怒涛の如くの往復
一番近い門は東門。全速力です。
そして、門番の詰め所に突入して叫びます。
「アントンとコリーの出入記録を全部出せ! 殺されたいかっ!!」
気合いが入り過ぎました。
何人かいた兵隊さん達が唖然とした表情でこちらを見ています。
「ごほん。竜の巫女のメリナです。少し調べて頂きたい事があるのです」
ふぅ。何とか冷静に喋れました。
「本物か?」
「あの服、巫女服ではないぞ。黒じゃなくて紫だし」
「いや。でも、あれは本物だ。俺は顔を知っている」
「そうか? マンデルの部隊の奴らは戻ってないか?」
ガヤガヤと喋り合う彼らですが、私は結論が出るまで待てません。
「本物です。可及的速やかに、アントンと
コリーというラッセン代官の出入記録を調べて欲しいのです」
「どうする?」
「本物だったら大変だろ。俺が対応する」
「さすが隊長」
「死んだら、嫁には立派な最期だったって言ってくれ」
ひげ面の男が立ち上がります。
「メリナ様、代官ですと貴族階級でしょうか。お調べしますが、もしかすると一般市民と違い、記録がないかもしれませんよ」
ぐっ。確かに……。
だいぶ以前に、一応は貴族のへっぽこ剣士グレッグさんと街に入る時、彼はペンダントを見せるだけで門を通過しましたね。
「昨日、それから、今日の記録を調べてください。1人は赤毛の長い髪を後ろで縛っている女で、もう1人は生意気な口調のクソ貴族の男です」
「あっ、俺、今朝、話し掛けられましたよ」
でかしたっ!! 私は古びた椅子に座っている若い兵士に目を遣る。
「ラナイ村から森に入るとかで、『その周辺の最新の地図を手に入れたい。売っている商人はどこだ?』と訊かれました。その後、2人とも立派な馬を駆って街道を進んで行かれました」
っ!?
アデリーナ様の言う通りか!?
ラナイ村は私の出身であるノノン村近くの村!!
そして、そこから森に入るのは、正しくノノン村への道!!
奴らの狙いは、お母さんを通じて私を圧迫することですね!!
軍隊用の馬なら、ラナイ村で一泊して、翌日にノノン村入りくらいの速さか。
今から走れば、ラナイ村でアントンを捕らえることができそう!!
「よくやりました!」
私は歓喜して、外へ飛び出る。それから、門を颯爽と去ります。出るためのお金は持っていないので強硬突破。でも、私が竜の巫女だと分かってくれるでしょうから問題はないです。
壁の外にある冒険者達が集まる通りを超えて、街道を走る。
計画も頭の中で組み立てます。
今日はラナイ村の外から様子を伺い、明日、森に入ったところを襲おう。ノノン村を訪れる人は少ないから、そこで始末してしまえば証拠は残らない。完璧です。
コリーさんには申し訳ないですが、私を脅迫しようとした夫を止めなかった罪です。
「あっ、メリナ様ー!!」
懐かしい声とともに前方で大きく手を振る女の子が見えます。その後方に双子の冒険者。
私を街の風紀委員に誘ったこともある、ニラさん達ですね。お酒狩り、役得もあって楽しかったですよ。
情報取りの為に止まります。
「えっ、ラナイ村ですか? わっ、奇遇! 私達、今朝まで滞在していたんですよ」
「ニラの言う通り、そうなんです。良いビジネスの話がありましてね。相手がラナイ村で会いたいって言うんで出向いていたんです」
「相手の人、信念を持って仕事をしてる感じがしたから、これは大きな案件になりそうです」
「で、メリナ様、ラナイ村に何の用なんですか?」
誰1人、私が風紀委員を1回で辞めたことを責めてきません。うぅ、涙が出そう。良い人達です。
「人を探していましてね。馬に乗った男女を見ませんでしたか?」
「馬? 馬車ではなく?」
双子のどちらかが、私の言葉を反芻します。
「見たか?」
「赤毛の女性なんですが……」
「メリナ様、赤毛ってコリーさんですか?」
あっ、そっか。この3人はシャールの反乱の時にコッテン村に滞在していたんだ。あの時にコリーさんと面識が出来ていますね。
しかし、ここは慎重に答えないとコリーさんが行方不明になった時に怪しまれる。
そうなると、私はニラさん達を口封じしないといけなくなって、それはちょっと辛い。双子は兎も角、ニラさんは殴れないかもなぁ。私を慕ってくれてるもん。彼女に不義理はできません。
「うーん、似た感じなんだけどなぁ。あっ、コリーさんを見たのかな? ラッセンっていう遠い街に住んでるんだよ。私が探しているのは赤毛の別の女の人なんだけど」
「いえ、コリーさんも赤毛の人も見てないですね」
なんだと……。
バカなノノン村への唯一の道はラナイ村を通るものしかないはず。
まさか……ニラさん達は既にアントンに買収されているのか……。いや、純真なニラさんがそんな真似をするはずがないし、私に嘘なんて吐かない。
何が起こっている……?
「コリーさんに似た人ですね。見付けたら、連絡します。今、メリナ様はどこにお住まいですか?」
「シャ、シャールの西の方にあるグレートレークシティホテルです」
「ん? そこって……」
「あぁ、オズワルドさんのトコだな」
……やめて。君たちがオズワルドさんを知っていたのは意外だけど、私をこれ以上混乱させないで……。
今はアントンとコリーさんを捕まえることが全てなのです。
「それでは、またお会いしましょう!!」
私は彼らに背を向け、来た道を全速で戻ります。そして、走りながら考えるのです。
門番の兵士は「ラナイ村から森に入ると言っていた」と言いました。彼が嘘を吐く必要はないので真実でしょう。
しかし、ニラさんが言うには「ラナイ村にも、その道中でも見ていない」とのことです。
アントンとコリーさんは道に迷った? いや、地図を買ったのですからそんな訳はない。残念ながら、地図を見た上で違う道を進むような愚者でもない。
何らかの事情で目的地を変えた? 若しくは、当初からノノン村が目的地ではなかった?
有り得る。しかし、それは私にとっては幸運で、ノノン村にさえ行かなければお母さんと出会うことはできない。結果、お母さんから私が折檻を受けることもなくなる。
これはハッピーケースですね。
ハッ! 陽動!?
私が事態を把握する可能性に備え、餌を撒いている可能性!!
だとすると、完全にアントンは私と敵対する覚悟ですね……。その場合に潜むのはシャールの街か。木を隠すのは森がベストであるように、人を隠すならば都市。
それに馬でノノン村に向かっていなくても、シャールでイルゼさんを捕まえて脅すか騙すかして転移する手段があった!
クソっ!!
まだ可能性だけど、そうなるのが最悪!!
せめて、シャールに2人が居るか居ないかだけでも分かれば僥倖か……。
しかし、どうやって……。私の魔力感知では限界があるし、走り回って探すしかないのか。
ガランガドーを復活させる。いや、任務途中に敗北したであろう、あいつを励まして、その気にさせるのがウザい。消滅した言い訳を延々と聞かされそうだし。
あー、アントンの奴め。大変に憎々しい。
思えば、見習い時代の私が居酒屋で回復魔法を使っただけで牢屋に入れやがったんです。それがシャールの法に触れる行為だったとしても、うら若き娘の1度の過ちに対して冷酷な仕打ちをしやがって。
街が近付くにつれ、視界いっぱいに街壁が広がり、それが心理的に私を押し潰しそう。
しかし、ここで私は閃きます。
確か、シャール伯爵のお城の壁の上に見張りがいて、街中の魔力の移動を観察していたはずです。だから、私の些細な魔法行使もバレたって聞きました。
ならば、そこに行けば、アントンとコリーの動きを掴める奴がいるのでは!?
私は土を強く蹴って、聳える街の壁に向かって大ジャンプ。もちろん、その頂上には届きません。が、陥没するくらいの勢いで壁面を何度も蹴り上げながら、直角の壁を走り登ります。
厚い壁の上は兵士が見回れるようになっていて、そこを一心不乱に駆ける。
途中で兵に呼び止められますが、完全無視。
シャール伯の城に近付いたところで、魔法で氷の長い板を水平方向に放出し、その上を走り続ける。
そして、お見事、私はお城の外壁に到達したのでした。
ローブを着た人達がいっぱいいまして、何人かは突然に現れた私に驚きます。空中を走り抜けたかのように見えたからかもしれません。
何人かは巫女服を来ている人もいます。
「すみません、この中でアントンの居場所が分かる人はいませんか!?」
私は大声で用件のみを伝えました。




