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更なる準備に向けて

 草原での茶番劇が終わって、私達はベリンダ姉さんの関所に移送されました。案内された場所は応接間でなく地下の牢屋です。

 私とお母さんは犯罪者扱いで捕まったのです。


 コツコツと靴音が聞こえてきました。

 石壁に架けられた松明の火が揺れます。


「お疲れ様でした」


 髪の毛をピンと整え直したデンジャラスさんです。その右腕には転移の腕輪が嵌められたままです。


「メリナさん、布切れはベリンダに預けております」


 ぐっ……。それは聖竜様から頂いた大切な服の成れの果て……。悔しくて泣きそうです。若しくは、大暴れしたい。


「……返してください」


「ご安心ください。破れる前の服に近付けて裁縫するように言い付けております」


 ……デンジャラスさん、理解が深い。

 聖女とはこうあるべきです。本当に私やイルゼさんを後継者に選んだのは大失敗でしたね。



「お母様、村までお送りします」


「えっ、デンジャラスさん、うちの村に来たことがあるんですか?」


 転移の腕輪は便利な道具ですが、行ったことのある場所へしか飛ぶことはできません。


「メリナさんにお母様の出産を伝えたのは私でしたよ」


 そうだったっけ。


「宜しく。ふぅ、乳が張って苦しかったのよ。早く子供達にあげなきゃ」


 お母さんはいつも通りにすごく強かったんだけど、出産して間もない人だったことを忘れていました。


 デンジャラスさんが牢の鍵を開けようとした時に、また足音が響いてきます。

 私達が仲良く会話をしているところがバレると、これまでの演技が無駄になるかもしれません。申し訳ないですが、消し炭にでもなって頂くしかないか……。


「よぉ、ボス、姉御、ボスのババァ。皆をうまく丸め込んだじゃねーか」


 ガルディスです。懲りずにお母さんをババァと呼びました。死を恐れないスタイルには驚きを超えて圧巻の思いです。


 お母さん、牢を破壊して襲い掛かることを我慢してくれました。ガルディスのような雑魚を相手にする必要はありません。

 デンジャラスさんも同様の思いで騒ぎを避けてのでしょう、サッサッと私達をノノン村に連れて行ってくれました。



 牢屋独特の陰湿な空気から一転して、周囲の森に由来する冷えた風がとても気持ちが良い。遠くでナタリアとレオン君が遊んでいる、楽しそうな声が聞こえました。


 横ではお母さんに蹴りを入れられて苦しむガルディスがいましたが、血は噴き出していないので、かなり手加減してもらったみたいですね。



「じゃあね、メリナ。結婚式の準備は最後まで頑張るのよ」


「うん。任せて」


「日取りはいつ?」


「……明日」


 思わず小声で、下を向きながらの返答になりました。今になって分かります。極めて無理のある日程です。

 ゾビアス商店は2人の衣装を用意することが出来るのか、アデリーナ様は伯爵のダンスホールを借りることに成功するのか、料理や会場設営は間に合うのか、参列者を揃えることはできるのか、祝辞とかは誰がするのか、結婚式の方式だとか進行は一切決めてないとか。

 正直、成功する未来が見えない。



「まぁ、明日? さすがね、メリナ! 私の想像を超える早さだわ」


「え、えへへ、そんなでもないけどなぁ」


「場所はどこかしら?」


「シャール伯爵のお城の中にあるダンスホールだよ。とっても大きいんだから」


 ここぞとばかりに、自分の功績をアピールします。


「凄いわ。感心しかできない。そんなに広いと参列者もいっぱいなのね。よく皆を招待できたわね」


「うん! 見たことないくらいに盛大だから!」


 強気が大事。


「楽しみね。メリナ、うちに寄ってく?」


「ううん。まだする事があるから」


 お母さんは名残惜しそうに去っていきまして、私のその背が見えなくなるまで見送ります。



「……どうしよう?」


 3人になった瞬間、私はデンジャラスさんに(すが)ります。


「メリナさん、私に任せなさい」


「そうだぜ、ボス。姉御もスゲーからな」


 おぉ、まだ何も相談していないのにデンジャラスさんは頼りになります。イルゼさんみたいなポンコツ聖女とは違って、大変に頼りになります。

 やっぱりデンジャラスさん最大の汚点は私に聖女の位を継がせたくらいですね。いや、汚点ってのは言い過ぎたかな。



 私の全幅の信頼を寄せられたデンジャラスさん、彼女が選んだ転移先は諸国連邦の中心の街であるナーシェルでした。風景的には、私が通った学校である貴族学院の近くですね。


 なるほど、ここは私に友好的な人が多く、全くの赤の他人の結婚式、しかも急な参列依頼であっても、2つ返事で応じてくれる事でしょう。

 素晴らしい。



「ここはデュランよりもメリナ正教会信者が多いのです。何とかしなくては、ですね」


 ……は?


「あのぅ、そんな事よりも明日の結婚式の準備が……」


「メリナさん、他人の結婚式ほど、どうでも良い事はないのですよ。時間とお祝い金が飛んでいくだけ」


 ……冷たい物言いです。もしかして未婚のデンジャラスさんは結婚式って単語に敵意を持っているのか。


「姉御、それはどうかと思うぜ」


 おぉ、ガルディス! ナイスな突っ込み!

 しかし、デンジャラスさんは真剣な顔で遠くに見えるナーシェルの宮殿を見詰めているのです。これは聞こえていないフリですね。

 どうしたものか。



「おぉ、巫女よ! 巫女ではないか!!」


 悩む私が顔を上げると、道の先から野太い声とともに手を大きく振る巨漢がいました。

 その男、ガルディスと同様に上半身裸でして、ガルディスよりも若い分、腹の出は少ない。

 こいつは恥ずかしくも私の知り合い。

 このナーシェル王国の第3王子にして、留学生時代の同級生であったサルヴァです。


「なんだ、テメーは? ボスに何か用か!?」


 同族嫌悪みたいな感情が(あらわ)になったのか、本来の荒い気性を見せたのか、ガルディスが突っ掛かります。


「……弱い者ほど吠える。お前は愚かだった昔の自分を鏡に写したようだ。すまんが、退いてくれ」


 まるで、今の己れは愚かではないかのような、サルヴァの言いっぷりに驚きました。

 お前、上半身裸ですよ? 見てみなさい。お前以外にそんな格好をしている人間は、ガルディスを除いて出歩いていないでしょ。


「ガキが退けっつーたくらいで俺様が退くとでも思ってやがるんのか? アァ?」


「止めなさい、ガルディス。話が長くなる。サルヴァ、時間がないので手短に」


 私には、一刻も早く明日の結婚式の参列者を集めるという使命があるのです。


「おぉ、巫女よ! では、感謝を述べる! 巫女からの返信はなかったが、俺は来ると信じてたぞ。もちろん席は用意しているから安心して欲しい!」


「何の話です?」


「明日に行われる俺とサンドラとの結婚式だが……もしかして、別件で来たのか?」


 あー、2人が結婚するようなことを何回か聞いたことがありましたね。招待状は貰ってないけど、あれか、神殿の方に届いていたんだろうか。

 くそ。こっちはコリーさんの結婚式の準備で忙しいのに、このバカは自分の結婚式でウッキウッキですか。腹立たしい。


「ボスの顔を見てみろよ。テメーのつまらねー話を聞かされて怒ってるぜ。クソガキ、テメー、死んだな」


「……巫女よ……」


 いや、違う! これは今の苦境を救う一手に成り得る!!


「サルヴァ、明日の会場を教えなさい」


「おぉ! 城の中庭で行う予定である! 巫女よ、来てくれるのか!?」


「期待しなさい」


 その結婚式、料理も人も奪い取ってやる。

 ……いや、それは流石に極悪かな。

 穏便に済ませるなら……うん、そうだ!


 サプライズと称して「シャールへの新婚旅行をプレゼントしました。さぁ、皆さんで行きましょう」って形にしましょう。



「メリナさん、貴女はその会場でメリナ正教会の解散について説明しようと言うのですね? そうであれば出席を認めます」


 デンジャラスさんは無表情です。言葉からも柔らかさが消えている。

 しかも、私が結婚式に参加することにデンジャラスさんの許可が必要なはずもなく、おかしな事を言っております。


「なっ!? 正教会の解散だと!? それで良いのか、巫女よ!」


「良いも何も、最初から私は反対でしたよ。誰も聞く耳を持たなかっただけで」


「そ、そうであったか……。巫女がそう言うのであれば、従うしかあるまい。残念ではあるが仕方あるまいか……。おっと、すまぬ。今からサンドラと最終打ち合わせであるから、ここで失礼する」


 サルヴァは私に礼をしてから来た道を戻っていきました。



「姉御、どうしたんだ? 少し様子がおかしいぜ」


「……そんなことはありません。慣れております」


 いや、おかしいでしょ。何に慣れているのか、全く分からないですし。

 私が疑問をぶつけようとした時です。


「ふぅ……。いえ、確かにおかしいですね」


 デンジャラスさんが溜め息を吐き、リラックスするために肩を回します。


「この歳になり、やはり私も未婚の寂しさを感じているのでしょう。結婚式と聞くと、正直なところ、破壊したくなります」


 ……え?

 そういう物なんですか……。

 えー、孤児院でコリーさんが結婚するなんて聞いたら、デンジャラスさんは発狂するのではないでしょうか。


 コリーさんの願いは聖女時代の清楚な感じの格好でデンジャラスさんに参列して欲しいというものでした。

 難しいかもしれませんね。


 が、伝えるだけ伝えなきゃ。



「デンジャラスさん、明日はコリーさんの結婚式でして、コリーさんは是非、デンジャラスさんに参加して欲しいって言ってました」


「えっ!? コリーが!?」


 デンジャラスさん、非常に驚いておられます。そして、悔しそうに唇を噛みます。


「私に連絡も無しに……。いや、放浪の身だから手紙が届かなかったのか……。精霊討伐の時に出会ってるのに、私が祝福していなかったんだから察してくれても良いのに……」


 言い終えて、デンジャラスさんは私に頭を下げました。


「メリナ正教会の行く末など、よくよく考えたら自滅しかないのです。あぁ、自分の愚行により、子の新たな門出を祝えなくなるところでした。お教え頂き、メリナさんには感謝の念が尽きません」


「姉御、どうしたんだ?」


 片耳にびっちり装備された鉄の輪っかを外し始めたデンジャラスさんにガルディスが尋ねました。


「好き勝手に生きたいと思ってはいましたが、母も同然である私がこの格好で出てはコリーが恥を掻くでしょう。明日は元聖女クリスラとして式に出ます」


 ……おぉ、願ってもない展開!!


「シャールに戻ります」


「待ってください」


 私はデンジャラスさんの動きを制止します。


「コリーさんの願いはアントンの家族も参列することでして、デュランに向かってもらえませんか」


「なるほど。アントンは家を捨てましたから、両親ともに出席を渋っているのですね。分かりました。私が説得してみせましょう」


 デンジャラスさんは転移の腕輪を使います。移動した先は、ベッドと本棚と小さなテーブルしかない質素な部屋でした。

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