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順調な滑り出し

 トントンと小気味良い音が聞こえました。神殿の施設課の巫女さん達が新人寮の再建工事をしているみたいです。

 参拝可能な場所以外は基本的に男子禁制ですので、大工仕事も巫女さんが担うのです。


 うーん、寮が全焼したのは私が悪い訳ではないと信じているけれども、火を出したのは私なんだよねぇ。懸命に働いておられる彼女達に、何か差し入れした方が良いかな。



「あら、メリナさん。お仕事は?」


 ……嗄れた声で分かります。横から巫女長に声を掛けられました。気配の消し方は流石です。

 秘かに恐怖に負けないように気合いを入れ直してから、私は返事をします。


「いやー、今日は部署の仕事はなくて、知人の為に今からマリールの実家のお店に向かおうかと思っています」


「そうなのね。でも、魔物駆除殲滅部から2名の退職届が出されたから、これからは忙しくなるわね」


 ……遂にオロ部長とアシュリンさんが提出したのか。メリナ部長爆誕、そんな日が近付いて来ています。


「そうですか。ちょっと寂しいです」


「えぇ。そうね。じゃあ、メリナさん。お友達の件、頑張ってね」


「はい」


 巫女長はあっさりと去っていきました。

 いえ、まだ油断をしてはなりません。「あらあら、その服、良いわね。ちょっと貸して欲しいわ」ってとても気軽な感じで、後ろ向きに精神魔法を放って来るかもしれません。

 なので、私は巫女長の姿が見えなくなるまで背中を見守り続けるのでした。最大限の警戒態勢です。



「見て。メリナさんよ……」

「へぇ、あんなに一心不乱に見詰めて。巫女長様を慕っているのね」

「はいはい。仕事よ。あんたらも聖衣の巫女様を見習って真剣にね」

「はい、親方!」


 施設課の人達の会話が聞こえまして、勘違いされてるなぁと、内心、何だか照れ臭くなりました。

 あと、巫女になったのに大工仕事っていう肉体仕事をしていることに疑問はないのだろうかと、魔物駆除殲滅部にも通じる疑問が浮かびます。

 うん、やっぱり差し入れが必要ですね。今度、持ってこよ。彼女らとなら、部署の悩みとか巫女って何なのかとかを話し合える気がするし。



 マリールの実家であるゾビアス商店は一度行ったことがあります。しかし、だいぶ前だし、あの時はアシュリンさんを肩車して街中を移動するという、今考えれば果てしなく無駄な修行をさせられていましたので、あまり道を覚えていません。

 行き交う人々に道を尋ねながら、私は目的地へと向かいます。皆、優しく教えてくれて、あの時とは大違いでした。



 ゾビアス商店はデュランや王都にも展開する大商店だと聞いたことがあります。お値段も金貨を前提にした高級店。

 しかし、今の私は見習いの時とは違い、こういったラグジュアリーな世界も知っている淑女です。


 店舗の前の石段を軽やかに上がり、金色の飾りも付いた立派な扉を開けます。



「いらっしゃいませ」


 入るなり、店員さんが深々と私に礼をします。


「う、うん……」


 知ってはいても慣れていない私は挙動不審になってしまいました。


「あ、あの、これを偉い人に渡したいのですが……」


 用件を早々に伝え、安心したかったのです。握っていた手紙を背の高い女性店員さんに預けます。


「どういった内容の手紙でしょうか?」


「わ、私、竜の巫女のマリール・ゾビアスの友達のメリナと申します。服やら指輪が欲しくて、マリールに紹介状を書いて貰ったのです」


「あのメリナ様……? しょ、少々お待ちください。あっ、いえ、失礼致しました! 応接室にご案内致します」


 女性店員さんは近くの方に私の案内を託してから、慌てて店の奥へと足早に去っていきました。



 お茶と菓子が前に置かれ、更には果物の盛り合わせまで用意してくれました。

 遠慮なく頂きます。とても美味しい。

 私、とっても尊重されてる感じですね。うふふ、いやぁ、久々に特権なるものを味わっております。

 そうです! 私はこんな風に扱って貰えることを期待して竜の巫女になったのです! あっ、いえ、聖竜様を慕っているのもありますよ。ありますが、うふふ、物質的な栄誉を与えられることは大変に愉快なことです。

 これが淑女の役得ですね。


 何回かお茶とお菓子のお代わりを頂いて待っておりました。



「お待たせ致しました、メリナ様」


 ノックさえも洗練された音に聞こえた、この細身の男性は、似てはいませんが、きっとマリールのお兄さんなのでしょう。サラサラの髪の毛が歩く度に揺れています。顔立ちも、一般に美男子と呼ばれる類いの人種でしょう。

 私はお菓子を飲み込んでから、会釈を返します。それから、お茶で頬を何回か膨らませて、口の中を(すす)ぐ。


「いつも妹のマリールがお世話になっております。ゾビアス商店支配人アロイスと申します。ご用件はマリールからの手紙で承知しておりますが、念のためにメリナ様からもお伺いしても宜しいでしょうか?」


 出されたお茶に手を付けないまま、男性は私の目を見ながら、そう切り出しました。

 うん、この人は2年前に「マリールなんて知らない」って私に言った人です。



「はい。3つ御座いまして、1つはアントンとコリーという貴族2人の結婚式の衣装を用意して欲しいのです。でも、式まではそんなに日を空けたくないので、仕立てに時間が掛かるなら中古服でも構いません」


「ははは、結婚式に中古服や既製服はよく御座いませんね。大丈夫です。ゾビアス商店の総力を掛けて納期に間に合わせますよ」


 おぉ、凄い。前回来た時は持ち金では袖も買えないくらいで、店員さんに申し訳ない顔をさせたというのに、この変わりようです。

 私、2年間でだいぶ成長したなぁ。


「もう1つは化粧品が欲しくて」


「分かりました。そうですね、アントン様も化粧を楽しむと聞いておりますので、お2人分をご用意致しましょう」


 っ!?

 爽やかな笑顔で何を言う!?

 ……いや、でも、それもアリか。私にとって結婚式の成否よりもアントンが如何に満足するかの方が大切。

 コリーさんには悪いですが、この話は飲むべきでしょう。


「宜しくお願いします。で、最後は指輪です。その挙式を予定している人達、結婚指輪をテミルルってお店で売ったらしくて、買い戻したいんです」


 マリールに指摘されたので「取り戻したい」とは言いませんでした。


「メリナ様、誠に申し訳御座いません。手紙を読ませて頂き、すぐに手配したのですが、既に別のお客様が買われた後で御座いました。現在、店長がご事情をそのお客様に説明しに伺っているところです。何卒、数日を頂きたく存じます」


 数日……。お母さんはその数日を待ってくれるのだろうか……。


「あのぅ、そのお客様のお名前を教えて頂く訳には行きませんか……?」


「お客様との信頼関係が私どもの宝で御座いまして」


 うーん、ですよねぇ。

 いや、無理を言って申し訳なかったです。

 アロイスさんも苦渋の顔です。


「なるべく早く、お客様とのお話の結果をメリナ様にお伝えしますので」


 そう言うと、アロイスさんは立ち上がり、扉を開けて、近くの部下の方を呼びます。



「すまない。教えてくれ。あの指輪をお買いになったシャール前伯爵へのアポイントメントは取れたか?」


「いえ。先程、テミルルの店長が出発したばかりですので、まだ取次役にも接触できていないかと」


「回収を急がせろ。金に糸目は付けない」


 扉を開けたままの会話でしたので、私ははっきりと聞くことができました。

 そっか、買ったのがシャールの前伯爵となると、夜会で一度だけ見たことのある、老いて枯れ木みたいな体だったロクサーナさんですね。

 

 アロイスさん、わざと私に漏れるように会話したんだろうなぁ。



「申し訳御座いません、メリナ様。可能な限り、早く致しますので」


「はい。了解致しました」


 ロクサーナさんが買い主なのかと確認するのは、アロイスさんも困るだろうと思って、私は素直に頷くだけとしました。



「こんなに良くして頂き、感謝致します」


「メリナ様には当商会に多大な利益を与えて頂きましたから。メリナ様との契約のお陰で、王都やデュランでの取り扱い量が増えました。本日は私どもが提供した衣装では御座いませんが、不都合で御座いませんでしたら、またゾビアス商店の服も身に付けて頂ければと存じます」


 聖竜様から頂いたこの紫の服は至高の逸品なので、常に着ていたのですが、そうですね、そんな契約もありました。


「はい。喜んで」


 お話は終わり、店の外までアロイスさんは見送りをしてくださいました。



「そうそう、メリナ様。最近、シャールでは双子の男性がやっているお店が繁盛しているのですよ。私どもは老舗になるのですが、新旧のお店でお互いに協力したいと思っておりますので、もしもご存じなら、少し取り持って頂けませんか?」


 唐突な話題です。双子の男性でお店となると、ニラさんの兄貴分であるブルノとカルノの2人かな。


「知り合いの方の店なら構いませんよ」


「そうですか。ありがとう御座います。メリナ様に聖竜様の祝福が満ちますように」


 私は深く礼をしてから歩き出し、角を曲がってアロイスさんから私が見えなくなったことを確認してから、一気にシャール伯爵のお城へと道を駆け抜けます。


 時間勝負です。お母さんが再出現する前に大体を終わらせておかないとなりません。そう思うと、自然と足に力が入るのでした。

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