母の覚悟、聖女だった使命
「ガルディス、教えなさい。デンジャラスさんは何故にお母さんに殴られているのですか?」
しかし、デンジャラスさんもやりますね。お母さんの攻撃を全てではないにしろ、かなりの頻度で避けています。しかも、当たった打撃も受け流していてダメージが浅そう。
何故だ……。強いと言っても、デンジャラスさんがお母さん相手にそこまで善戦できるとは信じられない。
「ボスの真の名を広言する許せねー奴らは死んでしまえばいいって、俺は思ってたんだぜ」
イルゼさんを筆頭とするメリナ正教会の方々の事ですね。
「あのババァがあいつらを締め上げてる時なんざ、気分がスーッとしたもんだ。でもな、やり過ぎなんだよ」
「……ガルディス……ババァって、お前――」
瞬間、風が私を襲う。
「口の聞き方が悪いっ!!」
既にお母さんが私の真横に来ていました。
そして、その足は踵までガルディスの腹に突き刺さっています。
「へ……へへ……。ボスが来たんだぜ……。テメーみたいなクソババァ――グッ……」
お母さんが更に足を沈めたのでしょう。ガルディスはその巨体を前向けに頭から倒れました。
加減はしていると思いますが、念のために私はガルディスに回復魔法を唱えます。
「メリナ、何をしに来たの?」
「いやー、イルゼさんに呼ばれ――」
私の言葉は最後まで言えませんでした。
「しつこいのっ!!」
お母さんが叫びながら、後方へ回し蹴り。
信じられないことに、詰めて来ていたデンジャラスさんはその尋常じゃない速度の攻撃を見切っていました。
急制動でデンジャラスさんが身に付ける鎖のアクセサリーがジャラジャラと音を鳴らします。
即座に私は2人の間に氷の壁を作る。
お母さんにとっては紙きれ一枚の効力もない防壁ですが、次の行動を踏み留めることには成功します。
「メリナ、何のつもり?」
はい。私の意図が読みきれず、確認したくなると思っていました。
「いやー、お母さんがどうしてデンジャラスさんと戦っているのか分からなくて。そうだ。デンジャラスさんに理由を聞いて良いですか?」
たぶん、こっちも戦意満々です。
お母さんを抑えることは難しいですが、デンジャラスさん相手なら力ずくでも停戦の説得ができると期待しています。
「名前の通り、危険なヤツよ」
「まあまあ、お母さん、落ち着いて。デンジャラスさん、どうしたの? メリナ正教会を叩き潰してくれるお母さんはデンジャラスさんにとっても、味方じゃないですか」
こちらを見る彼女の額には隠していた3つ目の眼が大きく開かれていました。気持ち悪い。
「良心に従ったまでです。力に溺れ、弱者を苦しめ、そして、無慈悲に殺すのは魔族と何ら変わらない。メリナさんの母親であろうと悔い改めてもらう必要が御座いましょう? その為であれば、我が身が朽ちても惜しくない」
それに対してお母さんが答えます。
「いい? 何度でも言うわよ。メリナ王国だなんて変な名前を付けて国に逆らったのよ。その大罪を赦して、一部の指導者だけを殺して終わりにしてあげるの。これ以上の妥協はないのよ。甘過ぎる処分は将来のためにならない。分かって」
「彼らはデュランの中心にいた者達。心を入れ換えた彼らは、正しい方向でデュランをより発展させるでしょう。それは王国の発展にも繋がります」
お母さんは深く溜め息を吐きました。
「そんな不良の格好をした人が国を心配するなんてね。信じられないわ」
「外観で判断なさるとは不見識ですね」
2人の会話は続く。氷の壁が白熱した雰囲気で溶けてしまいそうです。
「うちのメリナを勝手に神に祭り上げていた連中なのよ。十分に反省して欲しいの。2度とそんな気持ちを起こさないように」
「もう十分でしょうに。助けを求める彼らを私は、優しき大魔法使いマイア様の僕として見殺しにはできません!」
デンジャラスさんの凛とした声は静かな戦場に乗って、メリナ正教会の人達にも届いたかもしれません。
「全部は殺さないって。それに、元聖女さん、何回も言ったけど、娘を守る為なら私は何でもするの」
……お母さんの想いを感じます。私は深く愛されていますね。
「メリナを利用して美味しい想いをしていた人だけ鏖。それが私の覚悟」
うん、深く愛され過ぎているかもしれませんね。
「咎人であろうとマイア様に再び帰依すると誓った者は我が同志。ならば、それを守るのは私の使命」
あー、メリナ正教を捨てて、マイア教に戻った人もいたんですね。1度は自分を裏切った方々であっても命を懸けて守ろうとするなんて、デンジャラスさんは流石、元聖女です。
……いや、聖女時代からデンジャラスさんは計算もできる人でした。敵わぬ相手であるお母さんに、正義感だけでここまで反抗するとは思えない。
メリナ正教会を崩壊させるという初期目的は達成できた。だから、目標を前進させて、メリナ正教会の元信者をマイア教に取り込もうとしているのか。
しかし、お母さんに自分が殺されたら、いえ、殺されなくても動けなくされたら、お母さんは止められない。敵対することに意味がないでしょうに。
……もしかして、勝てる算段があるのか。
「メリナ、このおかしな人を一緒に倒すわよ」
「メリナさん、私に付きなさい。母親に人殺しの汚名を負わす訳にはいかないでしょ」
2人同時に私を味方にしようと誘ってきました。凄く迷惑です。迷惑ですが、うー、血塗れのイルゼさんと約束したんです。それに、何か隠し手がありそうだし……。
私はお母さんに拳を向けます。
「へぇ、メリナ……」
「メリナ正教会が失くなったなら、私はもう満足だもん……。お母さん、ありがとう」
「場所を移そうか。子供も巻き込みそうだから」
どれだけのお仕置きが待っているのか、既に後悔してお母さんの提案に怯えて動けない私でしたが、デンジャラスさんは倒れたままのイルゼさんに近付き、転移の腕輪を抜き取ります。
そして、それを用いて私達が移動した先は、石タイルの床しかない空間。まだクリスラと名乗っていたデンジャラスさんが聖女時代に私を最初に閉じ込めた所です。
「ここには誰も居ませんし、来れません」
お母さんの眼を真っ直ぐに睨んでデンジャラスさんが静かに告げます。
「そう、それは良いわね」
お母さんも真顔で答えます。
もう始めるのか……。ちょっと待ってよ。
有利な展開に持ち込むため、お母さんをデンジャラスさんと挟む形にしようと慌てて移動する私でしたが、お母さんが突然に声を出して笑いました。
「あはは、ごめんね、元聖女さん」
「いえ、こちらこそ申し訳御座いません」
2人は互いに頭を下げあって謝罪の言葉を交わしました。
呆気に取られる私に説明がされます。
初日にしてメリナ正教会信者を暴力で支配したお母さんでしたが、その夜にデンジャラスさんが近寄ります。「彼らの信仰心は本物です。どれだけ傷付けても、心の底では従いません。いえ、傷付けられたからこそ、メリナさんへの信仰は深くなってしまう」と忠告をしました。
その上で、デンジャラスさん自身が私に代わる救世主を演じると申し出たのです。
それに応じて、お母さんは悪役に徹し、デンジャラスさんと対峙する演技を今までしていたんですね。
いやー、皆、騙されてましたよ。
良かった。良かった。
「さぁ、最後の仕上げよ、メリナ」
「うん! 私も協力するよ!」
「メリナさん、ありがとう御座います。では」
2人がこちらに向けて構えました。綺麗な笑顔で。
「デンジャラスさんがメリナより強いと思わせなくちゃいけないから、メリナ、悪いけど半殺しにさせて」
「できるだけ、痛くしないように努力しますので」
「はぁ!? 絶対、拒否です!!」
絶叫しながら特大の火球魔法!
それを2人に射出しましたが、左右に分かれて避けた奴らの姿が、炎の向こうに見えました。
イルゼさんはこの計画を知らずに、2人に私を呼ぶように誘導されたのでしょう。私を陥れる為に。
まんまと嵌められた悔しさで歯軋りをしてしまいました。
冷静になれていない私の隙を突き、デンジャラスさんが背後を取ります。
私、分かってます。こいつは囮。背骨の1本くらいくれてやる。
だから、要注意のお母さんの位置を教えてっ!
「メリナ、痛くないからね」
クソっ! かなり後方に下がってからの遠距離魔法か!!
優しい言葉と違い、遠くから放たれた雷撃の束は私の身長よりも遥かに分厚く見えました。
「痛くないけど、死んじゃうじゃん!!」
私は叫びながら、体内の魔力を必死に動かします。
間に合わないかもしれない、って言うか間に合わなかったです。
極悪な威力の雷に貫かれ、全身が焼かれ痺れ、意識が遠退く中、私は自分の術を完成させる。
竜化。
その代償は聖竜様から頂いた服。大きくなった私の体によって引き千切られ、最早何枚かの布切れになって宙を舞っていました。
『ガァァーーァアアッ!!!』
巨大な竜となった私、思わず、ぶっ殺してやるって叫んでしまいました。




