結婚式に向けての希望聴取
宿屋に戻ってきました。結婚式の打ち合わせと言うことで、コリーさんとアントンも一緒です。
コリーさんは兎も角、アントンと同じ空気を吸うのは非常な不愉快ですので、当初は独りで帰るつもりでした。
しかし、メリナ正教会の粛清を終えたお母さんが、今日にも私を殺しに来る可能性があります。その時に彼らから「借金の問題は無事に解決しました」と伝えて頂けると大変に助かります。主に私の命が助かります。
だから、彼らを宿屋まで連れてきたのです。
とはいえ、部屋に入れるのは嫌ですので、食堂でお話をします。
「えーと、場所はデュランで良いですかね。お2人の故郷ですし」
「シャールで良い。俺は家と縁を切っている」
「アントン様、それでも、ご家族をお呼びした方が宜しいかと存じますが……」
「不要だ」
ふむぅ。こういうのは奥さんの意向に従うべきなんですよね。それに、私個人としてもアントンの意見よりもコリーさんの気持ちを重視したい。
「コリーさんもシャールで良いですか?」
「あっ、はい。デュランの友人も居なくなっておりますので」
では、シャールの地にアントンの家族を集めるか。その旨を手元のメモに記します。
「コリーさんの家族は?」
「孤児ですので」
あっ、そうだった。不躾な話を振っちゃったなぁ。
「じゃぁ、孤児院の先生だったデンジャラスさんを呼べば良いかな?」
「はい。……贅沢を申しますが、聖女時代のクリスラ様の格好で宜しくお願いします」
その気持ちは分かります。分かりますが、今のデンジャラスさんがそれを良しとするかどうか。コリーさんの希望を通すには、困難が待ち受けているかもしれませんね。
「盛大なパーティーとのことでしたが、できるだけ人を集める感じですよね? シャールで結婚式に適した場所って分からないんですが、どこか心当たりが有りますか?」
「ない。シャール到着後に決める予定だった」
「希望は?」
「湖が見える場所が良いです。朝日に煌めく水面が本当に綺麗だと聞いたことがあります」
うふふ、コリーさんは意外に乙女チックですねぇ。でも、パーティーは朝っぱらからしませんよ。
「屋外は止めろよ。雨が降ると大変だ」
「了解しました」
私はメモに湖が見える館と書きました。
「お料理はどんな物を用意しましょう? パンとかも含めて、私は料理が得意ですので何でも言ってください」
「そうですね。メリナ様は王都のパン屋でも修行されたのでしたね。デュランの新しい名物になった魚のパンも開発されたとか」
「あぁ、確かにあのパン屋はデュランでも評判であったな。良し、料理はクソ巫女に一任する」
はい。料理は一任と。
次は服とかを決める必要があるかな。
「衣装と化粧は友人のご実家で扱っていますので、近日中にお二人の館に使いをやります」
「ふむ」
「メリナ様、何から何まで申し訳ございません」
「いえ、借金の件を無事に解決するためですので。お店の名前はゾビアス商店です」
「その店は知っている。コリー、そこで良いか?」
「はい、私には充分すぎる高級店です」
「費用は私が負担します」
「豪気な事だな」
マリール経由で依頼したら、何とかなるでしょう。
「愛は誰に誓う感じにします? デュランだと、やっぱりマイアさん?」
「宗教臭いのは好かん。それ以外で適当にやってくれ」
「アントン様! 適当に誓われては困ります」
「ん? あぁ、悪かった。そういう意味ではない」
「そう取られる言い方はお控え下さい」
バツの悪そうな表情をアントンがして、私は結婚を機会に2人の上下関係が変わりそうな予感がしました。
うふふ、コリーさんは上手くアントンを尻に敷くかもしれませんね。
私が目を細めて、その愉快な将来を想像している時でした。
アントン、コリーさんとは対面してテーブルに座っているのですが、その2人の背後で魔力の変動が確認されました。転移魔法の予兆です。
そして、出現したのはお母さん。その横に真っ赤な服を来たイルゼさん。イルゼさんは顔を下に向けたままで、その表情は伺い知れません。頭頂部を私に見せる彼女の長い髪がダラリと真っ直ぐに垂れています。そして、一切、身動きしないのが不気味です。
「メリナ、解決したの?」
凄く冷たいお母さんの声に私は怯えましたが、「えぇ、解決中……」と声を出すことに成功します。
「……本当にぃ?」
ひぃ!!
「ほ、ほら! コリーさんもここにいるよ! 円満に解決中だから! コ、コ、コリーさんも何か言って!! 速くっ!!」
「メリナ様には深く感謝します。本当に、本当に私どもの為に、よくしてくれております」
ナイス! コリーさん、よく状況が分かっておりますよ!!
「そう……。じゃあ、まだ途中だから帰るね」
お母さんとイルゼさんは消えました。床に残されたイルゼさんの血痕から、あっちは大変な事になっていることが把握できます。イルゼさんの服、あれ、本来は白かったのに血染めで紅くなったんだろうなぁ。
私、思わずブルブルとしてしまいました。
「……け、結婚指輪はどこに売りました?」
気を取り直して、元の話題に戻します。
「宝石店だ。コリー、後で場所を教えてやれ」
「承知致しました」
未だ震えが止まらない手で、私は指輪を忘れずにとメモを取ります。
ここで、食堂の扉が開かれました。
「なんだ、メリナに客か? トラブルの種を蒔いてんじゃねーだろな」
入って来たのは剣王達でして、隣のテーブルに座りながら、そんな失礼な事を言いました。ソニアちゃんと邪神もセットです。
彼は注文を取りに来たショーメ先生に気付き、ショーメ先生に対する1年前の己れの恥ずかしい発言「明日には俺の女になってるぜ」を思い出したのでしょう、気まずく顔を背けました。
あぁ、悪戯好きのショーメ先生に弱みを見せたら、大変なことになりますよ。
「あら、随分と女性の趣味が幼くなりましたね」
ほら。子供の前で何てセリフでしょう。
「……幼すぎるだろ」
剣王の小声が哀れです。
「ゾル、この人は誰?」
おぉ、果敢にソニアちゃんが攻めます。恋する乙女的には、過去の女っぽいのが気になりますよね。
「……俺の故郷の諸国連邦で教師をしていた女だ」
「付き合ってた?」
「ンナもん、お前には関係ねーだろ」
「む……」
明らかにソニアちゃんが不機嫌になります。いやー、剣王の返しは最悪ですね。女心が全く分かっていない。
そんな中、邪神がコリーさんに近寄ります。
「こりー、みじゅ、どーじょ」
毎度の水配布です。こいつ、絶対に何らかの目的があって配っていると思うのですが、分からないなぁ。
「ありがとう」
コリーさんは優しい顔で対応します。
しかし、アントンが怒鳴ります。
「おい!! 街中での魔法発動は違法行為だ!」
「ひっ、ひっ。おこりゃりぇたー……」
泣き顔をする邪神。完全に演技です。
「ごめん。でも、ミミちゃんを怒鳴らないで。知らなかったんだから」
「知らなくても、法は法だ」
「アントン様、流石にこの様に幼い子供には。それにアデリーナ陛下の知人でも御座いまして……」
「ふん。女王陛下の関係者であるなら尚更だ。そこの男、お前の躾不足だ。大いに反省と後悔をしろ」
おっと、剣王に矛先が向きました。全方位に敵を作るアントンらしい選択肢です。
「あん? なんだ、てめー……。ヤンのか?」
そして、剣王も元々は血の気の多い人間です。食堂に剣呑な雰囲気が漂い始めたのでした。
「弱い者程、よく吠える。滑稽だな」
火に油を注ぐアントン。
「もぅ……。アントン様、お下がりください。危険です」
アントンを抑えることを諦めたコリーさんが腰の剣に手をやります。
「あん? 喧嘩売ってきたのは、その男だろ。邪魔立てするな。女でも殺すぞ」
わっ、どっちが強いのかな。楽しみです。
◯メリナ観察日記30
ゾルが喧嘩しそうになったけど、食堂のお姉さんが取りなしてくれて、相手と和解できた。良かった。でも、メリナとミミちゃんが残念な顔をした意味が分からなかった。
喧嘩相手は結婚式を計画しているらしい。私も参考に話を聞きたい。




