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優しいアデリーナ様

 早朝から私は神殿へと走りました。そして、アデリーナ様の下へ向かいます。

 焼け落ちる前までは新人寮に管理人として住み込んでいたアデリーナ様ですが、今はどこで生活をしているのか……。

 宿屋を出発する前に眠そうなショーメ先生を捕まえて、その答えを聞いております。


 なんと仮設の小屋。魔物駆除殲滅部の隣に作られたおんぼろ小屋に住んでいるそうです。

 仮にも広大な王国の女王様が寝泊まりするのに相応しい場所とは思えませんが、あいつは女王としての仕事を放棄しているも同然なので、やっぱり相応しいのかもしれません。



 ちょこざいにも鍵が掛かった扉を粉砕して侵入します。


「アデリーナ様、おはようございます」


 丁寧な私に対して非情にも無言で放たれた光の矢を、頭を振って避ける。


「……何事です?」


 アデリーナ様はコートにくるまって床に転がっていました。



「獣魔王って感じですね。犬が寝てるみたいです」


「ルッカの戯言を真に受ける必要は御座いません。それと、新人寮なら清掃係が身の回りの世話をしてくれていましたが、ここには来ないでしょ。どこぞのバカのせいで、こんな暮らしで御座いますよ」


 アデリーナ様は体を払いながら立ち上がり、それから上着を脱ぎました。いつもの巫女服の姿に戻ったのです。


「で、どうしました? こんな朝からメリナさんが来るのですから、よっぽどの理由でしょうね。神とやらからの接触でもあったので御座いましょうか?」


「いえ。私、コリーさんとアントンの結婚式を開こうと頑張っているんです。で、2人の希望が大勢の人が集まれる屋内で、湖の見える場所って条件なんですよ」


「想像以上に下らない理由で怒りを覚えましたが、それで?」


「はい。シャールの街中からだと高い壁で囲まれていて湖が見えないじゃないですか?」


「湖方面は港が有りますから、そっちなら壁はないですよ」


「あっ、そうなんですか。でも、私、考えたんです。シャール伯爵のお城からなら湖が見えるなって。だから、アデリーナ様からシャール伯爵に命令して欲しくて来ました」


 昨日、ロクサーナさんに頼むのを忘れていたのです。だから、アデリーナ様に泣き付きに来ました。もちろん、断られても私が泣くはずはないのですが。

 最悪、直接お城を襲撃するだけです。


「ダンスホールを貸せと?」


「それって夜会をした会場ですかね? アデリーナ様がベロンベロンに酔った。うん、そこです。あと、人も出して欲しいです。あっ、費用は伯爵持ちでお願いしますね」


「……1日くらいなら何とかなるかもしれませんね」


「えー。1日ですか? 準備、本番、後片付けで最低3日は要りますよ」


「ふむぅ……よろしい。メリナさんのお陰もあって、帝国の弱体化に成功しました。その返礼として、その願いを叶えて差し上げましょう」


「おぉ! 魔王アデリーナ陛下! 有り難き幸せ!」


「魔王はメリナさん、貴女で御座いますよ。無礼な称号を押し付けないで下さいます?」


「あはは。私には似つかわしくないのでアデリーナ様に譲ります」


「100人に訊いたらその100人全員がメリナさんの方が魔王だって仰いますよ」


「面白くない冗談ですね」


 しかし、今日のアデリーナ様は大変に機嫌が良い。早起きした甲斐があったと言うものです。


 ついでに、他の懸案事項も処理しておこう。


「剣王が竜の巫女になりたいって再び言い出しました」


「それねぇ……神殿の規則集を見たら、巫女は女に限るって規定がなかったのよ」


「えぇ!?」


「当然過ぎるからなので御座いましょう。ただ、最初は誰もが新人寮での共同生活になるため、寮の管理人として、やはり男性を入れる事には抵抗が御座います」


「由々しき事態ですね。剣王が『聖竜様の声が聞こえた』なんて言った日には――」


「法に則れば、巫女になる資格を持ちます」


「おっそろしい! 殺した方が良いですかね」


 もう一つの懸案、ソニアちゃんの結婚願望については、アデリーナ様が冷徹な心しか持ち合わせておらず、まともで真摯な回答は期待できないだろうと考えて相談しませんでした。


「ところで、メリナさん、記憶を失った原因は分かりましたか?」


「ルッカじゃないんですか?」


「分かりません。ただ、以前、ガランガドーは何かを知っている素振りをしておりました」


 ガランガドー? あー、あいつ、記憶喪失だった頃に尋ねたら妙に怪しい言動をしていたのでしたね。


「敗北者のあいつを励ますのが面倒ですが、結婚式が終わったら聞いてみます」


「ルッカと手を組んで、メリナさんを嵌めている可能性もあります」


「まさかー。ガランガドーさんにそんな悪知恵はないですよ」


 用が終わったので私は帰ろうとします。

 失くなった扉方向へ振り向く瞬間、アデリーナ様の机が目に入りました。


「書類が山積みですね」


「これくらい、そうでもないですよ。メリナさんと違って私には」


 は? 何を思って私に対抗しているのですか。


「あっ、日記帳もありますね。それ、邪神から貰ったヤツですか?」


「いいえ、日記では御座いません。あっ、メリナさん、他人の書物は見るものではありませんよ」


「散々、私の日記を読んで、その度に誹謗中傷してるアデリーナ様が言って良いセリフではないと感じます。あと、一切、興味がないです。ルッカさんのダンナさんの日記の方がまだ読んでみようかと思いました」


「まぁ、失礼な人で御座いますこと」


 お前の方が失礼でしょと思いながらも、私は去ろうとします。



「メリナさん、式の日取りは?」


 あっ、コリーさんに確認してなかった。


「明日にしましょう」


「メリナさん、今、決めたんじゃない? それに余りに急だと思うのですが?」


「こういうのは早めが良いのです。ほら、コリーさんがいつアントンに見切りを付けるか分からないですし」


 本当の理由は私事ですが、お母さんの重圧から可能な限り早く逃れたいという想いです。


「ふむ、ダンスホールくらいなら空いているでしょう。分かりました。伯爵に伝えておきます」


「ありがとうございます! 最後になりましたが、アデリーナ様、寝癖が凄いですよ。ずっと気になってました! では、さようなら」



 神殿での用を済ませた私は、最大速力で宿屋へと帰ります。


 まだ私にはデンジャラスさんとアントンの家族を式に招待する仕事が残っています。特にアントンの家族は遠いデュランにいて、私がドラゴンに変身して飛行したとしても往復1日は難しいでしょう。

 だから、いつ訪れるか分からないイルゼさんを捕まえて、転移の腕輪を使用してもらう必要があったのです。


 朝食も部屋で取り、ひたすら待ちます。隣の部屋にソニアちゃんが居れば遊んであげたのですが、残念ながら不在。邪神を引き連れて、人捜しという名目で恋のお相手である剣王とデートを楽しんでいるのでしょう。



 昼前になって、(ようや)く室内で魔力変動があり、私は一安心するとともに気合いを入れ直します。いきなり致命的な攻撃が来る可能性に備えないといけませんから。



「メリナ様……お助けください……」


 現れたのはイルゼさんだけで、意外にもお母さんは居ません。

 そのイルゼさん、凄い血塗れです。両目も潰されていますし、聖女の象徴みたいだった純白の服は最早白い部分がなくて、破れている箇所からは深い真っ赤な傷さえも見え隠れしていました。


「デンジャ――クリスラ様の命が危ないのです……」


 ん? ボーボーの人でなくデンジャラスさんですか?

 状況がよく分かりません。


「とりあえず連れていきなさい。あっ、待って。デンジャラスさん対お母さんの死闘が始まってる?」


 イルゼさんは傷が疼くのか、僅かな頷きで答えました。

 マジか……。知りたくなかった。


 ……しかし、行くしかないか……。

 デンジャラスさんは強情だから、本当に死んでしまうまでお母さんに抵抗しそうです。


「分かりました。覚悟はできました。でも、少し離れた所くらいに転移しましょうね」



 転移先は、ベリンダ姉さんの関所の草原。メリナ正教会の人達や帝国の敗残兵達の集団とは離れた場所で、私達の近く、数10歩の距離でお母さんとデンジャラスさんが殴り合いをしていました。


「……イルゼさん、離れた場所ってこういう意味じゃなくて真逆ですよ……」


 お母さんの拳や脚が空気を切り裂く音に怯えながら、愚かな聖女に苦言を申します。が、気力の果てたイルゼさんはそのまま倒れてしまいました。

 私は回復魔法を唱えますが、彼女の意識は飛んだまま。



「……ボ、ボスじゃねーか……」


 背後から絞り出すような声で私に呼び掛ける者がいました。私は即座にそれが誰の声か把握しました。


「ガルディス、これは何が起きているのですか?」


 振り向いてお母さんを視野の外にするのは自殺行為に近いですので、ゆっくりと後ずさって、腹を抱えて尻をつく大男の横に移動します。


「……手で押さえて……ねーと……(はらわた)が……出てきや……クッ!」


 あー、お前も瀕死か。私は回復魔法を唱えてやります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「とりあえず連れていきなさい。あっ、待って。デンジャラスさん対お母さんの死闘が始まってる?」 [一言] デンジャラスさんとはいえお母さんには勝てないでしょう。それより遂にお母さんの仕事振り…
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