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アデリーナを殺さない理由

 ルッカさんはイルゼさんを連れて空の向こうへと飛んでいきました。

 忙しいと聞いていた聖女イルゼさんですが、私がお願いするとどこに行くのかも聞かずに了承され、ルッカさんに身を委ねたのです。死ぬと命じたとしても即座に実行しそうで、やっぱりイルゼさんは怖いです。


 あと、彼女らが向かった先はガランガドーさんが暴走してデスブレスを誤射した方角でして、私はとても苦々しい記憶を思い出しました。

 爽快だった気分が曇ってしまいますね。


 あぁ、そう言えば、ガランガドーさん、どうしてるかなぁ。

 お元気にされていると良いのですが。私、ご無事をお祈りしておきますね。



 只今、お食事を終え、ベリンダさんの関所の上階にあるテラスで日向ぼっこを楽しんでいるところです。 

 綿布を頂いて長椅子に敷き、そこで横になっておりまして、陽光と青空が日々の疲れを癒してくれます。

 うつらうつらとしていますと、剣王とソニアちゃんの声が聞こえました。声の方向からすると、彼らはテラスの下近くを歩いているのでしょう。



「ゾル、マールテンの街に戻りたい」


 どこだっけな。あー、ソニアちゃんの故郷でしたかね。


「馬が欲しいな。帝国の奴らからぶん取るか」


 まず最初にその発想が出てくるのはどうかと思いますよ。普通に借りなさい。あー、でも、アデリーナ様が逃亡防止のために没収してた気がするなぁ。


「そんな事できない。あの人達は私と同じ帝国民」


「マールテンを攻めたヤツらもいるかもしれんぞ」


「悪いのは彼らじゃない」


 ソニアちゃんは真面目ちゃんですね。


「見て。ミミちゃんは分かってる」


 ん? 邪神が何かをしているのか。

 水か? もしかして水を配っているのか。あいつ、水を配るのに異常な執着を持っています。絶対に何かを企んでやがると思います。


 私はゆっくりと立ち上がり手摺の方へと移動して敗残兵の集団を眺めます。



 えっ。

 何だ、これ……?


 緑の草原に無数のまん丸い池が誕生していました。間違いなく今朝にはなかったものです。

 場所的には私が竜になった時にブレスで作った大穴を水で埋めたのだと思います。しかし、底無しとさえ思えたあの深い穴を水で満たすなんてことが出来るのか。

 水魔法とは別の魔法で水を浮遊させていると考えるのが現実的でしょう。しかし、それでも、あれだけの大量の水を魔法で出すとか、邪神の能力を侮るのは危険だと改めて心に刻みます。幼い姿と行動で甘く見てしまっていました。


 私が戦慄しているにも関わらず、敗残兵達にとっては邪神は救い主になったのでしょう。池の傍に集まって喉を潤しています。

 また、大きめのテントが一つ出来ているのが見えました。その前でガルディスが食料配布を仕切っています。更には、餌で集めた多くの帝国兵に円陣を組ませ、その中心でデンジャラスさんが説法をしてますね。

 その近くで邪神は帝国兵に肩車であやされている始末……。楽しそうに両手を叩いて、喜んでいます。


 なんだ、この状況は……。

 邪神のヤツ、デンジャラス一派と手を組んだのでしょうか。しかし、何のために。



 考えても分からないし、害もなさそうなので、私は他の所に目を遣ります。左側に位置するメリナ王国の方々を観察しましょう。

 今日も再建作業を熱心にされています。お腹を空かせた子供なんかが居たら助けてあげなくちゃ。


 あぁ、アシュリンさんとパウスさんがそちらに発見されました。結構なことに仲がよろしそうでして、横に並んで歩いています。

 ククク、戦士だと言うのに、ご両人は油断していますね。常在戦場の心構えを持ち合わせていないのは、どうかと感じますよ。

 なので、その仲睦まじい姿を観察して、後でアシュリンさんをからかって差し上げましょう。そして、己の未熟さを反省なさい。



 ぬっ! んんぅ!?

 今、唐突にキスした!! パウスさんが顔を近付けて、アシュリンさんの唇を奪った!!

 えぇ!! 破廉恥!! 公衆の面前で何をヤってるんですか!!

 猿か!? お前らは理性の足りない猿なのか!?


 アシュリンさんがパウスさんの腹を殴って、抗議の意思を現しましたが、その威力が弱い! お前、本気ならパウスさんを遥か彼方に吹き飛ばせるだろ!

 何をイチャイチャしてやがる!

 思い出しなさい。一昨日、そこらは戦場で死人も出ている場所ですよ! 非倫理的行為です!


 アシュリンさんは淫乱。私には分かりましたよ。最悪です。

 魔物駆除殲滅部は、化け蛇(オロ部長)隠れ淫乱(アシュリン)淫乱(ルッカ)ド淫乱(フロン)身も心も清楚()っていう極めて可哀想な部署だったんですね!



「何してんの、化け物?」


 悲しい気持ちになっていた私の背後から声を掛けてきたのはド淫乱(フロン)


「アシュリンさんがキスしたんです! キス! 真っ昼間からトンでもない事を仕出かしてくれたものです!! 目と心が腐りました!」


「キスくらい、いいじゃん」


 フロンは私の横に来て、私と同じように転落防止の柵の上に手を置いて、景色を眺め始めました。

 いつも私を口悪く罵る彼女が珍しく静かです。

 気になります。


「……何か用があるの?」


「ルッカから話を聞いた。あんたにも伝えておこうと思ってね」


 あぁ、ルッカさんがアデリーナ様を襲わない理由ですね。

 普通に考えたら人を襲うのが前提ってのがまずおかしくて、逆に、わざわざ「襲わない理由がある」なんて言われたら、「その理由が無ければ襲う気が有った」ってことなのかと勘繰ってしまいますよ。


「一応聞いておきましょう」


 私の返答を受けて、フロンが口を開きます。

 私達は互いに顔を見ていない。微かな風を受けながら、ぼんやりと遠くの山々なんてのを眺めています。


「アディちゃんも魔王になりつつあるんだって」


 …………違和感なし。むしろ当然。私よりも魔王に相応しい。


「証拠は?」


「私が懐いている。あんたも懐いている」


「ん?」


 そんな理由だけで魔王認定? ガバガバの判定基準ですね。私は懐いていないし。


「アディちゃんは獣に好かれる。あんたも知ってるでしょ?」


 確かに馬の扱いは乱暴だけど上手でしたね。あれは好かれているってことなのか。あっ、いつだったか、「朝になると小鳥が肩に止まって(さえ)ずる」とか乙女っぽい自慢話をされたことがあります。

 聞いた時は嘘臭い、何を戯けたことをと思って聞き流しました。その鳥が小鳥じゃなくて猛禽類とか不吉なカラスなら説得力があったのですが。


「アシュリンさんやオロ部長からも好かれてますね」


「そう。獣性の高い奴らに好かれる」


 肩透かしを喰らいました。私はふざけて言ったのに肯定されたのです。

 私もそちら(獣性の高い)側って認められたみたいで、大変に嫌な気分になるくらいです。


「アディちゃんは魔獣を統べる魔王の素質がある。でも、それを上回るあんたの素質が干渉しているから、表に出てこない」


 アデリーナ様を上回るのは当然ですし、そう言われることはとても喜ばしいことなのですが、魔王の素質ってのが全てを帳消しにします。


「あんたが生きている限り、アディちゃんは魔王にならない。アディちゃんを殺したら、アディちゃんの素質からの干渉がなくなって、あんたが手に負えなくなる。それは最悪。世界が滅びかねない。だから、ルッカはアディちゃんを殺さない」


「でも、その話を信じたら、私を殺した場合はアデリーナ様が魔王になるのでは? ルッカさんの行動は矛盾してます」


「化け物を殺せるだけの力をルッカが持っていたなら、アディちゃんも殺せるじゃん。たぶん、そのつもりだった。でも、あんたを殺せなかったから方針変換したってとこだろうね」


「……お前はその説明で納得したのですか?」


「私さ、アディちゃんに固執する気持ちに自分で理由を付けれなかったんだよね。でも、アディちゃんが持つ素質のせいなんだと知ったら、ストンと腹に落ちた」

 

 納得したって訳か。


「ちなみに、私は何を統べる魔王なんでしょう。いえ、ルッカさんを信じる訳じゃないですけどね」


「魔竜だってさ」


 ……かっこいいな。魔竜王メリナ、アリです。聖竜様のお隣に(はべ)る資格がありそう。



 一吹きの風が私達の頬を撫で、髪を揺らす。それが収まってから私は呟きます。


「アデリーナ様を殺したら、私は魔王になれる訳か……」


「はぁ!? 化け物、あんた、何を考えてるの!?」

 

「冗談ですよ。面白い話が聞けて良かったです。お前にしてはよくやりました」


「何様!? ……まぁ、冗談ってのは分かってるわよ」


 私達はまた黙って景色を眺め続けます。

 剣王とソニアちゃんが、幼児から獅子頭の魔族であるミミちゃんの姿に戻った邪神の肩に乗って、空に飛んでいくのが見えました。ミミちゃん、そんな能力も持ってたんですね。

 彼らはマールテンの街に向かったのでしょう。



「フロンよ、別件ですが、お願いがあります」


「何よ」


「今日の日記を書いてください」


 日記係のソニアちゃんが不在になったので。

○メリナ観察日記28


 魔王の素質の件さ、気掛かりがあるんだけど、あんたは気付いてる?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ……かっこいいな。魔竜王メリナ、アリです。聖竜様のお隣に侍はべる資格がありそう。 [一言] 魔竜王メリナ、魔獣王アデリーナ。人類負けそう。
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