アントンの要求
少しの混乱はありましたが、その場で一番偉そうな人に複数の知らない巫女さんが取り成してくれました。そのお陰で、無事にアントンとコリーの居場所を知ることができました。
巫女さんの代表がエルバ部長に宜しくと言われましたので、彼女らは神殿の調査部の巫女さん達だったのでしょうか。
丁重にお礼を申しまして、指し示して頂いた邸宅を見ます。
そこはお城に比較的近くて、周りも大きな家が多く、貴族さん達が多く住む地区なのでしょう。付近にアシュリンさんの豪邸も見えますし。どの家々も木々や花が並ぶ広い庭園を備えていました。
フン、多額の借金を返した割には余裕が有りますね。
城壁を飛び降りた私は街中を疾走し、多少は道に迷いましたが、無事に目標地点に到達しました。魔力感知でコリーさんとアントンが在宅しているのも分かっています。
鉄でできた両開きの重い門扉を押し開ける。
「どちら様でしょうか?」
ベセリン爺のように折り目正しく黒い上服を身に付けた男が目敏く、私を見付けて喋り掛けて来ました。
「アントンとコリーさんの上司です。お二人がシャールに到着したというのに挨拶もないものですから、わざわざ、出向いてやったのです」
ほぼ黒ですが、まだ奴等が裏切ったとは言いきれませんので、私は無難な回答を致しました。
黙っている男に私は追い討ちを掛けるように告げます。
「私はラッセン公爵メリナです」
その爵位に実感はありませんが、脅しには使えるでしょう。
「あぁ、あのメリナ様ですか。ラッセン元公爵の」
何たる慇懃無礼でしょう。人の名前の前に「あの」なんて付けるんじゃありません。
「こちらへどうぞ」
男に案内されたのは邸内の応接室。ここに来るまでに何人かの使用人が働いていることが確認されました。
金貨1万から2万枚程度など痛くなかったってことでしょうか。逆説的に考えると、ラッセンの代官としてそんなに稼ぎがあったのだとしたら、かなり悪どい仕事をしていたのかもしれませんね。
うふふ、それはそれで良いです。お母さんへの弁明で「あの人達は庶民のお金を貪り盗んでいたの! だから、うぅ、私は住民の皆の為に没収しただけなんです! 信じて、お母さん! ラッセンの皆は喜んでるわ!」と言い張る材料と根拠ができます。大変に好ましい。
置いている家具も良いですね。よく見ると傷の跡があって中古品だと分かりますが、丹念に磨かれた光沢からすると、かなり高級そうです。
あっ、あの鎧には見覚えがある。たぶん、聖女決定戦の決勝でアントンが着ていたヘルマンさんの全身鎧じゃないかな。
えー、もしかして思い出の品的な扱いを受けてます? ……怖いんだけど。怪人アントニーナが脳裏に浮かんでしまいました。
ノックの後に扉が開かれまして、奴等が着たのかと横を向いて確認したら、入ってきたのは先程案内してくれた男性。服装的には、彼は執事とか家令とか呼ばれる立場の人でしょうかね。
小間使いではなく彼が茶を運んで来たところからすると、私を尊重する気持ちはあるみたいですね。
再び部屋に1人となり茶を少し口にします。ふむ、上品な香りが口の中に残り続ける。上等な茶葉を使用しています。
やはり金銭的な余裕を感じますね。
「よお、クソ巫女。久々に顔を見たが相変わらず虫酸が走る」
二年ぶりくらいに顔を合わせたというのに、座って待つ私へ、礼儀知らずの男が初っ端に歩きながら口にした入室の言葉がこれでした。
「頼んでもないのに、私の領地の代官になって贅沢三昧している不届き者の挨拶では御座いませんね」
「アントン様、メリナ様の通りで御座います。非礼をお詫びください」
夫婦となったはずなのに、アントンの後ろを秘書のように従っていたコリーさんが窘めてくれました。
デンと座ったアントンと静かに腰を落ち着かせるコリーさんは対照的です。
私は直感でコリーさんは敵ではないと判断しました。が、最悪の場合、口封じの為には死んでもらうしかないかな。
「慰労に来るには時期も場所も間違っているな」
は? ……私の部下って立場を忘れて生意気っ!
「随分と豪勢な生活をしていますね」
主導権は渡さない。私もヤツが負い目を感じるところを探すために責めます。
「廃墟だったラッセンを建て直した功績と比すと、謙虚に過ぎると俺は思っていたのだがな」
「ふん、偶々でしょうに」
「そうだな。無知で無能で強欲な領主が1度も街に入らなかった幸運に感謝しよう。無駄な時間を費やす必要が無かったからな」
クソ、忌々しい。
「アントン様、そのくらいでお控え下さい。本来であればこちらから出向く必要がある中、お忙しいメリナ様にお出で頂き大変に心苦しく思っております。メリナ様、最終収支報告を今からさせて頂いて宜しいでしょうか」
「え……えーと……いえ、後日、書類を送ってくれたら良いですよ」
なお、ラッセンの街の統治状況について、度々コリーさんからお手紙を頂いていましたが、よく分からないので無視をしていた経緯があります。今回もそれに倣った対応を口にしました。
「了解致しました」
私の返答の後、誰も喋らなくなります。アントンは私を真っ直ぐ見やがって、まるでじっくりと観察している感じです。大変に不愉快。
私はティーカップを口に運びながら、借金の件をどう切り出すかを考えていました。
「で、何をしに来た?」
「いやー、東門の門番からお2人が馬に乗ってラナイ村に出発したと聞いたのですが、どうして家に居るのかなと不思議に思いまして」
「ふん。意味が分からんな。まずは門番の言葉を疑え。ここに来た理由にもなっていない」
アントンは澄まし顔。コリーさんは……あっ、顔を下に向けた! 後ろめたい気持ちなのか!?
「クソ巫女。貴様、俺達を探す必要でもあったのか?」
「えっ、いや、えー、まあ、コリーさんからシャールに来られたと聞きましたからね……」
「あぁ。ご立派な聖女様に連れられて精霊討伐に行ったのだったな」
その後、また沈黙が続きます。
それに耐えきるのが難しくなってきたのは私だけでなくコリーさんもだったみたいです。
「……メリナ様、あの、借金のお話をなされたいのではないでしょうか?」
「えっ、は、はい。そうでしたね。あはは、そうでしたね。すみませんね、私の借金を代わりに返済頂きまして」
「あぁ。存分に感謝の念を唱えるが良い」
「メリナ様、あれ程の多額の借金、何をされたのですか?」
「神殿の新人寮が燃えたんです。その再建費用」
「ハン、笑わせるな。燃えたのではなく燃やしたのであろう。言葉は正確に頼むぞ」
ぐむむむ……こいつ、やはり愚かなり。
私が拳を振るえば、お前の頭など木っ端微塵なのですよ。
「メリナ様、私は貴女に謝らないといけないことが御座います」
「何でしょう、コリーさん」
「借金の件をメリナ様のお母様にお伝えしたところ、大変にご立腹されておりまして……」
ッ!? 来たか……。
「手持ちの現金が足らず、私どもの結婚式の資金を使わざるを得なかったことを伝えますと、お母様は涙を流して謝罪されました」
「泣きたいのはこちらも一緒だがな。クソ巫女、どうしてくれる?」
……今かな? うん、今だな。氷の槍を2人の首に速射して息の根を止めていくタイミングは。
まずは強いコリーさんから――。
「アントン様……」
そのコリーさんが夫の名を呟きます。
殺気が漏れてしまったか。コリーさん、流石です。
ここは一旦、退きましょう。そして、落ち着いたところで唐突に暗殺しましょう。
より良い機会が来るまでは辛抱なのです。
「どうしてくれると申しましても、私もシェラから『貴族なら当然』と言われまして、素直に従っただけなんですよね。でも、コリーさんには悪いことをしたかなと思いました。ごめんなさい」
頭も下げて油断させる。
「メリナ様、私などに勿体ない。私は貴女に救われた身です。ただ、あんなにお母様が怒られるとは思いませんでして……。イルゼ様に至っては気を失うくらいでした」
「謝るな、コリー。全面的に悪いのは、こいつだ。お前が結婚式を楽しみにしていたことは知っている。だから、俺が結婚式を何とかしてやると言っただろ」
「しかし……アントン様……現金を作るためにアクセサリーや貴金属を売ってしまいまして」
「あぁ、2人で選んだ結婚指輪もな」
さて、この辺りが良いタイミングですかね。さようなら、コリーさん。私が生きる為なの――
「クソ巫女、死にたくなければ、俺の言うことを聞け」
っ!? 何様っ!!
「門番に俺達の行き先を尋ねるだけの知恵があるなら、状況も察しているだろ。俺は貴様の母を脅す。あぁ、今から俺達を殺しても無駄だぞ。街の外の冒険者ギルドに『貴族殺しの犯人であるメリナへの復讐』で依頼を予約した。俺が取り消さない限り、明日に公開される。まずは貴様の母に協力を求めるように書いている」
街の外に出た目的はそれだったのか……。
「ラ、ラナイ村は……?」
「念のためのブラフだ。フン、引っ掛かるかと思ったが、少しは脳ミソが詰まっていたみたいだな」
クッ!
こいつらを殺しても私の死が待っているだけなのか……。
「安心しろ。貴様が反省して償うならば、貴様の母にはうまく説明してやる」
「……分かりました」
「さて、俺からの要求は2つだ。1つ目、俺達の為に盛大な結婚式を開き、俺達を満足させろ」
「料理は得意だから大丈夫です。結婚指輪も取り戻してやります」
「そうか。では、2つ目。結婚式の二次会で余興をしたい。俺をアントニーナにしろ」
「は?」
「コリーも美しいが、俺も同じくらい美しいアントニーナになる。具体的には、こうなんだ、乳房を大きくだな……。あの化粧も頼んだぞ」
……え?
「コリーさん?」
私の問いに対して、コリーさんは俯いたままで無言でした。
「それ、結婚式を破壊するんじゃないですか?」
「なるほどな。俺の美貌に式が霞む可能性か……。その懸念は尤もだが譲れん」
「えぇ……」
戸惑いしかないです。




