的確な反撃
邪神は剣王の部屋に返して、私とアデリーナ様は竜神殿へと向かいます。
街中だというのに、いつもの様に激しく乱暴に猛スピードでアデリーナ様が操る馬車は走ります。何度も体験したいものではありません。しかし、この雑な速さを、時間が惜しい私は初めて有難いと思いました。
神殿を訪れる目的は借金をチャラにして欲しいとシェラにお願いすることです。ただ、二年前の初代ブラナンによる赤い雪事件で、シェラは金貨を愛する人間であることが判明しています。果たして、すんなりとオッケーしてくれるのか。
腕の見せ所ですよ、アデリーナ様!
神殿の馬車留めに横滑りしながら駐車。激しい揺れで気持ち悪くなっている中、私は神殿の中を歩みます。走れないから。
「おお、アデリーナにメリナ。昨日はマジでご苦労だったな」
途中でエルバ部長に出会って挨拶されました。私達は特に用がないので軽い会釈で流します。
「なんだ、急いでいるのか。連れない奴らだ。あー、そうだ。メリナ、お前な、借金はちゃんと自分で返せよ。お前の母親がめちゃくちゃ切れてたぞ」
足を止めます。それから、見下ろす形で小さなエルバ部長に視線を遣り、恐る恐る尋ねます。
「どこで、その話を?」
「小部隊に分かれただろ。それで、あの精霊が出現する合間が暇でな。悩み相談会が開かれたんだ。赤毛の娘から借金の話を聞かされて、余りの酷さに私はドン引きしたぞ。お前の母親は凄い形相だったけどな。ワハハ」
ワハハって、お前、そんな愉快な話じゃないですよ……。
しかも、情報としては新しい話は無し。嫌な気分にさせられただけですね。
「ではな」
マジでお前、私を意気消沈させるべく現れたのか!?
重くなった足取りですが、シェラを礼拝部近くの道で見付けまして呼び止めます。そして、彼女へ訪問した理由を告げたのでした。
「お忙しいアデリーナ様がわざわざお越し頂かなくとも、私がご訪問致しましたのに。お詫びと言うわけでは御座いませんが、何なりとお申し付け下さいませ。メリナも久々ね。例の借金の件、領地代官に何事もなく伝えることができましたのよ。ありがとうございます」
「そっか、何事もなくて良かったね」
いや、凄く問題が発生しているのですよ!
「……メリナさん、早くなさい」
アデリーナ様が肘で私を小突いてから、小さな声で言ってきました。
「えっ、アデリーナ様が協力してくれるって……」
「愚か者。メリナさんが先に謝って、それで難しければ、私が口添えする流れに決まっているでしょ」
むぅ、正論です……。面白くない。
「しゃ、借金ってどうなってるのかな?」
「昨日、代官の方から返済を頂きました」
ん?
「そ、そうなんだ。へぇ、良かったぁ」
「えぇ」
シェラは満面の笑みで返事をしてくれました。
「アデリーナ様、どうします?」
「もう少し確認なさい」
「何を?」
「本当に本人だったのかとか、その金の出所とか。全く、ご自分でそれくらい考えなさい」
いえ、アデリーナ様の方が的確な判断をしてくれるかと思いまして……。
「シェラ、それってうちの代官からの返済ですよね?」
「勿論です。赤毛の女性と茶色髪の男性でしたわ。ラッセン代官のお印もまだお持ちでした」
コリーとアントンか。問題なさそうですね。
「お金はどうやって工面したんだろ。実はコリーさん、周囲に相談してたみたいでさ」
「うーん。メリナには秘密にしておいてと言われたのだけど」
「お願い、シェラ。私の胸に納めておくから」
「無論、私も口外致しません」
アデリーナ様も後押ししてくれました。分かりにくいですが、女王が口外しないから「喋れ」と言ったのです。
「では。お二人の結婚式や新婚生活の資金からお出しになられたみたいですの。それでは足りないので、幾分か借金もされたみたいですわ」
「そ、そうなんですね」
「えぇ。完済ありがとうございました。さて、もう用はよろしいですか? 部署の打ち合わせが御座いますので失礼致します。メリナ、また招待状をお送りしますから、是非ご覧になって」
「はい」
巫女服に身を包んだシェラは軽やかに去っていき、礼拝部が聖竜様に奉納する舞を披露する建物へと入って行きました。
「アデリーナ様、無事に解決していましたね。良かったです」
「メリナさんがそうお思いなら、それで結構で御座いますよ」
む、何だかまだ足りないような言い方をしやがりました。
「何かご不満が?」
「家族愛を重視するメリナさんの母上が、娘の借金のために新婚夫婦の明るい未来が閉ざされたなんて知ったら、どうなされるでしょう?」
ゴクッ……。
「どうなります?」
「さぁ? 私よりもメリナさんの方がご存じでしょう。体内から臓器を抜き取るレベルでは済まないとは存じます。あぁ、更に付け加えますと、シェラは借金の工面を『メリナには秘密にして欲しいと言われた』と答えました」
「そ、それが、どうしましたか? 私が負担に感じないようにコリーさんは親切心で隠したのだと思いますよ」
「アントン卿もその場にいたのですよ? 彼がそんな忠義の心をメリナさんに持っているとでも? 素直に借金を払うとでも? おかしいで御座いますよね」
……確かに。アントンの野郎はマジで糞ムカつく男でした。私に借金を負わされて、それで「はい、そうですか」で終わるヤツではない。
「もしかして、私はアントンに嵌められ始めていますか?」
「可能性としてはねぇ。アントン卿はメリナさんの母上が自分達に味方すると知って行動に移したのかもしれません。例えば、メリナさんの母上に、『借金を返した結果、不自由な結婚生活になった。どうしてくれるのか。親として責任を取れ』なんて詰めた場合、どんな感じになるでしょうね」
娘を殺して、自分も死ぬくらいの発想に成り得るか……。やばい。殺す気満々のお母さんは本当にやばい。あの包丁とか、本当におかしいくらいに精霊を切り刻んでいたもん。
ア、アントンのヤツめ!
私の嫌がる方法を的確に押さえてやがる!
「2人の居場所は分かりますか!? 女王の権限で調べて下さい!」
「いえ。この先はご自分で頑張りなさい。メリナさんに事態の深刻さを知って頂くのが、私の目的で御座いまして、後は自分で何とかできるでしょ」
「そ、そんなぁ……」
「少し書類仕事が溜まっておりまして、私も多忙で御座いますから。さぁ、メリナさん、行きなさい。自分の尻は自分で拭くのですよ」
この広い街のどこに居るのか分からないです……。
絶望しかない……。私は愚か者。
アデリーナ様の知恵が欲しい。でも、助けてくれないなんて……。
「……死ぬ時は、皆、道連れ……」
「メリナさん、怖いから、そんな濁った目で呟かないで頂けます?」
「……竜になって、全部、破壊……」
「メリナさん、ヒントで御座いますよ。街の門に向かいなさい。出入記録から分かるかもしれませんから」
「ありがとうございます!」
私は全速力で一番近い門へと走ります。




