くじ引きの結果
引いた棒の下の方に着色してあって、この色で3組に色分けするのでしょう。
「はい、じゃあ、そっちから順に白、黒、赤で集まってね。ハリーアップよ」
ルッカさんが楽しそうに仕切っています。
各自が指定された所に向かう中、私は静かに佇んでいます。棒の色の部分を握り締めて隠し、状況を見極めています。
もしも意に沿わない結果になっていた場合、火炎魔法で棒を焼き消して誤魔化すつもりなのです。
ルッカさんの指示で動く方々。アデリーナ様さえも棒を持っていて、偉い人なのに最前線に立つのかと、少し見直しました。
どうやら何事もなくチーム分けが終わったようです。
まずは赤色の組を確認してみましょう。
ここは、マイアさん、パウスさん、ルッカさん、デンジャラスさん、ショーメ先生、ミーナちゃん。
大魔法使いマイアさんと戦闘狂ミーナちゃんは師弟関係にあり、あばずれデンジャラスさんとサイコパスのショーメ先生は主従関係であった過去があります。
更には元軍人パウスさんとデンジャラスさん、ミーナちゃんは冒険者繋がりだし、デンジャラスさんの宗教が神と崇める対象はマイアさん。
これは大変に関係が深く、また連携が良さそうなグループが出来上がっていますね。
「ルッカさん、ヤナンカの件以来の共闘ね。あの時はお世話になったわ」
「ノープロブレムよ。こちらこそ助かったわ。ところで、ノヴロクは今日も元気だった?」
マイアさんとルッカさんが談笑をしているのが聞こえました。
ヤナンカの件って何だろう。2人とも最終決戦の時は不在だったと思うんだけど。あー、違う。
ヤナンカを浄火の間に閉じ込めているとマイアさんが言っていたのを思い出しました。私達とは別にヤナンカのコピーか本体と戦っていたのか。
「おい。迷宮を進むに当たって役割分担を決めたい。集まってくれ」
冒険者として活躍しているパウスさんは他人と協力することに慣れている感じがします。職業柄、見知らぬ方々とお仕事をしばしばされているからでしょうね。
パウスさんの言葉を受け、真っ先に動いたのはマイアさん。
「では、前線は貴方とミーナ。その次にクリスラとルッカさん。私は後ろで指示と後方支援をします。メイドの貴女は不意の事態に備えるため、私の横。今ので支障があれば手を挙げて」
「承知致しました、マイア様。フェリス、マイア様の隣ですが、粗相のないように」
「はい、畏まりました。メリナ様にお仕えしていた時のように丁重に仕えます」
お前、私に仕えたことないだろ。
「ミーナも頑張るよ。いっぱい敵を斬るね」
何にしろ、マイアさんはパウスさん以上に人を使うのに慣れていました。
これには彼も面食らったことでしょう。とてもスムーズに事が済んだのですから。
私もこの組に入りたいかな。でも、んー、お母さんに頼りきりたい気分もあって、踏ん切りが付きませんね。
と言うことで、私は黒い印を引いた方々に視線を移します。
そこにいるのは女性ばかり。
まずは私のお母さん。超人です。この人がいるだけで、この組は安泰でしょう。メンバーの方々が羨ましい。何もしなくても勝利が約束されています。
次に、エルバ部長。ミーナちゃんと同じくらいの年頃――10歳くらいに見えますが、中身は年寄りらしいです。
エルバ部長の戦闘力はそんなに高くないし、偉そうだけどバカだから、足手まといな気がします。
「みじゅ、のみゅ?」
なお、邪神はここに属しています。今日も水配布に余念がない。
エルバ部長は神殿の調査部長なのに、何の警戒もなく邪神が捧げた水を飲み干しました。
「うむ。うまかった」
「わーい。よろきょんだぁ」
「皆様、これ程までに幼い者でも戦えると思うのですか?」
コリーさんが心配そうに尋ねます。こいつは私の部下らしいのに、私を差し置いて幸運を掴み、お母さんの組にいるのです。
「大丈夫よ。あんたより強いから。たぶん、この中で一番強い」
それに答えたのはフロン。こいつもこのチームです。
さて、そこにイルゼさんが妙に誇らしげにして口を挟みます。聖女というより狂人の域に足を踏み入れつつある彼女も幸運を引いた者の1人です。
「その方は我らを守る唯一神メリナ様の天使に連なる方。本来は獅子頭の巨躯を誇る強者で御座います」
……イルゼ、お母さんの前で変なことを言うんじゃない。頼みます。
「金色竜と化したメリナ様が冥土より呼び寄せた者。あぁ、麗しの金色竜。それはメリナ様の優雅さに世界が震え、顕現した現象と言われております」
誰に言われているんですか……。
「へぇ……そうなんだ……。あなた、たまに村に来る娘よね。変な物を食べた? 大丈夫かな? 私で良ければ悩み事があれば聞くから」
「ありがとうございます、聖母様」
「せ、聖母……?」
あのお母さんが戸惑ってる! このタイプは村に居ませんものね!
お母さんは見てはいけないものを見た感じで慌てて視線を変えました。これは、別の人に別の話題を振って逃げるつもりなのでしょうか。
イルゼさん、凄い! お母さんが背中を見せた唯一の人かもしれない!
「フロンさん、お久しぶりね。ナタリアは元気にしてるわよ」
「ありがとうございます。手紙のやり取りはさせて頂いておりますので、ナタリアが楽しそうに過ごしていることは知っております。いつもお世話になっております」
「フロンさんをよく慕ってるわ。ところで、最近は魔法にも興味を持ってるみたいよ。近所の子に影響されて冒険者になりたいって」
「そうですか。ナタリアがシャールに来る日が待ち遠しいです。村を旅立つ際は私が住居の手配などをしますので、ナタリアにお伝えください」
「ナタリア、とっても喜ぶと思うわ。私は寂しいけど」
フロンめ、私と話す時とは全く正反対の態度で接してますね。
「初めての人も多いから自己紹介しよっか」
あらためてお母さんが皆を集めて、そう言いました。自然とリーダーシップを見せるのは、何度も村人を引き連れて深い森の中へ魔物討伐していた経験に由るものでしょう。
この組には、お母さん、エルバ部長、コリーさんと私に優しい人が揃っています。それは、フロンの生意気さ、イルゼさんの気持ち悪さ、邪神の不気味さという他のメンバーの欠点を補って余りある魅力です。
私はこのチームにも心惹かれました。
「メリナっ! 何をボーッとしている!」
……一転して不愉快。粗暴なアシュリンさんが背後から私を乱暴に呼びました。
えぇ、他のチームを確認していましたから、分かっていますよ。お前も私と同じ白い籤を引いたのでしょ?
私は深い溜め息を吐きます。
平等で公平な籤だったのかと、本当に心から全力で疑わざるを得ない結果。これは神様に喧嘩を売ろうとしている私に対する罰なのでしょうか。
はい、残念。巫女長が居ます。
その巫女長が小さく私に手招きして、地獄のようなチームに合流するように圧力を掛けてきます。
怖いので、とりあえず指示通りに傍へ寄りました。
「メリナさん、貴女との腐れ縁を叩き斬りたいところで御座います」
「はい。全面的に同意します」
アデリーナ様も同組です。女王で魔王なんだから、拠点で座っていろよと願います。
ってか、シャールじゃなくて王都で仕事してろっつーんです。いつまで竜の巫女をするんですか。
「まあまあ、お2人とも仲が良いのね。似た者同士かしら」
柔らかな微笑みをしながら巫女長がゆったりと言います。
しかし、勘が鋭いと言うべきか、偶然とは恐るべしと考えるべきか、えぇ、私達は似た者同士――魔王になりかけの存在です。
同じチームのオロ部長はトグロを巻くと天井に頭がぶつかるので、部屋の一辺に合わせて体を伸ばしていました。
部長は紙を器用に折ってピョイと私に投げ寄越します。まるで飛行するかの如く飛んできたそれを開けると、“メリナさんが一緒とは心強いですね。宜しくお願いします”と丁寧に書かれていました。
オロ部長は良い人です。でも、戦闘では苛烈で豪快ですので、余り共闘したくないんですよね。
しかし、なんだ、このチームは!?
巫女長、アデリーナ様、オロ部長、アシュリンって、竜神殿が誇るアタッカーばかり集まっているじゃないですか!
えぇーっ!? ルッカさん、イカサマしてたんじゃないかな!!
「竜神殿の連中ばかりじゃねーかよ。すまねーけど、あのピンク髪の女と組を変えてもらいたいんだが、いーか? お前らもその方がやりやすいだろ」
発言したのは剣王です。ピンク髪はフロンのことでしょう。
「まあまあ、これも何かの縁ですよ。一緒に頑張りましょうね」
「いや、しかしな、スゲー嫌な予感がするんだわ。俺が前線に出ていても関係なく攻撃されるみたいな」
わかるーぅ!!
どいつも敵を倒す為には味方の損害なんて考慮しない連中ばかりですものね!
「だいたいな、なんで、こうも女ばかりなんだよ! 男は俺とパウスしかいねーっておかしいだろ!」
ふむ、確かに片寄った男女比率ですね。
とはいえ、このメンバーに入れる男性ってのは思い付きません。シャールの元騎士のおっさんヘルマンさん、ギルド長ガインさん、諸国連邦のタフトさん、うーん、でも、どれも力不足だなぁ。
「ギョームのおっさんとか、ナトンとか、パウス並みに強いだろ! 呼んでおけよ!」
最初は誰だろうと思いましたが、私の村の人達ですね。そっか、剣王は一時期私の村で修行していたらしいから面識があるんだ。
「ゾル君、2人はずっと村を守ってくれてるのよ。私が妊娠していたし、出産を終えたばかりだからね。無理を言っちゃダメ」
お母さんが剣王の叫びに気付いて、答えました。
「くそ! じゃあ、ルーさん、あんたが一番強いと思った男は誰だよ? そいつを呼んで俺の組に入れてくれよ。化け物どもの濃度を薄めてくれ! ……頼む……お願いします」
「ザムラス君ね」
あー、知らない人だ。でも、お母さんに強いって言われるなら相当ですね。
「ザムラスを知っているのかっ!?」
アシュリンさんが反応しました。予想外の所から大声を出されて、私は驚きましたよ。体がビクリとしました。
「軍の同期だもの。でも、アシュリンさん、先輩を呼び捨ては良くないわよ」
「あぁ、済まない。ふむ、ザムラス殿には近衛兵時代に世話になりました! 私の恩人であります!」
「そっかぁ。良い人だったものね。獣人ってハンデにも負けずに軍で頑張ってたのに、惜しい人を失くしたわ」
あっ、死んでるんだ。残念。ちょっと見たかったなぁ。
さてさて、では当初の予定通りに動きますか?
「しかし、高貴な竜の巫女に囲まれて剣王が萎縮するのも分かります。そうであれば、私、メリナが申し出ます。フロン、私と組を代わりましょう」
「何言ってんの? 私も竜の巫女だから状況変わんないんじゃん」
チッ。そうだった。
「……エルバ部長は?」
「なぁ、メリナ。私も竜の巫女の一員って覚えてないのか。ってか、部長って呼んでるだろ」
チッ。しかし、大丈夫。私に完全服従の人が残っていますから。
「イルゼさん、よろしくお願いします」
「はい、喜んで。仰せの――」
「メリナ。途中から入ってくるなら入隊テストするから。お母さんが資格があるか、じっくりと見てあげる」
ひっ!!
「イルゼさん、こっち来たらダメ! 今の話、無し!! 私、殺される!!」
「来なさい、メリナ」
ヒィィッ!!
背中をゾクゾクと寒気が駆け上がる!!
「めりゅな、みじゅ」
差し出されたお水を飲み、私は冷静さを取り戻します。そして、叫ぶのです。お母さんが「聞こえなかったわ。背骨を粉々に折る前に言って」なんて惚けたことを言わないように。
「剣王! 冗談を言っていないで頑張りましょう!」
「くっ……まぁ、そうだな。ちくしょぉ。自分の籤運の悪さを呪ってしまうぜ」
(ゾル君、マジでヒキヨワ……)




