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雨が降った後の晴れ

 暗い中、私は呆然と立ち尽くしています。門番のおじさんも私と同じく困った顔をされていました。

 今は早朝と呼ぶにも早い未明の時間。頼りにしたい赤毛のコリーさんもおねんねしているだろう頃合いで、ここにはいません。


 雨がザァザァと降り続き、私のベッドをずぶ濡れにしています。最悪です。私の安楽ふかふかベッドがびしょびしょベッドに様変わりです。



「すみません。もう一度お願いしますね。この壁の下に家具を避難させてもらって良いですか?」


「ダメだ。この壁の縁からシャールの街域だから、持ち込みの荷物には税が掛かる。……で、嬢ちゃんは文無しだろ?」


 むぅ。本当に最悪です。


「では、壁を破壊して良いですか? そうすれば、境界がなくなりますよね」


「それ、死刑だから。普通は死刑だから。嬢ちゃん、ごめん。俺を困らせないで。嬢ちゃんが本当に実行しちゃいそうで怖いんだ……」


 門番さんの目は潤んでいました。お仕事熱心なのですね。だから、些細なルールでも守らないといけない。

 素晴らしい職業意識です。私も見習わせて頂きます。


「私の体はその境界を越えていますが、良いですか?」


 雨に打たれたくないので、門のある壁の下に私は立っているのです。


「……あっちに行ってくれる?」


「嫌です」


「だよね……。良いよ、雨が止むまでは」



 やがて雨は止み、朝方だと言うのに虹さえ出てきました。最悪な状況ですが、素晴らしい光景。門番さんも少々緊張を解された様子です。

 それを好機と見て、私はタンスから金目の物を取り出します。お金の代わりに物で支払うことができないか交渉するためです。



「これ、たぶん高価です。これでどうでしょうか?」


 私は黒くて艶もある上等の織物を門番さんに見せます。大きさ的にはタオルかと思いますが、吸水性は悪そうです。


 この時間になると仮眠していた人も出てきて、門番さんの人数は増えていました。彼らは私から受け取った布を引き取り、奥のテーブルで相談を始めました。


 私は街に入れないので、壁との敷地ギリギリで待機です。どんな判断が下されるのか、ドキドキします。



「なんだ、これ?」


「分からんな。手拭きか? 生地は良さそうだが」


「いや、そもそも貨幣以外で入れて良いのか?」


「大丈夫じゃないかな。その商品の市場価格がグンと高ければ認められるとか聞いたことあるぞ」


「そっか……。で、こいつの値段は?」


「……あっ、胸当てじゃないか? ほら、俺、大人向け絵本で見たことあるぞ」


「おお! それだ!」


 ……マジで? ここで言う胸当ては防具のことではなく、高貴な女性が胸の双丘を包むための布です。そんなことを私もお父さんの本で読んで知っております。私も憧れていました。

 ってことは、私、自分の胸当てを衆目に晒したのですか?

 恥ずかし過ぎて、顔が紅潮するのが分かります。



「……あいつのか?」


「ヤバいって……。『それを見て生きて帰れるとでも思ったか!! ククク、死の宣告です!』とか言うんじゃないか……」


「いや。この胸当てはデカすぎるだろ。胸当てとは違うんじゃないか。お前のケツよりもデカいぞ」


「おいっ! ここに名前が刺繍されてないか!?」


 門番さんたちは息を飲んで、その文字を読んだみたいです。



「シェラ……サラン・シャール!?」


 あっ、知らない名前だ。良かった。私のじゃない。あっ、でも、シェラ?

 ……いや、何故に私のタンスに入っているんだろ。気味が悪くて怖いなぁ。


「伯爵家のお嬢様!!」


「ヤバッ! おい! 全員、死罪だぞ! 不敬罪で死刑だぞ! 触るな! 魔力痕跡でバレるかもしれんぞ!」


「騒ぐな、バカ!! 俺はもう触ったんだよ! 伯爵家に伝わったら、殺されるんだよ!!」


 その後、静かに激論を交える彼らは問題の布を丁重に私へと返却してきました。



「これに値段は付けられない。ダメだ」


 はい。分かっていました。ずっと聞いていましたから。

 結論は「高貴過ぎる方の下着なんて無かった。見てない、知らないで通す」でしたものね。


「シェラさんのパンツもタンスで発見しましたが、そちらもダメですか? 輝くばかりの白色ですよ」


「あー、あー! 聞こえない!!」



 その後、出勤してきたコリーさんが私の入街料を立て替えてくれました。私は深く感謝します。門番さんたちも涙を流しながら感謝していました。

 でも、大袈裟ですよね。下着くらい見たり触ったりしたくらいで、死罪になんてならないと思います。どれだけ心が狭いのでしょう。


 なお、私のおパンツを見た場合、記憶がなくなるまで殴り続けます。もしくは、ぶっ殺します。大罪ですから。



 私は神殿から持ってきた荷車にタンスやらの荷物を乗せて歩きます。ベッドはもう湿りきっているので置いてきました。悲しいです。門番さんに干して乾かすようにお願いしましたが、大丈夫でしょうか。


 はぁ、宿屋を探さないと……。あー、でも、お金もない……。


 辛いです。私が何をしたというのでしょう。聖竜様を慕ってシャールの街にやってきただけなのに。



「メリナ様に溜め息なんて似合わないと思います」


 コリーさんは私に付いてきてくれています。荷車も一緒に引っ張ってくれていて、偉い人なのに優しいです。


 ……しかし、詐欺師も最初は優しいのですよね。知っています。

 無意味に優しい人間なんて存在しないって、本で読んだことがあります。直接または間接的に何かの利得があるからの行動なんですよ。

 人間って怖いです。

 あー、竜に生まれてきたかった……。


 ……ん?

 竜に生まれてきたかった?

 何だか懐かしい考えに思えました。

 でも、気のせいかな。余りにも馬鹿げた話だし。無理だもん。



「まだ記憶がお戻りになりませんか?」


「はい。そうですね……」


「そうですか……。ところで、ガランガドーさんはどうされておりますか?」


「それはどんな人ですか?」


「人ではないです」


 ゴロゴロと荷車を牽きながら会話を続けます。ただ、行き先はコリーさんが導いているように感じました。私が右に行こうとしているのに、結構な力で無理やり左側の道を選ばされたりしています。



「ガランガドーさんはメリナ様の忠実な下僕である黒竜です」


 竜?

 そんな大層なものが私の忠実な下僕?

 うふふ、コリーさん、大胆な嘘を吐いてきましたね。どうやら、本当に私を嵌めに来たのかしら。


「へぇ、それはお会いしたいですね。もっと聞かせてくれませんか?」


「はい! ガランガドーさんは自称『死を運ぶ者』です。口から強大な破壊力を持つブレスを吐き、知能もそれなりにあると聞いております」


 なんで自称なんですか……。自称だったら極めて恥ずかしいでしょ。いや、突っ込むのはそこじゃない。


「聞いているって言いましたが、コリーさんは知らないのですか?」


「あっ、はい。私は余り親しくなく、クリスラ様からそう聞きました」


「クリスラ様とは誰でしたか?」


「2代前の聖女様です。素敵な方です」


 うふふ、話を盛ってきましたね。いよいよか。


「へぇ。コリーさんは聖女様とお知り合いだったんですね。凄いなぁ」


「えぇ。でも、メリナ様は引退されたクリスラ様の次の聖女だったのですよ?」


 思わず吹き出しそうになりました。

 盛り過ぎです。

 コリーさん、頭悪いですね。そんなのでは誰も騙せません。はっきりお伝えしてあげましょう。


「信じませんよ。そりゃ、私のように清純で心優しい乙女は聖女の様に稀有でしょうけども」


「はい! そうですね!」


 えっ、満面の笑みですか……。

 何を考えているコリー!? 私を不安にさせる作戦なのか!?



 荷車が止まります。正確にはコリーさんの歩みが止まりました。


「この宿屋がお薦めだと思われます。私も滞在しておりますし」


 うーん、お世辞にも綺麗な宿ではないです。

 着いた先は石造りの宿屋でした。客商売ですので、一応は磨かれていますが、それでも洗いこぼされた苔が石材に残っていたり、落書きが消された跡なんてのも見えます。


 比較的賑やかな通りに面していますが、神殿の周りと違って、行き交う人々の服装は少し粗末で汚れている人が多いです。


「大丈夫ですよ、メリナ様。宿賃は私が立て替えておきますから」


「……ありがとうございます」


 ……嵌められています。

 知らず知らずに私の借金が積み重なっていく未来が見えます。一昨日まで占い師でしたから。



 数日経った後、きっとコリーは私にこう言うのです。


「メリナ。そろそろお金を返してよ? 金貨20枚ね。えっ? ない? ふざけんなっ!! テメーの体は誰のためにあんだよ! 売ってこい! 今すぐ、その体を売ってこい!」


 ……怖いです。

 そんなの言われたら……うん、その日がコリーの命日ですね。正当防衛として殺します。これは不可抗力です。


 ……となると、そうかッ!

 私はコリーから借金を重ね続けても大丈夫ですね! どうせ最後は殺しちゃうんだから。うわ、すごっい良いアイデア! 私、天才かも! ってか、この上なく天才!!



「メリナ様? 大丈夫ですか?」


「いえ、大丈夫です」


「そうですか。妙に強烈な殺気を感じましたので、何かあったのかと思いました」


「コリーさん、お腹が空きました。美味しいお肉、この宿で出ますかね?」


「お任せください。きっと満足して頂けますよ。あっ、でも、アデリーナ陛下より無条件での金銭援助を禁じられておりますので、貸しになりますが良いですよね?」


「えぇ。何でも良いですよ」


 私とコリーさんは優しく笑顔で目を合わせました。とても爽やかな雰囲気です。

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