより、参列者の数も揃えました。
しかし、念には念を入れて、竜神殿からも何人か呼んでおくか。
「どう考えても竜の巫女を呼ぶのは悪手です」
「失礼な。……でも、確かにそうですね。奴等には黙っておきます」
「特にワイルドな魔物駆除殲滅部はいけませんよ」
「私、その部署に所属しているんで、言わないでくれます? 傷付きます」
湖が見える館っていう条件も満たしました。うふふ、コリーさん、ロマンチックなところがあるなぁ。
「あれ? 湖はどっち方向だろ。ショーメ先生、分かりますか?」
「あちらですよ」
「ありがとうございます」
料理は一任されていて、これも色々と準備万端。
「私の手料理をサプライズに出すなんてどうでしょうか?」
「刺激的過ぎますので、ご遠慮しましょうね」
「そうかなぁ?」
「えぇ、お腹を破壊される人が多数出そうです」
「そんなことない!」
「メリナ様は味見と正しい味覚を勉強しましょう」
衣装も現在作製中。
「もう出来上がっていましたか?」
「えぇ。宿で確認しました。人数分ありましたよ」
人数分? あっ、サルヴァの嫁さんの分ってことか。やるな、ゾビアス商店。話が早い。
「良かった! 一番心配していたことなんですよ。お母さんに殺されるかと怯えていました」
「そんなに強いんですか、メリナさんのお母さん」
「最強です!」
「うーん、メリナさんの方が強いかもしれませんよ」
「いいえ。骨身に染みてお母さんの恐怖を知ってますから、私」
「でも、普通の人は竜になったり、魔王と呼ばれたり、天使に推薦されたりしませんよ」
「……よく知ってますね。流石は諜報の元プロ……」
「メリナ様が魔王って聞いた時はやっぱりと思いました」
「何ッ!?」
「アデリーナ様が魔王って聞いた時もやっぱりと思いました」
「でしょ、でしょ!」
さて、「誰に愛を誓うのか」という項目は空白です。特に希望なしだったんですね。では、私が独断で決めましょう。
……いや、それだとアントンが難癖を付けて来た時に、大変な不快を感じてしまう。ショーメ先生に決めて貰おう。
「愛を誓うって恥ずかしいんですよね。見てる方も」
「ショーメ先生でもそんな人間らしい感情があるんですね」
「えぇ。私はこいつと交尾したいですって宣言するんでしょ。耐えきれないです」
「……今、一瞬だけ、ショーメ先生の深い闇の片鱗を知った気がします。大丈夫ですか? 小さな頃に虐待を受けていたとか」
「メリナ様にそんな心配されるとは心外です」
「あっ、話がずれた。結局、誰に愛を誓えば良いですかね」
「アデリーナ様は?」
「あいつは愛を知らないんですよ。それなのに誓われたら、気を悪くするでしょ」
「そんなこともないと思いますよ」
「ショーメ先生、それ、保身のための発言でしょ。『私は否定したんですけどね』って後から言うための。あー、大人ってずるい」
「メリナ様が言わなくても良いことを口にするからですよ。じゃあ、クリスラ様でどうですか?」
「なるほど。有りですね。クリスラさんも結婚に憎しみを持っていましたが、コリーさんの為なら引き受けてくれそう」
「憎しみを持ってるとか先入観が爆発してますね」
「そんなことないですよ。クリスラさん、『結婚式なんて金と時間が飛んでいくだけ』って、酷すぎて逆に愛を渇望してるんだなって思っちゃう発言してたもん」
「些細な発言を分析をするようになったら、人間関係がダメになりますよ。大人からのアドバイスです」
メモの最後に目を遣ります。
金策のために手放した結婚指輪。うん、既に取り戻しています。あー、私の部屋で保管したままだから取りに行かないといけないな。
「指輪って何のためにするんでしょうね?」
「殴る時に武器になったり、手を保護することができます」
「……適当に答えやがりましたね」
「うふふ。分かりましたか? 本当の話は、愛を裏切ったら指輪が締まって骨ごと指を断ち切るんです。そんな伝説に基づきます。首輪バージョンもありますよ」
「こわっ! 呪いの道具だったんですか!」
「嘘です」
「知ってました」
「本当は――」
「あっ!!」
ショーメ先生がまた嘘を吐こうとしておましたが、ふと見えた明るくなった窓の外に私は驚愕します。
「壁で湖が見えない!!」
「城壁は守るためにありますからね。戦時に内部を見られないように高くしますよ」
「倒壊させますね!!」
「ダメですよ、メリナ様。ほら、見てください。城壁の上も見回りの兵隊さんがいますよね?」
「崇高な犠牲者となって頂きましょう!!」
「全然崇高じゃなくて犬死に近いですよ。では、これはどうですか? 湖が見えるだけで良いのなら、1部をくり貫けば良いかなと私は思うんですけど」
「さっすが! アデリーナ様より年の功を積んでるだけありますね!」
窓から両手だけを出して、できるだけ鋭くした氷の槍を高速で射出。
うまく空洞が壁にできました。
「戦闘能力だけは成長していますね。感心します」
「だけって、おかしいでしょ」
初回の成功を確認して、続けて、氷の槍を連続射出。空洞を少しずつ大きくしていきます。
ガンガンと叩き続ける氷で壁が揺れていますが、気にしません。兵隊さん、ごめんなさい。
結果、大きく開かれた視界に私は満足します。
壁が崩壊しないように空いた穴には氷の壁も構築しています。
「融けたら、どうするんです?」
「3日は持ちます」
「なら良し、とはなりませんよ」
「今日を乗りきれば、何とかなります!」
「本気で思ってますよね。伯爵がかわいそうです」




