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深読みされる日記

 外が明るくなって小鳥の囀りが聞こえました。眠気から来る(だる)さを取り除くため、窓を開けて冷たい空気を部屋に入れます。


 机の上には紙が散乱していて、一晩掛けて浮かんでは消えた私のアイデア達の成れの果てです。

 風が部屋の中に入ってきて、その紙の何枚かが飛び散ります。


 ふぅ、疲れた体では拾い集めるのも億劫ですねぇ。悪いことには悪いことが重なるものです。

 少し休んだら、ベセリンのお茶を飲もう。


 乱暴にベッドへ体を投げ出して、一番近くに落ちていた紙を手にする。そして、何気なくそれを読みました。


 あー、最初の方に書いた現況についてですね。シェラから借金の移転について話があったのは8日前。あの時の額は金貨1万枚でした。

 幸い、トトとか言う10日で倍になる悪どい利率でしたが、まだ利子は付いていないと思われます。思われますが、もしかしたら、借りた段階で利子が発生するタイプかもしれません。

 そうなると、既に金貨2万枚の借金。3日後には4万枚になる可能性があります。


 何としてでもこの2日で解決したいところです。しかも安全を見て金貨2万枚を稼ぎたい。


 今回に関しては逃げるという選択肢はありません。逃げたらお母さんが追って来て殺されそうですもの。


 しかし、金貨2万枚をどうやって稼ぐのか。


 神殿の経理部を襲撃、アデリーナ様を襲撃、シャール伯爵のお城を襲撃、金持ちっぽいマリールの実家を襲撃、アシュリンさんの豪邸を襲撃と色々と考えたのですが、どれも危険な香りがして決めきれません。


 はぁ、眠い。一休みしてから考えよっかな。そう思うと一気に瞼が重くなって、私はベッドに倒れて夢の世界へと旅立ったのでした。



 気持ち良く寝ていたのに、ノックで起こされます。無視です。まだ眠い。

 なのに、扉が開きました。鍵を閉め忘れたのか? いえ、そんなことは有り得ない。

 決して金策のアイデアが漏れてはならないと、そこは厳重にチェックしたはずです。



「もう昼前で御座いますよ。相変わらず呑気なもので御座いますね」


 アデリーナ様でした。後ろに鍵の束を持ったショーメ先生も居て、客に無断で部屋の鍵を開けるという、宿屋としては最悪な部類の行動をしやがったみたいです。


「アデリーナ様、ちょうど良かった。お金を貸してください」


「それでメリナさんの母上が満足なされます?」


「……アデリーナ様が黙っていらっしゃれば」


「私の口は堅いので御座いますが、滑ることもありまして。つるっと」


 くそっ! 以心伝心です! 分かります! こいつは絶対に積極的に喋る!!



 悔しくて私が唇を噛むと、アデリーナ様の視線が床へと向き、散らばっていた紙を1枚拾います。

 軽く目を通した後、更に何枚かを拾い上げます。


「……メリナさん、絶句で御座います……。全て流血沙汰の強行襲撃計画では御座いませんか……」


「手っ取り早く稼ぐ手段を考えていたのです。下手したら今日のお昼までにはお母さんが来てしまいます」


「本日はまだイルゼが現れておりません。恐らくは悪夢のルーフィリアによる教育が続いているものと予想されます。時間はまだ御座いましょう。冷静になりなさい」


 冷静? じゃ、邪神の冷たい水が欲しい……。あれ、只の水なのに体がスッと冷えるんです。


「シェラと交渉して借金をチャラにして貰いなさい」


「それは嫌です。シェラは私を信じて貸してくれたのです。そんな裏切りはシェラが許しても、私は許せません!」


「……貴女、そのシェラの実家であるシャール伯爵邸の襲撃を計画しているではありませんか?」


「えへへ。正直に言うと、何だかちょっと恥ずかしくて、本人に直接お詫びするのに抵抗があるんですよね」


「ハァ……私も協力致しますので、素直に謝りなさい」


「ありがとうございますっ!」


 全く昨日の段階でそう申して下さいよ! 私、無駄に寝不足になっちゃいましたよ。


「いやー、持つべきは友人ですね! うふふ、アデリーナ様は私と友人ですものね! 大の仲良しって私達の為にある言葉ですよ!」


「黙りなさい。バカにした物言いが非常にイラつきます」


 はい。これくらいにしておきます。調子に乗るとアデリーナ様が拗ねてしまいそうですからね。



「それじゃ、メリナさん、お出ししなさい」


「えっ、何をですか? お金はないですよ?」


「日記で御座います。この薄汚れて陰気な部屋に私が現れる理由など、それくらいしか御座いませんでしょう」


 アデリーナ様はマメですねぇ。何の役に立つんですかね。


「へいへい。いつもお務めご苦労さんです」


 私は素直に日記帳を手渡しました。



○メリナ観察日記26(聖女イルゼ・ハックトワープ)


 遂に福音書を触ることができました。

 真の聖竜となられたメリナ様はサイズ的に宿屋に入ることができませんので、気を遣いまして、不肖ながら私イルゼがメリナ様のお部屋に入り、手にしたのです。

 震える指で表紙を撫でます。瞬間、幸悦しました。

 今晩は負傷者を除いた信者全員で朝までお祈りをすることにしました。どうか我々の想いが真の姿を得たメリナ様に届きますように。世界にメリナ正教会を広め、一切の悩みから救われたいのです。

 末筆で御座いますが、匂いの染み込んだシーツと手の脂が付いたペンを頂きました。メリナ様、ありがとうございます。聖蹟として大切に使わせて頂きます、個人的に。



「イルゼっ!! 盗みとは極悪っ!! しかもキモい!!」


「これこれ、メリナさん。この紙の束をご覧なさい。貴女は強盗未遂で御座いますよ」


「まだ計画段階だもん! で、私のシーツって何に使うんですか!? 新品になってたから嬉しかったのに!!」


「修行では御座いませんか。何と申しますか、悪臭に耐えて精神を鍛える的な」


「ンな訳あるかっ!! ペンは!? 脂の付いたとか誹謗されてるペンは!?」


「舐めるのでは御座いませんか?」


「マジかよ!? お母さん、お母さん、聞こえますか!? イルゼをこの世から消し去って下さーい!!」


「みじゅ、のみゅー?」


「お前っ! どっから湧いた!?」


「とにゃりゅのへやー。めりゅな、うるしゃい。のみゅー?」


「……頂きます」


「よく飲めますね、そんな怪しい物」


「これが美味しいんですって」



◯メリナ観察日記27(ソニアちゃん)


 メリナが暗殺されかけた。なのに、メリナは相手を許した。暴れん坊なメリナが怒りを抑えるなんて、とても驚いたし、尊敬した。

 私と違って復讐心に燃えない彼女を本当に尊敬します。

 他に、今日はミミちゃんが私の妹みたいになって家族が増えたみたいになった。嬉しい。

 あと、メリナが魔王とか、メリナの命が3日だったとか、竜だったメリナが普通な感じで人間に戻ってたとか、情報量が多過ぎる1日だった。

 ゾルに尋ねたら、同じことを思っていた。やっぱり私達は気が合う。嬉しくて胸が高鳴った。



「まぁ、なんと申しますか、表現が悪いかもしれませんが……ガキのクセに色気付いておりますね」


「同感です、アデリーナ様」


「じょーかーん」


「ん? 邪神が隣の部屋に居たということは、剣王やソニアちゃんも一緒?」


「そうりゃよー」


「アデリーナ様、由々しき事態ですね。剣王が取り返しの付かない罪を犯している可能性があります」


「メリナさん、創造力が逞しすぎますよ。剣王はそこまで愚かではないでしょう。それに、ほら、剣王はフェリスのような大人な女性が好みでしたでしょ」


「しかし、ルッカさんの鎮静魔法でヤツの本性はクズだと分かっております。確か、金持ちだったら誰でも良いから結婚したい、と」


「血筋的にソニアが帝国の王となる可能性を見据えて? ふむ、実現性は置くにしろ、剣王のタムナード家は諸国連邦シュライドの下級貴族。婚姻が有ったとしても、諸国連邦の政略には使えない。彼との個人的な繋がりと政治的な絡みからすると、王国の方に傾くはず。なるほど、数十年は王国にとって利が有りそうで御座います。剣王が没した後は、その血脈を根拠に帝国がシュライドに侵攻し、更には王国に歯向かう恐れはあるものの、それは後進に任せれば良いとして……。ふむ、知らぬ者がソニアの夫となるよりは好ましいで御座いますね」


「あでりゅーにゃ、みじゅ、のみゅー?」


「不要で御座います」


「いや、飲んだ方が良いですよ。なんか独りでぶつぶつ言って怖かったですから」



○メリナ観察日記28(フロン・ファル・トール)


 魔王の素質の件さ、気掛かりがあるんだけど、あんたは気付いてる?



「ん? どういうことで御座いましょう?」


「……アデリーナ様はフロンから魔王について聞いていますか?」


「メリナさんが竜王で、私が獣王で御座いましょう。本当、メリナさんと同類にされては困ってしまいます。誤解も甚だしく、私が獣臭いみたいに思われそうで御座います」


「アデリーナ様は馬や鳥に好かれるみたいじゃないですか。獣王って感じですね」


「メリナさんはガランガドー、邪神と聖竜様以外の竜に好かれておりますね」


「はぁ!? 聖竜様に好かれてないって、本気で思ってるんですか!? 私はほっぺにチューまで頂いたのですよ!」


「めりゃな、えりょいー」


「えっ? えへへ。突然ですね」


「メリナさん、偉いじゃなくてエロいって言われたんですよ」


「何ィ!! 殺すぞ、邪神!!」


「めりゅな、きょわい……。みじゅ、のみゅー?」


「ここに書いてある『気掛り』について1つ思い当たる点が御座いましたね」


「お教え下さい」


「私もメリナさんもふーみゃんを理屈抜きで好きである。しかも、その他の者はそうでもない」


「つまり、他の者は見る目がないと?」


「それはそうですが、そうでは御座いません。ルッカが語る魔王の件を信じるのであれば、ふーみゃんは魔王に好かれる。つまり、魔王を統べる王に為り得る、なんてね」


「でも、人となったフロンは心からぶっ殺したいと思う時がしばしば有りますが」


「……それさえもふーみゃんが魔王の素質を持っているとすれば、そうではない姿になってしまったフロンを無意識的に憎んでいるのかもしれません」


「そうですか。でも、下らない仮定ですね。私、ふーみゃんならご主人様にしても良いですよ」


「同感で御座います」


「みじゅ、のみゅー?」


「ほら、メリナさん、邪神に好かれてますよ」


「そうですか? 昨日は何だか不気味な黒い水を出しましたよ」


「あぁ、私に毒味を依頼されておりましたね。メリナさんは無礼にも程がある」



◯メリナ観察日記29(ベセリン爺)


 お嬢様が憔悴しておりました。

 何があったのか爺には拝察致しかねるのですが、お嬢様のお悩みが解消されることを心よりお祈りしております。

 お嬢様が好まれていたドラゴンの上等な肉を手配致しますので、何卒ゆっくりお休みになって頂ければと存じます。

 なーに、お嬢様のことです。明日、明後日にはお元気な姿で爺の余計な心配を笑い飛ばしてくれましょう。



「感動しますね」


「何がで御座いますか?」


「私とベセリン爺の間に結ばれた美しき主従愛に」


「うちゅくしー」


「おお、邪神でさえ分かるのですね」


「また適当な相槌に乗せられて。ところで、メリナさん、この者が執拗に水を勧めてくる理由はお分かりで御座いますか?」


「いえ全く」


「ならば飲まぬ方が宜しいでしょうに」


「でも、本当に只の水ですよ」


「めりゅな、みじゅ、あげりゅー」


「ありがとう。いやー、いつも丁度良い温度なんですよねぇ」


「肝脳塗地」


「アデリーナ様、何ですか、それ?」


「頭から脳、腹から肝臓が飛び出て泥塗れになるような死に方のことで御座いますよ。邪神が黒い水を出すと共に言ったでしょ。以前にも積み木遊びの最中からの予想だにしない異空間への転移。この者は突然に牙を剥く存在だと留意すべきで御座いましょう」


「あじぇりゅーな、きょわいー。……きょのしょはーわぎゃいぎょーをー、こーせーににょこしー、しんのりぇきょしをちゅたえりゅためにー、あじぇりゅーなびゅりゃにゃんじしんぎゃ――」


「貴様っ! どこでそれをっ!!」


「どうしました、アデリーナ様?」


「あじぇりゅーな、こりゅ、あげりゅー」


「本ですね。いや、私が強制されている日記帳と同じ表紙? 何ですか?」


「……焼失したはずで御座いますのに……」


「あじぇりゅーな……喜んで良いのよぉ。お前が欲する物を与えましょうねぇ。私からの厚誼なのぉ。命移ろい易き者に対しては破格の栄誉よぉ。私達の目的は共通であるのであるのだから、仲良くしましょうよぉ」


「めちゃくちゃ普通に喋った!?」


「ふむ。本物、いえ、よく似せた複製か。何にしろ、礼は言いましょう。これはお前の詫びの品と考えて宜しいで御座いますね」


「あじぇりゅーな、よりょしくー」


「えっ。2人とも笑顔ですけど、何ですか? 怖いんですけど。アデリーナ様、こっちの本とそれ、交換しません?」


「交換しませんよ。メリナさん、その本は何で御座いますか?」


「巫女長から頂いたルッカさんの旦那さんの日記帳です」


「交換はしませんが、頂いておきますね。これはメリナさんからの詫びの品と考えて宜しいでしょうか?」


「えっ、詫びることなんて一度もしたことないんですけど……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大好きな日記回収章で御座います。 「お母さん」一人を投げ込む事で「メリナ王国」は「ソニア皇国」として更生出来そうです。 ただし周囲を固めるのは「テンプル騎士団」になりそうですがwww […
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