強者の集い
ベリンダさんの関所は国境にありますので、入出国者管理所だけでなく王国に対する要害としての役目も持っています。
なので、軍事作戦ルームが有る訳でして、ここには強者達が招集されています。目的は勿論、聖竜様に弓引いた愚か者の討伐です。
偽フローレンスの居場所を知っているルッカさんが黒板を背にして皆の前に立ちました。雰囲気的には、昨年の留学先であるナーシェル貴族学院の教室を思い出して、少し懐かしい気分になります。
例えば、サブリナに生肉をぶつけたり、サルヴァを窓から投げ落としたり、レジス教官の背骨を折ったり、色んな懐かしいことが次々と浮かんできました。他にも様々な事が教室で有った気がしますが、その3人の名前しか覚えていないのです。
半年以上留学していたというのに、何故なんでしょう。授業がある日は毎日欠かさず登校していたはずだから、おかしいです。これも記憶喪失の影響でしょうか。
あと、学校っぽい雰囲気から連想したのですが、不意に筆記テストが始まるようなら、大暴れして有耶無耶にする所存です。
ルッカさんは黒板に大きな紙を貼ります。筆跡からすると自作の様でして、地図と文字が書かれています。マジでテストが始まるのか?
「皆、集まってくれてサンキュー。話は聖女のイルゼさんから聞いてるわよね。敵は帝国の都の地下に巣食っているわ。その入り口まで皆をイルゼさんが連れていくからね。オッケー? 着いたら早い者勝ちで倒そう」
恐らく紙の絵はその地下の巣について描かれています。昨年に作りました、融かした金で型取った蟻の巣みたいですから。
小部屋を繋ぐように細い通路が下へと延びていっています。特徴的なのは下方へ長く延びるメイン通路が独立して3本あること。どれが偽フローレンス――精霊ベーデネールの隠れている場所か分からないことです。
ヤツは転移魔法が使えましたから、もしかしたら逃亡先を確保するために離れた3つの部屋を用意するという、小賢しい工夫なのかもしれません。
「最奥にいるんだとしたら、どの部屋にいるのか分かるか?」
椅子が彼にとっては低くて、長い脚を投げ出す格好になっているパウスさんが尋ねます。
「転移魔法でエスケープするだろうから、無駄よ。だから、この3本に分散突入してもらって、どこに逃げても仕留められる形にしたいの」
ふん。ルッカさんが転移魔法で追えばいいじゃないですかね。1人でも倒せるって踏んでいたのでしょうから。
「報酬はねーのか?」
剣王の不躾な質問に答えるのはアデリーナ様。
「帝都の富を分け与えましょう」
「足りねーな。1つ願い事を聞いてくれるってのはどーだ?」
「構いません。しかし、ゾルザック。帝国の主だったメンバーについては、今回の神聖メリナ王国侵攻に関与していないのであれば、助命を認めることを、予め貴方に伝えておきます」
「……分かった。感謝する」
剣王は帝国で暮らしていたので知人が多いんでしょうね。以前にも気にする素振りがありました。
戦いに挑むに当たって、戦士の憂う気持ちを排除するのは鉄則です。アデリーナ様はよく分かっています。さすが魔王。私より断然に魔王です。よっ、魔王さま。
「よろしいですか? 私も質問が御座います」
ゆっくりと、しかし、毅然と片腕を真っ直ぐ伸ばしたのは赤毛のコリーさん。お久しぶりです。
代官の職を解かれて遠くの街から移動してきて、遂に昨日シャールに到着したそうです。そこをイルゼさんに見付かり、ここに連れて来られました。相方のアントンは戦力になりませんので、宿屋でお留守番。
不愉快なあの男をシャールに留めた点に関しては、よくやったとイルゼさんを褒めてあげたい。
「オッケーよ」
「転移先は別にその巣の中に限らないと考えます。無駄足になるのではないでしょうか?」
透き通った声は聞いていて気持ちが良い。
でも、コリーさんは多額の借金を持つ女。可哀想です。彼女は何も悪くないのに。
「その点は安心して。精霊は思考を読むから言えないけど、対策済み」
「その巣の中に転移先が限定されると考えて良いのですか?」
「そうね。オフコースよ」
しかし、イルゼさんもよくこれだけの戦力を揃えましたね。アデリーナ様の指示でも有ったのでしょうか。
まずは先日からネオ神聖メリナ王国に滞在している方々。つまり、魔物駆除殲滅部の全メンバー、アデリーナ魔王様、過去には王都最強とカッコ付けてたパウスさん、同じ様に帝国最強と嘯いたことのある剣王、それから、格闘センス抜群のデンジャラスさんに、いまだ得体の知れない実力者ショーメ先生。幼児を装って眠そうな顔の邪神。
邪神が呼ばれたのでソニアちゃんも来たがりましたが、明確に実力不足ですので、ガルディスとともに帝国兵に対する見張りを命じています。
それにしても十分過ぎるメンツです。帝国全土を100回くらい絶望に叩き落とせそう。
イルゼさんは、しかし、ネオ神聖メリナ王国が2度と帝国に攻められることのないように、念を入れたのでしょう。
彼女が使えると思った人材を余すことなく呼んでいます。
先程のコリーさんもそうです。彼女は知性を犠牲にして肉体を膨れ上がらせる魔法を使います。極めて暴力的な攻撃スタイルに、2年前の聖女決定戦では意表を突かれて、私でさえ苦戦したものです。あと、蝶々のクセに蛾だと偽っていた狡さを持ちます。
次に、竜神殿調査部のエルバ部長。イルゼさんとの接点が分からなかったのですが、王都攻略時に出会ったことが有ったか。エルバ部長は賢いモードなら中々の戦力です。
「おい、メリナ。これは一体なんだ?」
残念。偉そうモードなので期待はできませんね。私は会釈でエルバ部長の絡みを流します。
エルバ部長、早く賢いモードにならないと戦闘で死にますよ。
それから、伝説の大魔法使いマイアさん。うん、知識も実力もあって、確かに頼りになりますね。その弟子である大剣使いミーナちゃんも座っています。
久々の出会いに2人とも楽しそうに会話をしていました。
最も驚いた人物は私のお母さん。ヤバいです。イルゼさんの本気が現れてます。
お母さんも出産してまだ1ヶ月経ったかどうかくらいなのに、誘いに乗るなんて何を考えているのでしょう。体調が万全ではないでしょうに。
「お母さん、何しに行くのか知ってる?」
「えぇ、聞いているわよ。精霊を殺すのよね。久しぶりだわ」
久しぶりって経験者なんだ……。やっぱりお母さんは凄いなぁ。
「赤ちゃん達は元気にしてる? ってか、お母さん、本当に来て大丈夫だったの?」
「お父さんと近所の人が見てくれてるわ。お乳はサリカさんが分けてくれるって」
「サリカさん?」
誰だっけな?
「カッヘル君のお嫁さん。あっ、メリナはカッヘル君を知らないかぁ」
新しい住人かな。田舎の村も変化していくんですね。少し寂しい。
「お母さん、その包丁は何?」
剥き出しのまま、お母さんの足下に転がっていたのです。最初から気になっていましたが、やっと訊けました。
「よく切れるのよ。うふふ、これでも魔剣よ、魔剣。精霊を倒すには魔剣が必要だから持ってきたの」
包丁を振り回して敵を追い回し、笑顔で刻んでいくお母さん。想像しただけでゾッとします。悪夢に近いものを感じます。
さて、部屋の扉が開かれ巫女長が帰ってきました。恐らく用を足されていたのでしょう。
この方も参戦されます。穏やかな表情、優しい口調、威厳はないのにその場の空気を一変させる存在力。偉大なる竜の巫女の長。知れば知る程に恐怖を感じさせる、生きる災厄フローレンス……。
……ん、あれ?
生きる災厄……。何だろ、前にもうっすらと聞いたことがある気がする。2つ名?
ガランガドーさんの自称は死を運ぶ者だったかな。邪神は……特にないか……。
んー、最近な気がするなぁ。もしかして、記憶喪失になった時の直前とか……。アデリーナ様の部屋に入って靴下を拝借したとか、そんな事を私がしたとガランガドーさんは言いましたが、まだその辺りの記憶は戻っていません。
そうだとしたら、その時期に耳にした可能性……あるかもしれない……。
「メリナさん、頑張りましょうね」
「あっ、はい」
思考を続けていた私に巫女長が声を掛けてきて、少しビックリしました。
とりあえず、気にしないでおくか。
何にしろ、巫女長にお母さんというトンでもない強さを持つ人たちが仲間なのです。これに勝てる者などいないでしょう。
「じゃあ、喧嘩にならないように、誰がどの穴に向かうかチームを籤で決めるわよ」
ルッカさんの提案です。個性の強い奴らしかいないので、最低限それくらい決めていた方が良いでしょう。
「ルッカ! そのチームの中でまず勝者を決めるのかっ!?」
おバカです、アシュリンさん。
「そんな訳ないじゃない。クレイジー! 協力に決まってるでしょ!」
これは大変に重要な籤です。
絶対に巫女長と同じ組になりたくないし、お母さんと組めたらとても楽ができます。また、マイアさんなら穴の中を進まずに転移魔法で直行させてくれそう。
私は全力の気合いを込めて、ルッカさんが持つ細長い棒の中から1本引きました。
(実際にアミダくじを私が作って、ランダムなチーム分けをします。メリナさんの希望が叶うと良いのですが)




