守旧派
「しばらく寛いでいて下さい。ここは私の家です」
そう言い残してデンジャラスさんは部屋の外へと出ていきました。
残された私とガルディスは手持ち無沙汰でして、窓の外を見ている私にガルディスが話し掛けて来ました。
「ボス、姉御には子供がいたのか?」
「コリーさん? いえ、本当の子供じゃないですよ。孤児院の先生と子供の関係ですね」
「そうかい。てっきり驚いたぜ。しかし、姉御はあんなキレキレの格好なのに元先公かよ。俺が言えた義理じゃねーが、人は見た目に依らねーな」
「は? 『言えた義理じゃねー』って、お前は見た目通りのバカじゃないですか?」
「グハハ。こう見えて、昔の俺は金持ちな商家の坊っちゃんだったんだぜ」
「継がなくて良かったですね……」
狂言誘拐の手紙で、私の名前を何度も間違えていたことを思い出しました。誤字も酷かったし、商人としての才能は皆無ですよ。
「全くだぜ。親父もそう思ったんだろうさ。家を追い出されたんだぜ」
それは素行の悪さもあったんじゃないかな。さて、話が広がりそうにないし、興味もないので切り上げましょう。
「見なさい、ガルディス。もうすぐで夕方です」
「ボス、腹でも減ったのか?」
「いいえ。時間が足りない。……明日の夕刻には血の雨が降るかもしれませんよ」
お母さんの期待を裏切った私の血が、滝のように降り注ぐ光景が脳裏に浮かぶ……。
「大丈夫だぜ。何年か前には血の雪も降ったくれーだしな」
あー、ブラナンの赤い雪事件ですね。
少しだけ神殿も混乱しましたね。あれくらいの騒ぎで済めば良いなぁ。
もう外が暗くなり始めるような時刻になって、ようやくデンジャラスさんが戻ってきました。
「あ、姉御……その姿はどうしたんてだ?」
ガルディスが驚くのも無理はありません。デンジャラスさんはツンと立てていた髪を下げていたのです。お母さんと戦っていた時から鎖ジャラジャラの服は着ておらず、白基調の聖女の時みたいな服装でしたが、今はより真っ白い本当に聖女の時みたいな衣服を身に付けています。
ただし、所々に入っている刺青は隠し切れていませんし、3つ目の眼がある額はアクセサリーで覆っている状態です。
石鹸の匂いもしますので、湯浴みをしていたのか。
「趣味ではないのですが、コリーの為です」
おぉ、聖女時代みたいなクリスラ様を、と希望していたコリーさんの願いが叶ってしまった……。時間がないのに、トントン拍子で式の準備が終わっていきます。
今日の私はついてるかも!
「身嗜みを整えるのに時間が掛かりました。すみません。では、アントンの実家、クリエール家に向かいましょう。ガルディス、お前もこれを」
分厚いコートです。冬季進軍用でしょうか。
ガルディスにはかなり小さくて、ボタンがはち切れんばかりになっていますが、何とかヘソは見えなくなりました。
「あちぃな」
「我慢なさい。それから、お二人ともコリーの式が終わるまでは私のことはクリスラとお呼びください」
うん。ヤル気満々のデンジャラスさん――いえ、クリスラさんは大変に頼もしい!
道中、アントンについてクリスラさんが教えてくれます。アントンが貴族であることは知っていますが、私と会う前から家名は捨てているそうです。
一般に家名を捨てると貴族ではなくなるのですが、アントンは貴族だって言っていたので、何か事情はあるのでしょう。奴隷に落としてやれば良かったのに。
また、アントンの叔母はクリスラさんの前の聖女だったそうです。魔物との戦いに敗れて戦死されていて、それが思春期のアントンに衝撃を与え、今の捻くれた性格に繋がっているとクリスラさんは想像していました。
目的地に到着します。
豪邸ですが、アシュリンさんのお家よりは小さいかな。あの戦闘バカ、実は金持ちだったんだなって、今更ながら悔しく思います。
「デュランの名家であるクリエール家ですから、家を捨てた者とはいえ、アントンとコリーとの結婚は強く反対しているでしょうね」
「そう聞いてます。でも、行きましょう」
「おう! ボスと姉御が揃ってんだ。殺しても殺されることはないさ、ガハハ!」
私達は進みます。でっかい門の前に2人組の槍を縦に持った私兵がいて、近付く私達に鋭い視線を向けます。が、すぐに姿勢を伸ばして緊張したことが分かります。
「クリスラ様にメリナ様で御座いますか?」
長く聖女をしていたクリスラさんは兎も角、私も顔が知れているんですね。
「はい。この館の主はおりますか?」
「ご在宅です」
「お約束をしていない訪問をお詫びします。ですが、至急の案件にて面談を願います」
「いえ、聖女経験者様をお迎えするのは大変な光栄。こちらこそ、ご訪問ありがとうございます」
丁重に礼をしてくれまして、用件を伝えた私達は庭を通って応接室へと案内されました。
壁際の目立つ場所にリンシャルを象った銅像なんかも飾ってたりしてまして、この家はメリナ正教会に毒されていないんだろうなと思いました。
「ボスも姉御もスゲーんだな。こんな貴族みたいな家でも、顔パスかよ」
「ガルディス、貴族みたいではなく貴族です」
クリスラさんが出されたお茶から口を外して注意します。
「俺なんか置いていけよ。シャールの外れで卑しく生きてた男だぜ」
「シャールに戻れば、またマイア教の布教活動を行います。その際に、貴方を私の右腕とするための教育です。極めて困難な話になるでしょうが、忍耐を以て聞くのです。貴方には光る素質を感じます」
「マジかよ……。俺なんかに素質があるのか……」
ふむ。あの貧民街では確かにガルディスが一番使える者だったと私も思います。たまに、ドキリとする本質を突いた発言もしますし。
さて、いつまで経ってもアントンの両親はやって来ません。お外は完全に暗くなってしまって、空には星や月も出ていることでしょう。
クソ! いつまで待たせるのか!? 私のイライラは止まりません。
ゾビアス商店はちゃんと服を作っているのか、アデリーナ様はダンスホールを押さえることが出来たのか、早く確認したいし、まだなら催促しないといけないのです!
客を待たせるのは軽んじている証拠で、私達は舐められているのでしょう!
「来ないですね!」
「急な訪問でしたから致し方ないでしょう」
落ち着いた表情のクリスラさん。ガルディスもドカッとソファに座ったままです。私は足がカタカタ鳴りそうなのを何とか我慢しています。
「お待たせ致しました。フェドル・クリエール様、ニーアリアス・クリエール様が参られました」
静かなノックの後に男性の声が扉越しに聞こえて扉が開かれまして、完全正装の中年貴族夫婦が入ってきます。
立ち上がったクリスラさんとその2人は恭しく礼を交わします。私とガルディスは座ったまま、それをボーっと見ているのでした。
「アントンの結婚式には出たいと思いますが、あの薄汚い女には祝いません。目にも入れたくない」
それが夫婦2人の結論でした。この結論を出すために時間が掛かったのかもしれません。どうも奥さんの方がそう強く主張している気配がしました。
我が子同然のコリーさんをバカにされたクリスラさんが激昂するかと思ったのですが、冷静です。いや、一瞬だけ悲しい眼をしたかな。
「コリーは都市奴隷ではありましたが、今は解放され、ラッセンの公爵代官として立派に務めを果たしておりました」
「クリスラ様たっての願いと言うことで、式には出ます。クリエールの家名に誓いましょう。これでご容赦くださいませ。倅を思う気持ちは御座います。家名を名乗らなくなった愚息を我らはまだ身内だと思っています」
胸に何かの勲章らしき物を複数付けた旦那さんが頭を下げる。
続けて、小皺はあるものの品のある美しさを感じさせる奥さんが喋ります。
「私も同じ気持ちです。幾らクリスラ様の教え子であろうと、愛息子を奪われた私どもの気持ちは絶望しかないのです」
式には出てくれると言うことで最低条件をクリアしているので、「ありがとうございました」とすぐに帰っても良いのです。でも、出来ません。
コリーさんを悪く言われるのは何だか凄く許せなかったのです。
「私の気持ちなんて、クリスラ様にはお分かりになられないでしょ? 大したことのない家の出でありますし、腹を痛めた子もいない。下品な女が息子を誑かして結婚さえする。絶望でしかありません。あぁ、お怒りにはなられないで。貴女はもう聖女では御座いませんし、悍ましい暗部も崩壊したとお聞きしておりますから。今更、そんな元聖女らしい姿をしても無駄ですよ。まぁ、あの奇抜な格好のままなら館から叩き出してやってたところでしたけども」
調子に乗ってるなぁ。
「クリスラさん、こいつ、教育します? 私、女性もうまく教育できますよ。ねぇ、ガルディス?」
小声ですが、思わず口にしてしまいました。
「ボス、姉御の言葉を思いだしな。忍耐だぜ」
チッ。私に逆らうとは何様。後で、お前も再教育ですね。が、従ってやりましょう。
「さて、息子の話は以上にしましょう。メリナ正教会、あれのせいでデュランは大変に混乱しております。また、諸国連邦の権益放棄、あれもまたデュランの国庫に大打撃で御座います。現聖女も含めて3代も愚かな聖女が続きましてな、デュランの本当の貴族だけで会合がありまして……新たな聖女の擁立を考えております」
3代ということは、イルゼさん、私、クリスラさんか……。ふむぅ、言いたい放題ですね。
ただ、アデリーナ様は転移の腕輪と相性の良いイルゼさんを、道具的な意味だけかもしれませんが気に入っているので、新たな聖女というのは認めないかもしれません。
「そうですか。新たな聖女候補にマイア様の祝福を。それはさておき、コリーへの誤解を解かなければなりません。コリーを認めて頂ければ、イルゼの廃位は――」
おっと、クリスラさんが取引を投げ掛けようとしましたね。でも、それ、実行したらイルゼさんは自殺しますよ。
「今日はもう遅いですから、明日にでも改めて聞きましょう」
「そうですね。明日の結婚式の中で相談しましょうか」
「は? 式が明日?」
「えぇ、明日です。場所はシャール。転移の腕輪で案内致します」
「ドレスの用意もできませんわ。それに、一族の招待もできないなんて」
「何たる屈辱!! 元聖女とはいえ、クリエールに対して、その様な横暴を働くとは!! 我らに準備もさせぬのか!?」
日程に関しては旦那さんの方がぶちギレですね。
「家名に誓われたのですから、出席はして頂かないと」
「……後悔なされるなよ、クリスラ様……」
スッゲー険悪な雰囲気になりました。元々良くない雰囲気でしたが、殺気立っています。
「クリエールを貶め、家勢を地に落とす試み、断固として許さん!」
それに反応したのはガルディスでした。
「大人しく聞いてりゃ、テメーら、怖い者知らずだな。そんなに不満なら決闘しろよ。こっちは、喜んで受けて立ってやるよ」
さっき自分で私を戒めたばかりなのに、お前、忍耐って言葉を忘れただろ。
「まぁ……なんて下品な物言い……」
「ニーアリアス、安心しなさい。デカブツ、我らが脅しに屈するとでも思ったか。腕利きの戦士を用意してやる。その太いだけの首を洗って待っておけ!」
あっ、自分で決闘しない方式なんだ。しかも、ガルディスが受ける感じにされた。ずるいなぁ。
「いいぜ。俺が受けてやらぁ」
こいつ、挑発返しに乗ってしまったか。
「ガルディス、私が代理で決闘しますよ?」
私の助け船に旦那さんが唾を飲む音が聞こえました。
「ボス、それはいけねー。俺が情けなくなるぜ」
おぉ、男ですね! さすがはクリスラさんが右腕と認めた者です!
クリスラさんもその男気に満足顔でした。忍耐、どこに行ったのかな。




